第18話『天才と秀才は相反する性質なのか』
「さて、非常に困った」
「ん?」
今日も今日とて実技の授業がやってきた。
しかし今回は毛色が違い、敷地内にある訓練場で行われる。
別にそこが困る要因にはならない。
他の生徒は各々の相手と向き合って集中している。
じゃあ何かと聞かれたら、迷いなく手に握られた木剣と答えるしかない。
「僕、お世辞とか冗談じゃなくて苦手なんだよね」
「わたしからすれば、前置きの2点にしか聞こえないけど」
「それが残念ながら本当なんだ。仕えると決めた主が情けなくて恥ずかしいと思うけど、間違いのない事実なんだ」
「人には得意なものと不得意なものがある。苦手だったとしても、主を恥ずかしいなどと思うことはないわよ」
「真っすぐな、お言葉をいただきありがとうございます」
という感じに、うだうだと話して時間を潰せないかと考えてしまうぐらいには剣の練習は苦手中の苦手。
だってほら……走り込みをするときは邪魔に感じるし、筋トレをするときに少し移動するとかでも置いてはいけない。
それに、そもそも他の人より才能がなく実力を底上げするために精一杯だったから、魔力関係以外は勉強と体を動かすこと除いて全部苦手だ。
このまま時間が過ぎて欲しいと願うけど、それはそれで先生にみつかったら何を言われるかわからない。
だから「じゃあ、どれだけ弱いのかを披露してあげるよ」、と醜態を晒す準備を整えていたのだけど。
「アキト、よかったら手合わせを願いたい」
あろうことか、どうやっても拮抗するはずのないリーゼが声をかけてきた。
時間を潰せるのであれば、もうこの際リーゼに打ちのめされてもいいや、と思い始めてみると。
「リーゼ。あなた、何を言っているのかわかっているのかしら?」
「何を? 学友と剣の訓練をする、このことが何か変だと?」
「ええ。アキトはわたしの主様なのよ」
リーゼは僕の方へ目線を向ける。
そういえば今朝の騒動が起きている最中、リーゼは居なかったな。
「ああ。今朝、リーゼが教室に来る前……それはもう騒ぎになっていたんだ」
「何やら騒がしいと思っていたけど、それが原因だったのね。でも、まあ納得はできるけど――アキトが騎士と契約を結ぶなんてね」
「ど――」
「何が言いたいのかしら」
僕が会話に入る隙がないんだけど?
「家の事情は把握している。だから、その契約が意味することも把握している。そして、それはつまりアリシアもアキトの力を目の当たりにし、主になるべき存在だと見定めた」
「ええ、その通りよ。その言い方だと、もしかしてリーゼも――なるほどそういうことね。ゴーレムの件、随分と類似していると思っていたの」
「否定はしない。でも、それはアキトが私に配慮して譲ってくれたのよ」
「わたしも同じよ」
実際に起きていることじゃないけど、空目で電撃が走ったり火花が飛び散っているように見えてしまう。
互いに距離を縮めていっていないから、まだ幸いにもギリギリ傍観者でいられる。
「でも、そこまでわかっているのならアキトに近づく理由は何かしら」
「アキトは、幸せにならなくちゃいけないの」
ん? なんか、方向性が一気に見失われたような気がする。
「唐突に何を言い出しているのか理解に苦しむのだけど」
「ふっ。その様子だと、知らないようね」
「な、何を言っているのかしら」
「可哀そうに。私は、2人っきりのときに教えてもらったわよ。そうね、勢いで抱きしめ合ったりもしたわ」
「は、はい??????????」
「おい――」
「しかもデートだってしたんだから。あ、それはアリシアも知っていたわね?」
相も変わらず発言を遮られてしまう。
しかし2人は何を張り合っているのだろうか。
リーゼが言っているのは、魔装馬車で話した過去の内容だろう。
全体像は改変されていないけど、誇張されている部分がある。
だからこそ否定しにくい。
「リーゼ、わたしと剣を交えなさい」
「私はアキトに申し出たのだけれど」
「間違っているわ、間違っているわよ。お姫様」
さすがに剣の訓練をする授業中に、魔法を行使したりはしないよね?
敬遠の仲みたいな2人っぽいから、このいがみ合っている状況に違和感はないけど……大丈夫? これ、本当に大丈夫そう?
「わたしを差し置いて、主と剣を交えられると思っているのなら大間違いよ」
「――そうね。いいわよ、乗ってあげる」
「えぇ……」
やっと言葉を発することができた頃には、2人は少し離れて木剣を握り、眉を細めて向き合ってしまっていた。
「準備はいいわね」
「いつでもどうぞ」
妙な緊張感が走る状況で、僕はどんな心境で2人の立ち合いを見ていたらいいのだろうか。
「はぁっ!」
「なっ」
リーゼは初撃から、目を背けたくなる攻撃を仕掛けた。
アリシアはしっかりと防いだけど、突きで首を狙うって明確な殺意があるでしょ。
魔装具である学生服は、魔法を防いでくれるだけであって物理攻撃はどうにもならないんだから。
そして再び距離をとる2人。
「やってくれるじゃない」
「さすがは騎士の家系ね」
「こっちだって――」
次に仕掛けたのはアリシア。
「随分と優等生な剣じゃない」
「ふんっ」
「卑怯な!」
右に左に流れる剣で攻撃を続けていたアリシア。
リーゼは綺麗に受け流し続けている一方、アリシアから仕掛けられた左肩からのタックルが直撃してしまった。
衝撃に腹部を押さえながら後退する他なかったリーゼと、剣を正面に構え直すアリシア。
「正々堂々と剣だけで勝負しなさいよ」
「あなたはどうか知らないけど、わたしはもう学生気分ではいられないのよ。誇りを持って名誉をかけているの」
「それじゃあ、まるで私はお遊びで剣を振っているみたいじゃない」
「さあね。それを決めるのはあなたでしょ」
「……」
アリシアの言葉に、僕もハッとした。
正直、目まぐるしい展開が続いて冷静に考える時間がなかったけど、未だ学生の身分でありながらアリシアは僕という主をみつけて契約を結んだ。
家系的な因果があるとはいえ、使命を果たすためには主が最優先となる。
そして、彼女はハッキリと言った――「自らの生涯を捧げ、騎士として命を賭す覚悟で守ることを――ここに誓います」と。
やり方の汚さを心の中では批判していたけど、アリシアは一切の冗談などはなく、常に真剣だったというわけだ。
「さあどうしたの? 周りの目が気になって本来の力が出せない、なんて言わないわよね」
アシリアの言葉に周囲に目線を向けると、数人がこちらを気にしている様子が伺えた。
言われてみればそうだ。
少なくともクラスメイトからは注目を置かれている、お姫様とご令嬢が剣で打ち合っているのだから、気になって仕方がないだろう。
「そんなことっ!」
「甘い!」
「かはっ――ぐっ……」
リーゼの素早い突進ではあったけど、アリシアは剣を左に弾いて流れで腹部へ本来なら剣身である部分を打ち込んだ。
見ているだけでも痛々しい光景であり、リーゼも痛みに地面へ膝を突いてしまっている。
「ずっとわたしは、あなたに勝てないと思っていた。美しく洗練された剣は見惚れてしまうほどで、研ぎ澄まされた剣技と圧倒的な集中力には頭が上がらなかったわ」
「……」
「魔力の素質だってそう。お家柄があるのはわかっているけど、努力した証は群を抜いていて、称賛されようと驕らず高みを目指し続けていた」
「……」
「でも今は、何がどう転ぼうとも負ける気がしない」
関係性についても、考え直す必要がありそうだ。
リーゼとアリシアは、混ぜちゃダメな組み合わせだと思っていた。
実際に今はそうなのかもしれないけど、少なくとも今のアリシアはリーゼを心配しているように見受けられる。
言葉を浴びている当の本人は辛いかもしれないが、昨日の一件を参考に考えると悩みの種も明確だし、アリシアも把握しているなのだろう。
「まだ続ける? それとも今回はわたしの勝ちでいいかしら」
「そう……ね」
リーゼは立ち上がるも、いつもの覇気はなく。
完全に先ほどまでの闘争心は消えていて、俯きながら小さく頷いた。
「次は、アキトに手合わせを頼んじゃおうかしら」
「え」
「リーゼが気になっていたことでもあるし、わたしも把握しておきたいもの。主様の実力を」
急な方向転換に、心構えができていなかった僕は体がビクッと跳ね上がってしまう。
「包み隠さずいうけど、僕はとんでもなく苦手だからね」
「またまた謙遜を。ここに居る2人は、アキトがとんでもなく強いって言える証人よ」
「いや、冗談で言ってないからね」
「いやいや、期待値は凄く高いわよ」
「いやいやいや、実力は底辺どころか地面に埋まっちゃうほどだって」
「いやいやいやいや」
「いやいやいやいやいや――ああもう! やってみたらわかるよ」
もうこうなったら、やけくそだ。
隠しているとか全然なくて、本当に剣は練習できていない。
少なくとも、さっき目の前で行われていた打ち合いなんてできないし、あんな勢いで攻撃されたら受け流すのも無理。
あぁ……痛そうだな……容赦なく打ち込まれるんだろうなぁ……。