第19話『悲しきかな、剣の腕は哀しきかな』
僕はアリシアと木剣を構えて向かい合う。
チラっと周りに視線を向けてみると、既につい先ほど起きたリーゼとアリシアの話題だけが持ち上がっており、今の状況には興味がないらしい。
しかしなんと言うか。
互いに正面で剣を構えているだけなのに、まるで勝てる気がしない。
魔法を使用しない純粋な剣技のみだというのに、ここまで絶望的とは悲しいものだ。
完璧ご令嬢は、今の今まで尋常じゃない努力と研鑽を重ねて今に至っているのがひしひしと伝わってくる。
「大丈夫。主だからと手を抜いたりしないわ」
「気遣いどうも」
くっ……こんな場面でも真面目に対応してくるのがその証拠だ。
手加減はしてくれなさそうだから、どうか手心だけは加えてほしい。
「じゃあ――」
「ふんぐっ」
初手から、頭を勝ち割ろうと高い位置から木剣が振り下ろされた。
運よく軌道を察知して柄と剣先に手を置き、踏ん張りながら防ぐ。
「んぐぐぐぐぐ」
なんて力だ。
こっちは両手両足と全身の筋肉に力を入れて必死に防いでいるというのに、アリシアは表情を変えることなく踏み込んできている。
やはり、日々の訓練は裏切らない! 筋肉と体力は絶対! 今までの鍛錬あってこそ防げているんだ!
「えっ」
「ここ!」
「ぐはっ」
急に攻めの手を離され、柄の部分が額に飛んできた。
当然、反応できるわけもないし、全身に力が入っていたせいで動かすこともできなかった。
「いってー!」
「でも、随分と体は頑丈なのね。今のが痛いだけで済むなんて」
「いつも鍛錬を重ねているからな。筋肉と体力には自信があるんだ」
「じゃあ――はっ!」
「あぶねっ!」
容赦なく打ち込まれ続ける剣撃をなんとか防ぎ――ながら痛みをとことん味わい続ける。
時には受け流したり受け止めたりすることができているけど、胸部や腹部に何度も剣を打ち込まれたり、腕や足に矛先が向くこともある。
痛すぎて堪らないけど、まだいける! 筋肉と体力を信じて!
「す、凄い……」
「うおおおおお! まだまだ耐えられるぞおおおおお!」
「はっ! はぁっ!」
「根性おおおおおおおおおお!!!!」
リーゼはこの状況を見て「凄い」という感想を漏らしているけど、僕だって早く終わってほしいと思っている。
痛いし、痛いし、痛いし、痛いよ!
でも力量の差を明確に示されている以上、もはや打ち合って勝てる未来は見えない。
ただ1つ、粘り続けて相手が降参するという選択肢に勝機が残されている。
「……」
「どうしたんだいアリシア。僕はまだまだ耐えられるよ」
当然、嘘。
間違いなく1撃でも頭部に木剣が撃ち込められたら、気絶して倒れる。
腕を上げて木剣を構えているのは、最後の力を振り絞っている虚勢だ。
自画自賛ではあるけど、魔力鍛錬の苦痛に耐え続けた甲斐あって、こんな状況でも平静を装うことができている。
「……どこからどこまでも、常人離れしている主様で嬉しい限りよ」
「お褒めに預かり光栄だ」
「でも降参ね。わたしの手が先に限界を向けえてしまったもの」
「それは残念だな」
僕の評価を持ち上げるために敗北宣言をしてくれたわけではなさそうだ。
見るからに腕が痙攣しているし、力を抜いて開かれた手には血が滲み出ている。
「本当、どれだけ訓練したらそこまで耐えられるようになるのか教えてもらいたいほどね」
「アリシアだって、ここまで剣を振って呼吸の乱れがないじゃん。それって、日々鍛錬している証拠でしょ」
「……そんなことを言ってもらえたのは初めてだわ」
「そうなの?」
まあ僕は、そもそも誰かに褒めてもらいたくて努力しているわけじゃない。
辿り着きたい場所があって、成し遂げなくてはならない使命があって、無我夢中に日々鍛錬している。
ここに関しては、僕とアリシアは共通しているのだろう。
「でも不思議な感覚ね。あそこまでの魔法を扱うことができるというのに、剣の技術はからっきしなんて」
「言おうとしていることはわかる。わかるが、でもこれが僕の実力だ。というか、そこまで鍛錬している時間の余裕はなく、魔力だけではなく剣の才能もなかったということだ」
「どういうこと?」
「その話、私にも教えてはもらえないか」
「構わないけど、授業中に立ち話をしているのはさすがにマズいよね?」
周りの生徒は、未だに相手を変え、休憩をしつつ木剣を握って打ち合っている。
「でも困ったことに、私たちに相手を申し出てくる人も居ない」
「そればかりは仕方がないんじゃないかな。2人に近づける機会かもしれないけど、もしも怪我を負わせたら大変なことになりそうだし」
「わたしたちが怖い存在だとでも?」
「事実そうでしょ。お姫様の顔を傷つけたりしたら、実際はどうあれ怖いって。そしてアリシアは、もはや今は番犬みたいな立ち位置だし実力を加味したらボコボコにされる未来が待っているわけだし」
「失礼な。わたしは手加減できるわよ」
プイッと顔を背けているけど、主と定めた僕に対して手加減しなかったよね?
1発1発がとんでもなく痛かったし、別の人に対して手加減できるの? 本当に?
「私は本当に、どこへ行っても中途半端な立ち位置でしかないわね」
「何をいまさら」
「どうしたの?」
「どれだけ努力しても結果は出ず、誰にも認めてもらえない。やっと自分の時間ができたと思えば、あの通り。実は今日だって、実技の時間は立っているだけにしろと言われていたんだ」
アリシアは、言葉を選んでいないのか選んでいるのかサッパリだ。
だがしかし今朝の疑問は理解できた。
要するに例の婚約者が、登校前にリーゼを捕まえて今の件を強要していたのだろう。
当然、リーゼは反論して軽く口論になったから教室へ来るのが遅くなった、と。
「でも正直、失笑だわ」
「おいアリシア」
「事実、才能に恵まれ家系にも恵まれ環境にも恵まれ。幼少期より頭角を現し天才ともてはやされ、周りからの影響は多くても実績を残し続けた。そんなお姫様が、何をいまさら落ち込んでいるのかしら」
「さすがに言葉を選んだらどうなんだ」
「アキト、わたしはアキトがどれだけ努力を積み重ねてきて、あの強さを手に入れたかはわからない。でも、今の打ち合いを通してそこへ至るまでの片鱗を見た」
「あれは、体力トレーニングが――」
「それだって、1日で手に入れられるものではない。そんなこと、わたしが1番理解できる」
自身が積み重ねてきた努力が、根拠であり証明でもある、ということか。
見透かされているようで悔しいけど、今の僕はアリシアの努力を上回ったということになる。
「わたしもあなたも、まだまだということね。努力して実力を手に入れ、誰よりも頑張っていると驕っていた」
「そんなことはないでしょ。みんなそれぞれ頑張っているんだから」
「いいえ、努力を否定しているわけじゃないの。周りからもてはやされ、いつしか本当に天才だと思い込んでいたのよ」
「……そう、ね。間違いないわ」
「それで、提案なのだけれど」
「ええ、私もちょうど同じことを思ったわ」
ん? なんだか今まで険悪な雰囲気が漂っていたのに目線を合わせて、1回だけ互いに頷いたね?
「次の魔法実技で、わたしと戦ってほしいの」
「え」
「挑ませてほしい。の方が正しいと思うわ」
「その通りね」
「そして、私の目的も今のうちに伝えた方がよさそうね」
リーゼは左手で剣を持ちながら腰に当て、右手を僕に向けるように持ち上げて指を差す。
「私は、アキトを表舞台に引きずり出すわ。そして、明るい世界に出て幸せになってもらうの」
「……はい?」
「私にだけ打ち明けてくれた過去を打ち消すほどの照らされた未来で生きるべきだもの」
ほらほら、最初のところを無駄に強調するものだから、アリシアがとんでもないほど睨みつけているよ?
「僕は別にそんなことを望んでいない。ただ七魔聖になる、それだけだ」
「いいえ、アキトは幸せになるべきだわ。そうね、アリシアもしっかりと全力で挑んで協力しなさい」
「――所々、気に障る感じはするけれど。いいわ。わたしは最初から全力で挑むつもりだったもの」
「じゃあ決まりね」
ん? 僕の意見は?
「もうすぐこの授業は終わるから、もう1度だけ相手をしてくれるかしら」
「いいわね。またボコボコのけちょんけちょんにしてあげる」
「望むところよ」
完全に置いてけぼりな僕。
勝手に話が進んで、勝手に話が決まり、勝手に話が終わった。
てかさ、アリシアはともかく。
リーゼに関しては、やっぱり変な方向に走り出してるよね、完全に。
どうやってツッコミを入れていいのかわからないし、アリシアに状況説明をしようとすれば話が長くなってしまう。
なかなか難しい問題だけど、まあとりあえずは次の授業をどうするかだけ考えよう。
「始めるわよ」
「いつでもどうぞ」
「はぁ……」
僕の平凡な日常は、たったの数日で終わってしまった。