第15話『ご令嬢は高らかに宣言してしまう』
部屋に帰ったら、スレンと魔力関係の話をしようと思っていた矢先――男子寮門前にて見慣れた少女の姿が。
夕焼けに染まる蒼色の長髪は特徴的で、俯いているから髪がよりいっそう強調されている。
まるで誰かと待ち合わせてしていて、遅刻している相手を物寂しそうに待っている……って、なんでアリシアが居るの?
背格好が見覚えありすぎて、他生徒と見間違えるはずがない。
「アリシア、こんなところでどうしたの?」
「――やっと帰ってきた」
「もしかして僕を待ってたの?」
「そうよ」
「えぇ」
「どれぐらい?」
「1時間ぐらい」
さすがに急用ということではないと思うけど、何かあったのだろうか。
「どんな用事?」
「わたしはまだ返事をもらっていない」
「あー、アレのことだよね」
「そう」
1時間も待ってくれていた相手へ、さすがに「明日でもよかったじゃん」とは言えない。
物寂しそうにしているアリシアの言い分もわかる。
重要な選択をすぐにはできないとは言ったけど、いつ返事するかは言っていなかった。
主となる相手を探すのは大変そうだし、誠意には誠意で応えるしかない。
スレンと意見交換を経て、諸々を考慮すると契約はしておいた方がいいと結論付けることができた。
そうと決まったのなら、今ここで伝えてしまってもいいか。
「これから長い付き合いになる。よろしく」
うわあ、視線を少し上げると窓という窓や入り口に人が沢山いる。
そういえば昨日も朝に来ていたって話が広がっていたし、そうじゃなくてもみんなから注目されているような人物だからこうなるか。
「や」
「や?」
「やったー! アキトと婚約しちゃったー!!!!」
「いやいや、契約の方でしょ」
「あ、間違えた」
しかし時既に遅し。
見物に来ていた大衆からが「嘘だろぉおおおおおおおおおお」という声や、「んな馬鹿なああああああああああ」と騒ぎ始めてしまった。
阿鼻叫喚、絶叫、罵声、悲鳴、もはや何を言っているのか聞き取れないほど声が大きくなり始め、逃走を図ったり壁に頭を打ち付ける人も出てきた。
「お、おい。この状況、どうするんだよ」
「大きな声で訂正しても無理そうね。もうこのまま婚約もしちゃう?」
至近距離で会話をしていても、やり取りを続けられないほど音が鳴り響いている。
そして、ともなれば――。
「ヤバいぞ」
寮長が「うるさいぞ!!!!」と怒鳴り散らし始め、寮内の生徒は次々と静かになったり逃げ回り始める。
このままだと騒ぎの中心として僕が怒られるのは目に見えているから、できるだけ速やかに退散したい。
「もう明日、教室で誤解を訂正してくれたら大丈夫だろう」
「それってわたしが訂正しなかったら事実にしてくれるってこと?」
「冗談はやめてくれ。心臓に悪いって」
「あらアキトも動揺するのね」
「いいから解散解散」
「わかったわ。明日は、ちゃんと誤解を訂正するから」
「ああ、そうしてくれ」
楽しそうに鼻歌を奏でながら去っていくアリシアを見て、僕はなんだか嫌な予感がしてしまう。
でも、さっきは間違いなく「誤解を訂正する」と言ってくれたんだから信じるしかない。
キレる頭を持っているのなら、誤解からくる不利益も想像できるだろうし、僕の機嫌を損ねることによって契約を破棄される危険も考慮するはず。
いけない、僕も早く部屋に戻らないと――。
「――てなわけで、さっきの出来事は決着がついた」
「なるほどねぇ」
自我を失ってしまったかと心配するほど荒れてしまっている人の波をかき分け、なんとか自室へと戻ることができた。
当然、スレンも騒ぎを把握してはいたものの、窓の配置的に状況を把握はできていなかったらしい。
「騒動に耳を近づけてみると、大惨事どころじゃないよ」
「それに関しては明日、アリシアが訂正してくれるから大丈夫……だと思う」
「だったらいいけど」
わかる、わかるぞ、スレンが言いたいことは。
事態が収束したとしても、僕に向けられた妬みは払拭されるわけではない。
あそこまで誰もがお近づきになりたい存在と話をしているだけでも、標的として定められるには十分な理由なのだから。
「心配なのは、どうやって訂正するかだよね」
「と言うと?」
「言ってしまったら、生涯を捧げる主を学園に通い始めてすぐに見つけることができたわけでしょ?」
「アリシアからすれば好都合な話だ」
「でしょ? だったら、このまま気が変わられるのは嫌だよね」
「今のところ考えてはいないが、アリシアからすれば不安材料ではある、か」
契約破棄が本当にできるのかわからないけど、逆の立場だったら繋ぎとめておきたいと思う。
ん、もしかして。
「さっきのが、もしもわざとだったら?」
「1時間以上も待機していたのは、大衆の目を自分に集めること……そして、健気さをアピールし――僕が帰ってきて答えを求め、あえて婚約の話を盛大にぶちまけた」
「そう、まさにそれ。全てが計算だったら、もしかして明日は平穏が崩れる絶望の日になるかも」
「ま、待てよ。リーゼと2人で外出するのを自分から勧めてきたのは……」
「え、凄い話題が急に飛び出してきたけど――それも含め、最初から計算の範囲内だった可能性があるね」
「うーーーーーーーーーーーーわっっっっ。だとしたら完全にやられた」
たった3日しか話をしていないのに……いや、話をした時間で言ったら合計で半日ぐらいしかなくても、アリシアはキレる頭の持ち主だと思っていた。
だというのに、リーゼを間に挟んで話をし、険悪な雰囲気やらいろいろな事情を考えていたから忘れてしまっていた。
おいおいおい、もしかしてリーゼも共犯とかじゃないだろうな……?
いや……それは考えすぎか。
本当に婚約者が登場していたし、いけ好かない性格は本物のソレだった。
「とんでもないご令嬢聖女様に捕まってしまったもんだ」
「契約の話は承諾したから、これからずっと追い回されそうだね。ちなみに婚約の話はどうするの? 一応、代々家系的に身分を一切関係なしに婚姻を結んでいるらしいよ」
「アリシアは、もはや契約者である主と結婚するならってノリノリだったけど、実際はどうなんだろうな。僕は恋愛経験も誰かを女性として好きになったことがない。アリシアもあの感じだと男性を好きになっことがなさそうだし」
「まあたしかに。そもそも男子と話をしているところを見たことがないからね」
「恋愛して結婚するのが常識の僕と、親が用意した婚約者と結婚するしかない身分の人たちとでは世界が違いすぎる」
そもそも、あんな完璧超人で頭がキレるのなら、下心丸出しの男はすぐに見抜いて距離を置きそうだし。
お家柄は貴族なんかと別の括り、でも名誉ある騎士家で権力は有しているけど、お堅い規則などは存在していない。
さすがに自由奔放な家訓や教育方針いうわけではないんだろうけど、今日の一件から正直感情が読めないのもまた事実。
難しい、わからない、難しい。
「あー、もう考えるのはやめだやめだ。スレン、魔力操作の話をしよう」
「そうだね。まあでも、食堂に行くときは背中から刺されないか気を付けないと」
「おいスレン怖いって。てか、完全に面白がってるだろ」
「まあだって、毎日が新鮮で楽しいし。それに、誰にもない贅沢な悩みを持っている人が同室に居たら、からかいたくもなるじゃん?」
「くう! 逆の立場だったら絶対に茶々入れてたから反論できない」
「ボクもアキトに一本食らわせることができたね」
調子よくクスクス笑いやがって、人の苦労も知らずに……!
明日の朝、絶対に混乱するほど難しいのをやってやる!
ここまで読み進めていただき、本当にありがとうございます!
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