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第14話『気高きお姫様が焦る、複雑な事情』

 沢山の店を巡り、結局は時間を鑑みて帰路に就くこととなった。


 魔装馬車乗り場から出発して間もなく、リーゼは先ほどまでの賑やかさから、窓の外の景色を眺めて夕日に照らされながら哀愁を漂わせている。

 子供のようにはしゃいでいる様子も伺えたことから、祭りの後の物悲しさみたいなものを感じているのか?

 対等な交友関係を築ける相手がいない身分を考慮するなら、それも仕方がないことなのかもしれない。


「まあ、さすがに毎日とは言わずとも同行するぐらいなら構わないけど」

「許してくれたとはいえ、最初の印象は最悪だったろうに。気を遣ってくれるのね」


 あんなにツンツンだったリーゼは、どこに行ってしまったのか。

 悲観しすぎているようにも思うし、そもそも気にしていなかった旨を伝えても――今の感じだと、それも気を遣われているように感じてしまうのかな。


「正直、アキトに助けてもらったあのときから体と心がかみ合わなくなっちゃっているの」


 さすがにあの出来事は、お家柄がよく才能のあるお姫様にとって数少ない挫折になってしまっというわけか。


「あれは仕方がなかったんじゃないかな。相性の問題もあったわけだし」

「でもアキトは苦戦することなく倒してみせたじゃない」

「まあ、あれは勝てるとわかっていたからね」

「逆に私は相手の力量を見誤り、無様に倒れているだけだった。笑える話よね。アキトと違って全てが揃っていて恵まれた環境で育っておきながら、勉強した努力した訓練した、と思いあがって」


 この落ち込みよう、もしかして初めての挫折なんじゃないか。

 言っていることは的外れではないけど、このまま泣き始めちゃったりしないよね?


 もう悔しいって顔じゃなくて、諦め、みたいな雰囲気が漂っちゃってるって。

 ここは少しだけ話題を変えて。


「そういえば、どうしてあんな必死に功績を追い求めているような感じだったの?」

「やっぱり、気が付いていたのね」

「まあ、鬼気迫る勢いだったから」

「でもアキトと出会えて、よかった」

「知り合って間もないと思うけど? 話すの2日目だよね?」

「短くても、私はそう思ってるの」


 いい感じに話が切り替わったけど、哀愁は抜けきらない。

 なんなら、まるでこれが最後みたいな雰囲気を醸し出している。

 入学して、たった3日目だというのに。


「自分の悩みがちっぽけすぎて、自分に呆れちゃってるのよ」

「功績を上げることに繋がる?」

「ええ。実は私、婚約予定者が居るの」

「お姫様だから相手もそれ相応なんじゃないの? もしかして顔が好みじゃないとか?」

「本当にその通りだけど、残念ながらとても整った顔の人よ。荒々しい性格でもないし、成績も優秀、魔法士としての才能も抜群」

「非の打ち所がない人だ」

「ええまあ、一部を除いては。でも私は、この学園に入って自分がやりたいことをやれているの」


 たった3日だけど、リーゼにとっては計り知れないほどの自由な時間というわけか。

 そういった事情があるのなら、1日、1時間、1分全てを噛み締めるほどに大事な時間なんだと思う。

 逆に僕は自由しかなかったからこそ、全てが自己責任で、全ての時間が必死に生きることしか考えていなかった。

 だから、残念ながら想像はできるけど共感はしてあげられない。


「婚約の話が締結すれば、礼儀作法や結婚準備で学園生活の時間が少しずつ減っていく。護衛もついて、誰と話をしていいかも決められて自由が消えていく」

「それは辛いな」

「ねえ……もしアキトさえよかったら、私の直属近辺警護役に就いてくれない……かな。そうすれば、きっと楽しい時間だけはなくならないと思うの」

「……ごめん、それはできない」

「そう……そう、よね。ごめんなさい。急に変なことを言って」


 僕には叶えたい夢と目標がある。

 リーゼは今、心の拠り所を探している状態なんだと思う。

 見方を変えたら助けを求めているというわけだけど、僕とは住む世界が違いすぎるし、「お願い」「はいわかった」と話が簡単に進むはずがない。


 声に出して助けを求められたら、手を差し伸べることぐらいはできるかもしれないけど……僕にできることがあるとすれば全てを壊すことぐらい。

 でもそんなことをすれば、僕の生きる目標ともいえる夢は叶うことなく潰えてしまう。

 だから申し訳ないけど、天秤にかけたらリーゼへ貸せる力はない。


「つまり私がやろうとしていたことは、目を見張るほどの実績を上げて学業を優先させた方がいいと思わせたかったの」

「でもゴーレムの核を持ち帰って称賛の嵐だったじゃない?」

「待っていたのは残酷な話よ。『それはそれ、これはこれ』と言われてしまったわ」


 話の筋が見えた。

 それはたしかに無気力状態でもおかしくはない。

 どれだけ努力しようと、どれだけ功績を上げ続けようと〝関係ない〟と切り離されてしまうだけ。

 この変えようのない事実が待ち受けているのなら、残された道は『諦め』だけになってしまう。


「申し訳ないけど、僕には無責任な助言しかできない」

「そう前置きしても、私のために言ってくれるのよね。ありがとう」

「さっき話したけど、僕は今まで自分の力で夢を諦めず必死に生き延びてきた。そうするしかなかっただけだけど、でも自分の人生を他人に委ねることはしなかった」

「……」

「想い描き辿り着きたい未来があるから、明日を望むのではなく()を必死に生き、自分の人生を選択し続け掴みとってきた」

「アキトが言うと説得力があるわね。私には到底できない生き方だわ。つくづく思い知らされるわね、自分がどれだけ生温く覚悟のない人生を歩んできたかを」


 人へ言葉を伝えるって、なかなか難しいな。

 少なくとも、今のリーゼには前向きなことを言っても気分が落ち込む感じになってしまっている。


「そこまで卑下する必要はないと思う。でも、そう思えたのなら自分の意思を貫こうとあがいてみるのもいいんじゃないかな」

「アキト、いろいろとありがとう。償いの意味でおでかけしたのに、私が慰めてもらっちゃったわね」

「あのときも言ったけど、出会ったのは何かの縁だし。困ったときはお互い様ってことで」


 行きもそうだったけど、話し込んでいると1時間はあっという間だ。

 もう学園側にある魔装馬車の乗り降り場へ到着してしまった。


「今日は楽しかった。アキトさえよければ、これからも学園で普通に話をしてくれると嬉しいわ」

「まあ、それぐらいなら」


 僕たちが赤煉瓦の地面に足をつけたそのときだった。


「これはこれは、随分と遅いお帰りではないですか」

「……ど、どうしてあなたが」


 リーゼは振り返る前から、その声の正体がわかっていたかのように返答し、ゆっくりと振り返った。

 僕も、その視線の先に顔を向けてみると金髪の超イケメンの姿が。


 学生服を身にまとっていることから、学生であることは確かだけど……まるで誰だかわからない。


「本日は俺との会談と会食の予定があるというのに、急に出かけてしまわれるなんて」

「学友と買い物をしていたの」

「そうでしたか、でも残念です。お買い物の時間が長引いてしまわれて、俺も帰らなくてはいけなくなってしまいました」

「あら、そうだったの。それはとても残念ね」

「ええ。それはそれは残念で仕方がありません」


 身振り手振りの動きが忙しいけど、髪をかき上げたりする動作はいちいち様になっている。

 リーゼはリーゼで、威嚇しつつ煽っているはで僕がハラハラしちゃう。


「婚約者を差し置いて、こんなパッとしない男と出かけるなんて随分と冒険がお好きなようだ」

「少なくとも彼は、あなたのように誰かを下げるような発言をすることはないわよ。あと、婚約予定者でしょ」

「これはこれは失礼。それにしても最近は功績をあげて悪あがきをしているようだけど、無駄無駄。いくら躍起になっても結果は変わりません」

「私はただ、成績をよくするために頑張っているだけよ。学業を頑張るのは学生の本分でしょ?」


 ついさっき本音を聞いたばかりだから、それが嘘だというのはわかる。

 だがまあ、口を出さない方がいいと思って聞いていれば、僕のことをパッとしないとか直球で言ってくれるじゃないの。

 自分でも認めていることだから「そうですよね」としか言えないけど。


「それに、自分が努力しているつもりでも、所詮はお家の血のおかげなんですから、あまり無理をしないでください。結婚したときに傷があるのは見栄えが悪く好きじゃありませんので」

「ふざけないで! 私は物じゃないのよ!」

「落ち着いてください。ふふっ、でも『私は物じゃない』ですか。家の存続と国の未来のため、婚約するしか道が残っていないようなお姫様が面白いことを言う。自分が政治の道具にされている、まごうことなき事実から目を背けるのは見苦しいですよ」

「……私は……」

「いつまでもお子ちゃまみたいな悪あがきはやめてくださいよ、本当に」


 さすがに割って入ろうかと思ったが。


「そろそろお暇します。本日の埋め合わせ、楽しみに待っていますからね」


 そう言い終えると、いけ好かない清涼感のある好青年――の皮を被った根が性悪な気障りな野郎は帰路に就いた。

 あれで去りながら高笑いとかし始めたら、もはや芸術点が高いともいえるんだけどな。


「あーっはっはっはっはっは! 愉快愉快!」


 おぉー、あそこまでいくと怒りの感情ではなく拍手を送りたい。


「ごめんなさい、嫌なものを見せちゃったね」

「人にはいろんな事情があるし、こういうこともあるんじゃないかな。僕だって、教室では酷い扱いを受けているわけだし」

「……アキトは、本当に強いのね――今日は本当にありがとう。また明日ね」

「ああ、また明日」


 リーゼはいつものように胸を張って歩いているけど、今までの一件を通すと、1人で背負うにはあまりに重いものがのしかかっているように見えてしまう。

 生まれも育ちも違うというのに、僕はあの寂しさを知っている。

 でもごめんねリーゼ――僕は何もしてあげられないんだ。

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