第29話『敵意と悪意を向けられ、蝕まれる』
校舎を出てすぐの、人目がないような広場に辿り着くといけ好かない例の婚約者候補と取り巻きであろう1人が待っていた。
合計3人、僕を先導した男子生徒は待機していた男子生徒から木剣を受け取り、僕以外の全員が木剣を握っている。
「キミは剣の腕は随分とお粗末みたいだね」
「それがどうかしましたか?」
「いや難しいことはないさ。さすがに如何なものかと思うのだよ、相応しくない交友関係というのは」
「リーゼのことについて言っているんだろうが、少なくとも僕からは距離を詰めようとしていないけど」
「だが、拒絶をしているわけでもないのだろう? ならば、同じことではないか。というか、誰に向かってそんな口を利いているのか理解できないほどの頭とは。やはり、俺の婚約者の近くに居ること自体相応しくない」
「身を引けと? それぐらいなら別に構いませんけど」
「いいや、どうせ無理だろう。姫からの誘いを断れるなど、常識的に考えて不可能なのだから」
「じゃあどうしろと」
と聞きはするけど、これからの展開は容易に想像がつく。
どう考えてもこれは、これからボコボコにされるってことで、逃げたら今以上の報復をするということだ。
そして、これから行われる一方的な武力行使に反撃しても同じこと。
ただひたすら生き残るためだけに生活していたとき、いろいろな経験をした。
汚い子供を誰も歓迎などせず、ゴミを見るような目線を向けられ、ときには苛立ちを発散するためだけに甚振られた日もあった。
そんな日々が続けば、自分に向けられる悪意や敵意にはすぐ気が付くようになる。
だから、学園内で僕に向けられる悪意や敵意を把握できているわけだし、そういう扱いには慣れていたから気にしていない。
「反撃できるとは思わないけど、ほら」
木剣を投げられ、受け取る。
「時間がないんだったな。じゃあ、精一杯なんとかするんだな。当然、逃げたらどうなるかわかっているよな?」
「わからないけど、付き合えばいいのですよね」
「かっ。その余裕な態度、増々気に入らない。いつまでその態度を保っていられるか見ものだな。感謝しろ、こいつらには手を出させない」
じゃあなんのために用意したんだよ。
お偉いさんの思考は読めないね。
しかも、これから動くというのに多めな腕輪までしちゃって。
いつもそんな金がかかっていそうなものを見せびらかしているのか?
「ほら、何をボサッとしている」
「くっ」
「ほら、ほらぁ、ほらぁっ」
速い、重い、鋭い。
リーゼやアリシアが言ってたことは本当だったようだ。
しかもこれ、敵意や憎悪ではなく――明確な悪意と殺意で木剣を打ち込んできている。
防戦一方だというのに、防ぎ切れていない。
「はっ、見たままだな。防ぐことすらままならないなんて」
「それで、終わりですか」
「どの口がぁ!」
次々に木剣が撃ち込まれ、もはや首や頭部以外の攻撃は防ぐことができず、ただ受け続けることしかできない。
「おらぁ! ――ちっ」
「へっ。僕はまだまだいけますけど」
2人とは違い、荒々しさが出てきた状況で木剣が砕けた。
さすがは日々の鍛錬を怠っていなかった体だ、途轍もない痛みの連続にも耐え抜いてしまった。
「おい、次だぞ」
「なっ」
「さっきまでの余裕はどうした」
「ぐっ」
なるほど、そういうことか。
取り巻きは木剣持ちで用意しただけ、ということか。
その理由は折れたはずの木剣が握られていた手に、再び折れていない木剣を握っているのが証拠だ。
さ、さすがに立っていられない……。
「そうだ、そうだよなぁ! お前みたいな雑魚は地面に跪くだけでもおこがましいんだよ!」
「ぐはっ」
姿勢を維持できなくなった僕は、木剣を握ったまま両腕で頭を守って蹲ることしかできない。
だが、まだまだ続く攻撃に再び木剣が折れる。
「次」
もはや根性は耐えるためになく、ただ意識を保っているためだけに費やされている。
痛みに吐血をしてしまっているけど、湿っている黒い土の上だから大体の人にはわからない。
スレンに冗談だと思われていたから、この状況を見せたら信じてくれるかな。
「粘り強いやつめ。そろそろ時間だ。運がよかったな。せいぜい遅刻しないよう頑張るんだな。その体で走ることができたら、の話だが」
「……」
「あーっはっはっはっ。愉快愉快。雑魚を甚振るのは快感だなぁ! 離れたくても離れられない状況に陥ってるのは、他でもないお姫様が原因というのだから少しは同情するよ」
「……どうも」
「だが、その状況が続く限りまた同じことをしてやるからな。糞虫が」
そう言い終えると、彼らが去っていく足音を確認した。
僕はこのまま両手両足を広げて倒れ込みたいけど、それでは授業に遅れてしまう。
さすがにそれでは心配されてしまうし、あのお姫様とご令嬢は何をしでかすかわからないから――痛くても堪えて立ち上がって戻らなくていけない。
「いってぇ」
幸いにも露出している首から上を守ることができたから、僕がなんとか我慢し続ければバレないだろう。
「まあ、なんとかなるだろう」
僕は木剣を杖代わりにして立ち上がり、腕を押さえ、足を引きずりながら歩き出す。
生死を彷徨うような痛みは、ありとあらゆるものを経験してきた。
その中には魔力鍛錬の苦痛もあれば、ありもしない罪をなすりつけられて複数人から鞭打ちを受けたこともある。
当然、反撃するには子供すぎる戦闘能力を見越されて今回みたいな、一方的に殴られ続けることもあった。
僕は、生きながらに様々な地獄を経験してきたんだ。
そんな経験の積み重ねがあったからこそ、今回だって意識を保ったままこうして歩くことができている。
だから今回だって、上手くやれるはずだ。
もっと鍛錬を重ねて痛みに耐えられるようになれば、あっちの心が折れるだろう。
「――痛みにも慣れてきたし、小走り程度なら大丈夫か」
木剣を投げ捨て、もはやどこが痛いのかさえ明確に把握できない状態で小走りを始める。
だが、今回はローブや制服の上から受けた打撃だったから、目立った出血はなさそうだ。
まあでも骨にヒビが入っていたり内出血はしているだろうけど。
「ダメだ、もう少し早く走らないと」
今は顔を歪めてもいい、教室に戻ったら平静を装えば大丈夫だろう。
頑張れ、もう少しだけ、頑張れ――。




