第27話『どういうことなのか説明を求める』
「スレン、逃げるな」
今、できるなら僕が逃げたい気持ちを抑えつつ、何も言わず事に乗じて気配を消して逃げようとしている、スレンの服の端を力強く握る。
「こ、怖いなアキト。ちょっと視界から離れようとしただけじゃないか」
逃がさない、絶対に逃がさないぞスレン。
というのも明確な理由があって。
シャワーに寮の食堂で朝食を摂った後、部屋で残りの準備を整え終わって登校するだけだったのに、出入り口の門で見慣れすぎてしまった少女が2人出待ちしていた。
ええ、そりゃあ2本の美しい花であり華がある、誰もが振り返る美少女が出迎えてくれるなら大歓迎だけど。
嬉しいことに、それらが該当しているから喜ばしいことに変わりがないが……それは、相手がリーゼとアリシアという見知った女性以外の話だ。
「それで、アリシアは理由を聞かなくても理解できるけどさ、リーゼも一緒ってどういうこと?」
「おはようございますご主人様。わたしのことを深く理解していただけて光栄ですわ」
反応しないぞ、反応したら負けだ。
「あの……その……」
「ほら、自分の口から言うのよ」
「う、うん。アキト、昨日はカッとなって無神経かつ無礼な発言をした。本当にごめんなさい」
ああ、そのことか。
僕としては昨日の謝罪で済んだ話だし、意思とは関係なしにアリシアの拳が飛んでいったから、根に持っているとかないのに。
それにこういう展開が続くと、本当に家族の話題や生い立ちとかを気にしていないという、正真正銘な事実が信じてもらえなくなってしまう。
「頭を上げてリーゼ。僕としては罪悪感を抱き続けられるよりも、いつも通りに接してくれる方が嬉しいよ。だから、落ち込むより胸を張ったり笑っていてほしい」
「アキト……」
「ほら、わたしの主様はお人好しで優しいって言ったじゃない。今の聞いていなかったの? 目に涙を浮かべるのではなく、笑って返事をしてほしいって言ってくれているのよ」
「うんっ! ありがとうアキト。これからも仲良くしてもらえると嬉しい」
よし、これで一件落着。
女子の気持ちは女子に任せた方がいい、と判断してアリシアに託したけど、ちょーっっっっとだけ心配していたけど上手に事を運んでくれたようだ。
でもリーゼの様子が少し変な気がする。
若干頬を赤く染めて……恥じらっているような、もじもじしていて?
「ほおら、恥ずかしがっていないで早く。全員で遅刻するつもり?」
「でもさすがにこれは」
当然、こんな状況で視線が集まらないはずがなく。
しかし登校時間ということもあり、監視する集団はどこにもおらず、しかし通過していく男子生徒たちからの突き刺さるような目線はとめどなく向けられ続けている。
当たり前な話だけど、僕だけに向けて。
「時間が迫ってきたら、置いていくから」
「わかった、わかったわよ。アキト、これ……!」
「これは?」
ずっと手を後ろに回していたのは、これを隠し持っていたからだったのは理解できた。
だが、差し出された四角いようなもので、水色玉模様の布に覆われているものはなんだ?
「これは、お――」
「お?」
「お弁当だっ!」
「弁当!?」
僕は今、思考が停止して差し出されたお弁当に目線を向けることしかできていない。
意味がわからない、ただその一心で。
「何がどういう話の流れになったら、お弁当を渡すということになるの」
「まあやっぱり、謝罪の気持ちを言葉で表すのは難しくないでしょ? でも、誠意を示すためには行動が必要だと思うの」
「それで弁当を作るという流れになるのは、どうかと思うぞアリシア」
「では、誠意を受け取らないと?」
「……くっ」
「お得な話だと思うわよ。お姫様が作った弁当なんて、世界中の誰も作ってもらえないしれいないものよ? 叶うとしても、将来の旦那様か親族くらいだし」
「名誉あるではあるんだろうけど……断ったら罪人扱いされるのは困る」
国家反逆罪になるのだけはやめてほしい。
「わかった、受け取るよ」
「なんだか打算的に決断されたような気がして、傷付くわね」
「今回の件に関してはアリシアに言ってくれ。僕のために作ってくれたことは嬉しいけど、いろんな勘繰りをさせているのはアリシアなんだか」
「あら、それはわたしに対して失礼ではなくて?」
「確信犯の立場でどの口がそれを言うか」
「なんのことかしら」
鳴っていない口笛を吹きながら目線を逸らしているのが、なによりも証拠だ。
「そして、それはどう説明するつもりだ?」
「わたしも一緒に作ったから」
今度は黄色を基調とした花柄の布に包まれた、流れ的に弁当であろう物がアリシアから差し出されている。
「それ、大丈夫そう?」
「何よ失礼な」
「だってほら、リーゼはお姫様なんだから料理の作法とか習ってそうだから安心して受け取れるけど。騎士の家って、そういうのしなさそうじゃん?」
「……事実そうだから反論できないのが悔しいわ。でも安心してちょうだい、毒はないっていないから」
「何その言い方。毒はって何、毒はって」
「お取込み中申し訳ないんだけど……」
傍観者に徹していたスレンが、恐る恐る左手を上げながら進言してきた。
「そろそろ歩き始めたりでもしないと、遅刻しちゃうよ……?」
「たしかに、それもそうだ」
スレンを脇に引っ張り、リーゼとアリシアを前に歩き始める。
「今日のお昼ご飯が楽しみだね」
「この状況を楽しんでいただけて何より」
「ほら、生涯でたった1人だけになれる機会なんだから、喜んでいいことだと思うよ」
「わたしのお弁当だったら、頼まれたら毎日作るけどね」
「頼まない」
「それに、結婚したら頼まれなくても作ってあげるけど」
「しない」
なんでこう、口を開かなければ誰もが認める美少女であり、僕以外の人と話すときはお淑やかな雰囲気を漂わせているというのに……全部前のめりなんだ。
理想の話かもしれないけど、騎士って清く正しく勇ましい存在であり、主を優先したり尊敬の対象にするものじゃないの?
もうこうなってくると、茶化されてるとしか認識できないんだけど。
「あ、そうだ。はいこれ」
「うわっ」
「お姫様とご令嬢の貴重なお弁当、落下させないよう慎重に運んでくれ」
「ひ、ひぃ」
「スレンくん、そんな苦痛な悲鳴を上げられると少し傷付いてしまう」
「リーゼさんごめんなさい! 命に代えてでも運ばさせていただきます!」
「わたしの主様からの命令なんて、あまりにも羨ましい」
「じゃあアリシアは自分で持ってくれ」
「それはまた別の話」
「どんな話だよ」
いや本当に、どんな流れでどんな意味がある話だよ。
てか、なんで所々でいろいろ強調する言葉を使うんだよ。
「はぁ……リーゼ。さすがに主様とはいえ、乙女心がわからなさすぎるな」
「そ、そうなの……かな?」
「立場など関係なく、女性から弁当を作ってもらったら喜ぶでしょ。というより、乙女からしたら喜んでほしいでしょ」
「まあたしかに、危ない物みたいには扱ってほしくない。かな」
「あーもう、わかった、わかったよ。ごめんなさい。ごめんなさい! 可愛い2人の女の子にお弁当を作ってもらってとっっっっても嬉しいですよ。お昼が楽しみで仕方がないなぁ!」
「ふふっ、喜んでくれているわよ」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
くっ……完全に言わされただけだろ、この流れ。
まあでも嬉しいのは嬉しいけど、実際に怖いでしょ。
ほら、隣のスレンを見てごらんよ。
僕たちのやり取りなんて耳に入っていないぐらい、顔面蒼白で慎重に弁当を運んでいるぞ。
自分から渡したけど、なんかごめんスレン。
でも、茶化してきたスレンが悪いんだからな。
頑張るんだ、スレン!




