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星の軌跡、久遠の果てに - Stellar Trails, Beyond Eternity  作者: Noir (北見 湊斗)
序章:寓話の前奏曲

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Ⅰ. 小さな灯火、風のごとく奔放に舞う

【番外編】

ノエム家に仕えるメイドの一人の幼少期――

それは貧しいながらも人生を謳歌する無邪気な少女だった。

 冷酷な世の中では、小さく儚い炎ですら人々を惹きつけられる。


 神々が敷いた果てしない歴史の螺旋。その俯瞰された盤上において、名もなき小さな「命の瞬き」が、かくも美しく世界を照らすこともあるだろう……


 開拓暦816年 7月26日――

 アルカディアの片隅にある鄙びたヴィグル村、その一角に建つ質素な家の中で、ひとつの小さな命が産声を上げた。


 決して裕福とは言えない暮らしであったが、両親はその小さな顔を覗き込み、愛おしそうに微笑む。


「よく泣く子ねえ……」


 やっとの思いで授かった(赤子)を見るなり、母親の一雫の涙が熱き頬を濡らした。

 その姿を固唾を飲んで見守っていた父親は、全身の力が抜けたように安堵した。


 そして、「どうか、誠実に、真っ直ぐに生きてほしい」――そんなささやかで、けれど何よりも尊い願いを込めて、その子は「フィデラ」と名付けられた。



 ――それから5年の月日が流れ、両親の願いを一身に受けたその「灯火」は、風を味方につけ、眩いほどの明るさで燃え上がっていた。


 ある日の朝方、フィデラは弾かれた矢のように寝床から跳ね起きると、母がまだ支度の途中にあった朝餉を、慌ただしく口へ運び、あっという間に腹へと収めてしまう。


「ちょっと、ちゃんと噛みなさい!」

 背後から飛んできた母の小言を、春風のように軽やかに受け流しながら、「いってきまーす!!」と朗らかな声をひとつ残し、木戸を蹴破らんばかりの勢いで外の世界へ飛び出していった。


 白亜の蝶を追い、名も知らぬ野花を揺らし、風を切り裂いて大声をあげる。土を蹴るその小さな足音は、ただ「生」を全身で謳歌する、純真なる生命の賛歌であった。


 泥にまみれ、転び膝を擦りむいても、胸の奥で弾ける好奇心の煌めきは、決して消え去ることはない。

 あまりに旺盛な探究心は、時に両親を困惑させたが、その純粋な輝きこそが彼女の最も強き武器であると、二人は揺るぎなく信じていた。


 井戸端会議をしていた近所の婦人たちが、その駆け回る姿を見て朗らかに笑い合う。

「本当に、あの子は元気で生き生きとしとるなあ」

「ほんとよねえ――」

「なに言ってんだい!あたしらも負けとらんやろ!」


 小さく儚い炎は人々を惹きつける。彼女の屈託のない存在そのものが、周囲の人々を自然と笑顔にし、明日を生きる活力をそっと与えていた。



 ただ、それは大人たちに限った話ではない。


 近くを通りかかった村の子供たちが、彼女の姿を見つけるなり駆け寄ってきた。

 先頭を切るのは威勢に満ちたガキ大将、その隣には好奇の光を瞳に宿した少年。

 そしてもう一人――その後ろで、どこか気後れした様子でもじもじと足を運ぶ少年がいた。


「ほら!言えよ!」

 ガキ大将に背中を叩かれ、もじもじと身を縮めていた少年が口を開こうとするも……言葉は喉元で凍りつき、彼の身体はその場に縫い留められたかのように固まりきってしまった。


(会ったことある子かな…でも、誰だっけ)

 突然押し寄せてきた同い年ほどの少年たちを前に、フィデラは戸惑いを隠せぬまま、「……私?」とでも言いたげに、おそるおそる自分の胸元を指さした。


「ぼっ…」


 先ほどまで身を縮めてもじもじとしていた少年が、ついに覚悟を決めたように口を開く。

 しかしその声はあまりにもか細く、あるいは緊張のあまり言葉を噛んでしまったのか、何を言ったのか誰の耳にも届かなかった。


「なんて?」とガキ大将が鋭く聞き返した途端――


「ぼ、僕と学校に……通いませんか!!」


 ようやく放たれた言葉は、胸いっぱいに溜め込んでいた緊張が一気に弾けたのか、まるで怒号のような勢いで辺りに響き渡った。


「はあ?なんだよそれ!」


 二人の少年が思わず声を荒げる。

 だが、それが彼なりに覚悟を振り絞り、精一杯の想いを伝えた言葉であったことは、誰の目にも明らかだった。


 突然の出来事に、フィデラは一瞬きょとんと目を丸くする。

 やがて困ったような苦笑いを浮かべると、言葉を選びながら、できるかぎりやわらかく答えた。


「ご、ごめんね……うち、貧乏だから学校行けないんだ」


「バカだなあ……」


 呆れたように肩をすくめるガキ大将。

 その横で、先ほどまで瞳を輝かせていた少年が、あっさりと口を滑らせた。


「ごめんな。こいつ、お前に一目惚れしてるんだよ」


「!!」


 もじもじとしていた少年は、慌てて口を塞ごうとする。

 だが、極度の緊張に身体は思うように動かず、ただ引き攣った表情のまま、固くなった顔の筋肉を震わせることしかできなかった。


「どこかで会ったっけ?」


 純粋な疑問をそのまま口にするフィデラに、

 少年は顔を真っ赤にしながら、消え入りそうな声で答える。


「こ、この前…村の…!入口で……すれ違った」

 その内容に、友人たちはまるでコメディー漫画のようにズッコケてしまった。


 間髪入れずに、「それだけかよ!!」とガキ大将が大声でもじもじしている子の背中をしばく。


 終始戸惑いの色を浮かべたままのフィデラを前に、

 ガキ大将は、観念したようにひとつ息を吐いた。


「名前も言わずにいきなり声かけて、迷惑だったよな。悪かった」


 そう言うと、胸を軽く叩いて名乗る。


「俺はタロト。このバカがマルコで、目をキラキラさせてるこいつがジミアンだ」


 少し肩をすくめながら、タロトは苦笑する。

「急でわりぃが、覚えてやってくれないか?……特にこのバカ――」


 フィデラに向けられる人の良い笑顔と、マルコに向けられる呆れ顔――そのあまりにもはっきりした落差が可笑しくて、フィデラは思わず吹き出しそうになる。

 だが、必死に唇を引き結び、こみ上げる笑みをどうにか押し留めた。


「わかった、いいよ!よろしくね、マルコ」

 せめてもの慈悲とばかりに、柔らかな微笑みを向ける。


 するとマルコは「うわあ!」と驚いたように肩を跳ねさせ、顔を耳まで真っ赤に染めながら、「あ、ありがとう……」と、かすかな声で呟いた。


(まあ、明日の朝には忘れてると思うけど)

 そんな気まぐれな本音を、胸の奥でそっと零す。

 もちろん、絶対に悟られないように、さりげなく……


 そしてフィデラは、くるりと踵を返した。

 それぞれに違う表情を浮かべたまま、少年たちもまた散り散りに去っていく。



 フィデラは気持ちを切り替えると、村の中でひときわお気に入りの場所へと足を向けた。


 そこは小高い丘で、大木を背にヴィグル村を一望することができる。

 無限に続く農地、煙突から立ちのぼる煙、遠くで働く人々の姿――


 木陰に広がる柔らかな青草の上へ身を投げ出し、フィデラは大の字になって天を仰いだ。


 胸いっぱいに空気を吸い込み、

 ゆっくりと吐き出す。


 また吸って、また吐く。


 そのたびに、自分の腹がふくらみ、そして静かにしぼんでいく。

 ただそれをぼんやりと眺めているだけの、ひどく贅沢な時間……


 やがて、少し強い風が彼女の頬を撫でた。


「今日は今までで一番気持ちいいな」

 ぽつりと呟き、彼女はひまわりのような笑顔を咲かせる。


「今日も行っちゃお!」


 勢いよく身を起こし、草を払って立ち上がる。

 彼女が向かう先は、アルカディアの中心都市。

 いまや街への散歩は、彼女にとって欠かせない日課となっていた。


 丘を下りる小道を軽やかに駆けながら家へ戻り、静かに優しく玄関を開ける。


「ママー、今日も――」

「アルカディアでしょ?行ってらっしゃい、気を付けてね!」

 言い終えるよりも早く、母親はすべてを見透かしたように笑った。


「あなた、フィデラをお願いね」

「よし、今日は俺の番だな――」


 父親が腰を上げ、外套を整える。

 その様子を見届けるよりも早く、フィデラの身体はすでに扉の外へと飛び出していた。


 背中に母の笑顔がある限り、世界はどこまでも安全な場所のように思えた。


 村からアルカディアまではそれほど遠くない。

 街道はよく整えられ、石畳はまっすぐに街へと続いている。

 道を行き交う人影も絶えることなく、何より――父親がすぐ後ろにいる。


 フィデラは胸いっぱいに風を吸い込みながら、まっすぐ前へと駆けていった。


 やがて道の先に、アルカディアの街並みが、ゆっくりと姿を現しはじめる。


 鼻歌をこぼしながらスキップで門をくぐると、今日もアルカディアの市場は活気に満ち溢れていた。

 屋台の呼び声、客たちの笑い声、香ばしい匂いが通りを満たしている。


 フィデラに買い物の用事があるわけではない。

 ただ、この賑わいの中を気ままに歩き回ることが、たまらなく好きだった。


「……フィデラちゃんじゃないか!」

「あ、イアンおじさん!」

 声をかけてきた市場の商人が、いつものように周囲をちらりと見回し、内緒話でもするように甘い菓子を差し出す。


「今日も相変わらず元気だねえ…」

「これだけが私の取り柄だから!」

「おっ、いつの間に『謙遜』なんて覚えたのかね!」


 フィデラが誇り気に胸を張るその横で、父親は深々と頭を下げた。


「いつもうちのフィデラがお世話になっております!」


「いいんだよ―僕は、自分にできることをやってるだけだから!」


「とんでもない!あ、そういえば、いつもお菓子をいただいてばかりで申し訳ないので――」

 そう言いながら父親は持っていた紙袋に手を入れる。


「こちら…ほんの気持ちですが、どうぞ受け取ってください!」


「いいのかい!そしたら、遠慮なくいただくぞ!」


 イアンが嬉しそうに受け取ったその瞬間、フィデラは思わず身を乗り出した。

 どうやら、こっそりお菓子を貰っていたことを隠し通せていたと思っていたらしい……


 アルカディアの人々は、このように誰もが温かい。

 もともと寛容な気風を持つこの都市が、孤立しながらも独自の発展を遂げてきたのは、きっとこうした柔らかな人の繋がりが静かに根を張っていたからなのだろう。


 市場の喧騒の中で、フィデラはまた一つ菓子を頬張りながら、嬉しそうに笑う。

 その小さな笑顔もまた、この街の温かさの一部になっていた。



 平和な昼下がり――父親はふと立ち止まり、困ったように頭を掻いた。


「ちょっとお花を摘んでくるから、大人しく待ってるんだよ」

 そう言い残すと、人混みの向こうへと歩いていく。


「分かった!」

 フィデラは元気よく返事をしたものの、風のようにはためく彼女の好奇心が、大人しくその場に留まっていられるはずもない。


 ほんの少しだけ。

 ほんの少し覗くだけ。


 そう自分に言い聞かせながら、賑わう大通りへと駆け出そうと足を踏み出した瞬間――


 ガクンッ!


 石畳のわずかな段差に足を取られ、

 少女の身体は前のめりに崩れ落ちる。


「いってて……」


 派手に転び込み、膝をしたたかに打ちつけた。

 擦りむいた皮膚から、じわりと赤い血がにじみ出る。

 じんじんと疼く痛みが、ゆっくりと膝から広がっていく。


 ――そして、うずくまる小さな灯火の前に、静かに一台の馬車が影を落とした。


「大丈夫ですか、お嬢さん」


 頭上から降ってきたのは、優しくも確かな威厳を帯びた声であった。

 一瞬、自分が声をかけられたのだと理解できなかったフィデラが恐る恐る振り返ると、そこには平民のそれとは明らかに質の異なる深紅と黄金の外套を羽織った男と、数人の屈強な護衛が立っていた。


(な、なにかしちゃった!?)

 血の滲む膝の痛みも忘れ、彼女は顔を青ざめさせる。気づけば、周囲には何事かと足を止めた群衆の輪ができあがっていた。


「驚かせてしまい、申し訳ありません」

 男は幼くボロボロの衣服を纏った少女の前に、その高貴な膝を折った。


「私はアルカディアの軍務外交卿家当主――ノエム家のフィリップと申します。お怪我をされているようでしたので、つい声をかけてしまいました」


(おおお、お偉いさん!?)


 さらなる焦燥にフィデラが身を硬くしたその時、用を済ませて戻ってきた父親が、「何事か!?」と群衆を掻き分けて飛び込んできた。

 しかし、我が娘の前にアルカディア随一の権力者がしゃがみ込んでいるという信じ難い光景を前に、父親の思考は完全に停止し、石像のように硬直してしまった。


「ところで、こんな所で何をしていたのですか?親御さんはどちらに?」


 困惑しきりのフィデラであったが、群衆の隙間に固まっている父親を見つけるや否や、「あ、あそこにいます……!」と指を差した。


「ああ、貴方様でしたか!」


 フィリップは立ち上がり、朗らかな笑みを浮かべて――群衆の中で傍観していた、見知らぬ見物の男の手を固く握りしめた。


(そ、そっちじゃない…!!)

 フィデラが心の中で絶叫するのと同時に、石化から解けた本物の父親が「わ、私です!」と慌てて挙手をした。


「おお、貴方様でしたか!いやはや、本当に申し訳ありません」

 軍務卿ともあろう男が、一介の平民に向けて何度も頭を下げる。


「い、いやいや、ノエム家の当主ともあろうお方が、どうか頭をお上げください……!」


 ロバートが冷や汗を拭いながら恐縮するも、フィリップは彼の衣服についた土埃に目を留め、穏やかに告げた。


「お父様の服も汚れておいでですね。よければ、我が家でお着替えをお渡ししましょうか」


「ええええええ!!??」


 もはや観衆と化していた周囲の領民たちが、一斉に驚愕の声を上げる。


「そ、そんな、滅相もない! 申し訳なさすぎます!――」

「まあそう仰らずに。それに、大事な娘さんもお怪我をされておりますからね。しっかり休ませてあげましょう」


 有無を言わさぬ慈愛の正論。それに反論する術を持たないロバートは、「よ、よろしいのですか……?」と恐る恐る尋ねるほかなかった。

「当然です。困っている人を見過ごす訳にはいきません」


 その言葉は、彼がまやかしの貴族ではない、真なる「人の上に立つ者」であることの証明であった。



 まさか己の人生において、貴族の馬車に揺られる日が来ようとは、親子は微塵も想像していなかった。


 やがて到着したノエム家の邸宅は、彼らの想像を遥かに超えていた。己の家が数十軒は建ちそうな広大な庭園…その中央を貫き、巨大な玄関へと続く白亜の道……

 通された客間だけでも、ヴィグル村の自宅が丸ごと収まりそうな広さである。


 これほどの豪邸ならば、さぞ可愛らしいメイドたちが大勢働いているのだろう――そう父親が身を縮めていたところに、一杯の紅茶が差し出された。


 しかし、その腕には冷たく重厚な鋼の鎧で纏われ、不審に思いその腕を辿り、ゆっくりと顔を見上げると……そこには、歴戦を思わせる屈強な顔つきをした兵士が無表情で立っていた。


(軍務を担う家だから……これが普通なのか?)

 あまりに異様な光景に父親が首を傾げていると、やがてフィリップが一人の貴婦人を伴って部屋へと入ってきた。


「突然の出来事ばかりで困惑しておられるかと思います。改めてお詫びさせてください」

 フィリップがそう切り出すと、傍らの貴婦人が優雅に微笑んだ。


「こちらは私の妻のリウィアです」

「初めまして。ぜひお見知り置きを」

 洗練された気品に溢れる声音。


「そういえば、まだお名前を伺っておりませんでしたね」

「ああっ……申し訳ありません!私はロバートと申します。そしてこちらが、娘のフィデラです」


「フィデラさん…良いお名前ですね」

 フィリップは相好を崩したが、やがてその表情を真摯な当主のものへと引き締めた。


「お二人は何処からいらしたのですか?」

「近くの、小さなヴィグル村という所です」

「ヴィグル村……いい所にお住まいなのですね」

「大層な場所ではありません。なかなか不便ですし…」

「しかし、あれほどの大自然は、この都市ではあまり見られませんから」


 貴族の気遣いに、ロバートは少しだけ神妙な顔つきになった。

「実のところ、我が家はとても貧しく、あんな辺鄙な所にしか住めないのです」


 膝で丸くなる娘の頭を、ごつごつとした手で優しく撫でる――

「私は構いません。ですが、せめてこの娘には良いものを食べさせてやりたい。学校にも通わせてやりたい。可愛い服を着せて、やりたいことは何でもやらせてやりたいのです」


 それは、飾ることのない、一人の父親としての痛切な願いであった。


「最大限、私にできることをこの子に尽くしているつもりでして、こうしてアルカディアへ足を運ぶのも、その一環なのです」


 その言葉を、フィリップは静かに咀嚼するように黙り込んだ。


 やがて、彼はとんでもない提案を口にした。

「――それでは、ここに住みませんか?お部屋なら、いくらでも用意できますよ」


 突拍子もない提案に、妻のリウィアもわずかに目を瞬かせたが、彼らの質素な身なりと父親の深い愛情を悟ったのか、すぐに納得したように小さく頷いた。


「え、ええ!?何を仰いますか……!我々のような平凡な者が?」

「――安心してください。タダでとは言いません。あなた方……とりわけフィデラさんには、我がノエム家のメイドを務めていただきたいのです」


 メイド。その言葉に、親子はハッとした。

「実はこの家には、まだメイドがいなくてですね。広大な敷地を管理するだけで手一杯なのですよ」


 苦笑するフィリップの言葉に、(なるほど、さっき兵士がお茶を出したのはそういう事情か)と親子はひどく納得した。


「最近になってやっと募集要項を出し、あらゆる手を尽くしてメイドを探し始めたのです――」

「先ほど市場でフィデラさんの姿を見かけた時、舞うようにはしゃぎながらも、そのステップの一つ一つがとても生命力に溢れ、洗練されているように見えました。それを見た瞬間、『この子だ』と直感したのです」


 フィリップは真っ直ぐにフィデラを見つめ、恐る恐る尋ねた。

「どうです、引き受けてはくれませんか?」


 それはあまりに唐突な、運命からの招待状であった。


 しかし、好奇心の塊であり、密かにメイドという存在に憧れを抱いていた少女が、それを断るはずもなかった……


「やらせて!」


 小さな灯火は、椅子から弾かれたように立ち上がった。


「私がメイドを務めて、ノエム家を……そして、アルカディアを平和にするんだ!」

 そのあまりに純粋で壮大な宣言に、部屋の空気がぱっと明るく華やいだ。


 ロバートも深く考え込んだ末に、娘の未来のため、そして何よりこの当主の誠実さを信じ、頷いた。


「……ありがとうございます。しかし、家には妻がおりますので、一度戻り、十分に話し合ってから決めてもよろしいでしょうか」


「もちろんです。とても重要な選択ですから、ゆっくりと話し合ってきてください」


 フィリップは、どこまでも温かい微笑みで彼らを送り出した。



 帰路の道中も、親子は何が起きたのか完全には理解しきれていない夢見心地であった。


 やがて我が家の木戸を潜ると、いつもと変わらぬ明るい声が迎えてくれた。

「おかえり!今から晩御飯作るから、ちょっと待っててね!」


 袖を捲り上げる母親に、ロバートは意を決して口を開いた。

「エリフィー。少し、相談があるんだが…いいか?」

「何よ改まって……え、ちょっと待って。怖いんだけど」


 旦那のあまりにも神妙な面付きで戸惑うエリフィーにを他所に、ロバートは本日の出来事をかいつまんで説明する。


「実は今日、ひょんな事からノエム家の当主直々に、邸宅へ招待されたんだ」


「その『ひょんな事』がとても気になるわね……」


 エリフィーは、もう既に話が理解できない様子だったが、ロバートは話を続ける。


「そこで、フィリップ様に『この邸宅に住まないか』と提案されたんだ」

「えっと、どういうこと?どこか頭でもぶつけたの?それとも朝ごはんに何か変なキノコでも混ざってたかしら……」


「もちろん条件付きだ。それは、俺たちがあの邸宅で働くこと。俺は事務、エリフィーとフィデラはメイドとして――」


 そう告げた瞬間…ポロッとエリフィーの手から、皮を剥きかけていた芋が転がり落ちた。


「め、めめめ、メイド!?」


「ああ。これは人生を大きく変える、重要な選択だ。俺としては、フィデラにはもっと良い経験と暮らしをさせてやりたいし…何より、あの豪邸に住めるんだぞ」


「住み込みメイド……住み込みメイド……」

 うわ言のように繰り返す母親の横で、フィデラが星のような瞳を輝かせて宣言する。


「私、メイド長になりたい」


(もうメイドとして働いた、その先の夢を語っている!?)


 我が娘の底知れぬ適応力に仰天しながらも、エリフィーはしばらく考え込んだ末に、ニヤリと口角を上げた。


「……とりあえず、私も直接話を聞きに行くわ。もし本当なら、ぜひメイドとして……ウフフ」


「よし、決まりだな。それじゃあ明日、もう一度ノエム家を伺うぞ」


 こうして、貧しくも温かな家族の未来は、アルカディアの中心へと向かって大きく舵を切ろうとしていたのである――

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました~!


「序章」では、叙事詩風で、主人公たちが生まれる少し前の物語を書きました!

この「序章」は2パートに分かれて公開します!


また、初投稿で慣れない部分が多いので、更新頻度は遅めになります。

自分のペースで投稿していきたいと考えていますので、気長に待っていただけると幸いです!

あとは設定資料がゴチャゴチャすぎて、どう物語に落とし込んだらいいか分からねェ!


ってことで、これからよろしくお願いします!!

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