第9話『最強へ辿り着くために必要な魔法』
アリシアの考えていることが理解できない。
この森に配置されているゴーレムや、授業用で使われるゴーレムは例外なく歴代の七魔聖が研究開発した代物。
普段は石ころほどのものだというのに、魔力を通すと次第に大きくなり、与えられた属性魔法と指令によってほぼ自立して動く。
僕とアリシアのところにも先生が来てゴーレムを起動させていったのはいいけど……。
「それで、何をしているの?」
先生の姿が完全に見えなくなった頃合いを見計らってか、アリシアは急に地面へ片膝を突いた。
「わたしの判断は間違っていなかった」
「状況がまるで理解できない」
「一応は説明したけど。家系的に直感というのだろうか、運命の糸で結ばれているかのように全身が〝この人だ〟と言葉では表現できない感覚が走るの」
「はい?」
僕は今、新しい可能性を導き出した。
何から何までアリシアが言っていることを鵜吞みにしていたけど、もしかしてこれ……一目惚れされて、あれやこれやと言い包められている最中なのでは?
今日の放課後、どこかに集合して怪しい壺とかアクセサリーを買わされたりする可能性だって出てきた。
そんな絶えることのない不安を抱く僕のことは気にせず、アリシアは話を続ける。
「昨日、そして今朝。わたしはまだ高まり続ける鼓動の意味を理解できずにいた。しかし、それはつい先ほどのことで答えに辿り着けた」
「いったい何に?」
「はぐらかしたいのか隠し通したいのか。でも、わたしには確かに見えた」
「だから何を」
「あの、透き通りすぎて見惚れてしまうほど美しい無数の線を」
「……」
さっき、僕は確かに先生からの指示通り魔力操作をして、今朝の練習と同じことを全員の前でやった。
だがそれは、あえて掲げたり角度を変えて光を反射させたり、わざと束にしないと認識することはできない。
運よく角度が条件に合ったとしても、なら他の人も認識できていたはず。
当てずっぽうな嘘だとしたら、あまりにも身に覚えがありすぎる。
でもどうやって認識したのか。
「わたしには、見えるの。見えてしまうの。この目で」
「魔力の流れが見えるとか、そういうの?」
「わたしの家系では、稀に魔力を見通す目を持って生まれることがあるの。完全に運がよかっただけでしかないけど、主を見定めるにはちょうどいいわよね」
あまりにも透き通って美しい蒼色の瞳は、直視していると心が洗われるようだ。
ずっと見ていたいけど、気恥ずかしさが勝って少し目線を逸らす。
「……なるほど。で、それと今の状況になんの関係が?」
「胸の鼓動は、あなたを主として体が反応したものだった。つまり、わたしは今から忠誠を誓おうとしているの」
「言っていること全てが本当だったとしてさ。それって、こちらに拒否権はないわけ?」
だってそうでしょ。
そちら側からすれば、家柄な使命でうんぬんかんぬんって話なんだろうけどさ。
でもこっちは、別に護衛が欲しいとは思っていないわけで。
しかも生涯を通して僕を守るための騎士となるって……話が飛躍しすぎているというか、理解はできても受け入れることはできない。
「それもそうよね。わたしの実力がわからず、ただ傍に居られても迷惑だものね」
よかった。
納得してくれた? みたいで、立ち上がって足についた土を払い落とし始めた。
「わたし、代々受け継がれる騎士の家系で【盾の聖女】と呼ばれているの。まあ、自称ではなく周りが勝手に言っていることだけど」
棒立ちのゴーレムに体を向けるアリシア。
呼ばれ方にあまり納得のいっていない様子ではあるけど、お家柄や容姿を加味したら疑問が浮かばないほど合っている。
容姿端麗であり、歩くだけで皆が振り向くどころか道を譲るほど。
立場や能力など関係なく、僕に対しても分け隔てなく偏見を持たず接してくれる器の広さ。
話していて不快に感じる要素は微塵もなく、表情も態度も凛としていて――本当に、誰もが想像するような理想の人間像はまさに完璧。
「確かに、こうやって盾は使うけど――【蒼穹の盾剣】」
名前の通り、青空が真っ先に思い浮かぶほど美しい剣を右手に形成し、次に蒼と白で彩られた盾が左手に握られる。
どちらも体相応の大きさで、盾は頭部と上半身を守れる程度の大きさ。
ついさっきも水の魔法を出現させていたし、得意属性に合わせた武器の組み合わせなんだろう。
攻守を組み合わせる騎士には全てがかみ合っている。
「このゴーレムを動かすことができなければ、能力不足として話を断ってくれても構わないわ」
生涯を捧げる相手が目の前に居るのに、『諦める』という選択があるのだろうか。
ということは、こんな一世一代の賭けをする、みたいな話の流れにしておきながら……最初から可能な条件を提示しているでしょ、それ。
「魔騎士は主に最前線で敵の攻撃を防ぎ、仲間が攻撃をする隙を作る役目。だけど、それだけでは足りないことはわかっている――だから」
右手に握る蒼い剣に水がまとわりつき、次第に動きが加速する。
「水刃剣で――っ! はぁっ!」
アリシアは盾を前に出し剣を後方に構え、突進の要領でゴーレムまでの距離を縮める。
自分を守りつつも視界を遮り、剣の軌道をわからなくさせる技術。
対人戦やモンスターが相手ならば有効だが、今回のゴーレムは属性がなく動くわけでもない。
基本がしっかりしている証拠だが、この無機質に佇む灰色のゴーレムは木偶の坊でありながら頑丈だ。
「……」
単純な魔力操作や剣と盾の技術だけでは、1歩も後退させることはできないが……。
「どう? わたし、ちゃんと攻撃もできるの」
「……なるほど」
一言違わず、有言実行。
少しの衝撃では動きもしないゴーレムが、腹部辺りに傷を負って1歩だけ退いた。
周りからの評価は真に正しく、家柄や才能にも恵まれ、研鑽を重ね弱点を補う努力家。
加えて容姿端麗で聖女と呼ばれるには申し分なく、まさに欠点などない完全常人というわけだ。
「どうだったかしら。わたしは力と価値を示したわ。主になってくれるわよね?」
「さっきの言い回し的に、できる前提で条件を設定していたってことだよね。それはさすがにどうなの」
「多少は強引だったかと思うけれど、でも実力は申し分ないと思うの。断る理由はないでしょ? それとも婚約の条件も付けくわえたら信頼してもらえるかしら?」
「こここここ、婚約?!」
「もしかして、先約があったり?」
「い、いやないけど」
主を求めるあまり、変な方向に走り始めたのか?
それとも、胸の鼓動と主を見極める流れで誤解が生まれているのでは?
たしかに守りは堅そうだから恋人も居なく、恋愛感情を……?
「わたしは、それぐらいの覚悟を持って主を探しているの。と、認識してもらいたかったから。婚約を条件と言われたら迷わず受け入れるわ」
「よくないでしょ、結婚なんて軽々しく言っちゃ。もっとこう、好きな相手を見つけて時間をかけて、お互いに距離が近づいていって――」
「どうせ、主が見つからなければ行く先は見合いの結婚。そんな未来が待っているのなら、生涯を共にする相手を自分で見つけられる方がいいわ」
「と、とりあえず。主従関係は考えるとしても、好きでもない相手に婚約を申し込むものではないよ」
そりゃあ、こんな美人と結婚できるなら嬉しいだろうけどさ。
僕だって恋愛したことがあるわけじゃないんだから、心の準備というものが必要というか、まだ将来のことなんて考えてもなかったから混乱するし――あぁ!
「まあとりあえず。一方的に判断するのは違う。だから、僕も力の一片を示すよ」
「運命的な出会いなんだから、そこまでしなくていいのに」
「いや、こっちの気が済まないから。いろいろと」
要所要所で、発言に危うさを感じる。
さっきの婚約を言い出したのもそうだし、本当は危険な思想を抱いているとか勘弁してほしい。
人は見た目によらず、みたいなことはどこにでもある話だし。
「じゃあ、お言葉に甘えさえてもらうわ」
納得してもらえたようで、ゴーレムから距離をとって僕の後方までアリシアは移動。
横切る最中、楽しみが伝わってくるぐらいには口角を上げて鼻歌を奏でていた。
まるで、力がないなんて微塵も思っていない素振りだ。
「最強へ辿り着くために必要な魔法――【インスタント魔法】」
「……黒い魔力……?」
手のひらを下に向け、1滴の黒い魔力を垂らす。
「【頂上召喚】」
今回も手柄は僕じゃなくていい。
だから唱えるのは――。
「――【蒼穹の盾剣】」
「え、えぇ?!」
左手には蒼と白を基調とした盾を、右手には透き通る蒼い剣を。
水属性の魔力を剣にまとわせ、薄く伸ばし――1歩前へ踏み出し、宙を斬って飛ばす。
「なっ!?」
放たれた水の刃は、岩よりも固い強度を持つゴーレムを上下の真っ二つに切断した。
時間差でズルズルと切断面を滑り、ドスンと地面へ落下。
その頃には魔法を解除し、振り返る。
「――……やっぱり、わたしは間違っていなかった。見る必要は最初からなく、これは本当に運命の出会いだったのね」
アリシアは興奮を隠せず、もはや感極まって目に涙を浮かばせて口元を手で隠している。
「運命かどうかはわからないけど。まあ、とりあえずこんなものかな」
再び跪かれそうになったときだった。
先生が大声でこちらを心配しながら走ってくるものだから、アリシアに口裏を合わせてもらうよう提案し、不思議な顔をされながらも了承してもらう。
別に能力を隠しているわけではないけど、すんなり信じてもらえるわけもないし、注目を浴びたいわけでもない。
時間の問題だろうけど、今はこのままでもいいかなって。
さて、これからどうなるか。
関係ができてしまったからには、今朝までの日常は戻ってこない気がする。
確証はないんだけど、アリシアを見ていると……なんだかそんな気がしてならない。