第13話『償いと御礼で目立ちまくりデート』
「やっと2人きりになれた」
「本日はお手柔らかにお願いします」
「別に取って食おうとしているわけでも、どこかへ突き出そうともしていないわよ」
「それなら安心」
僕たちは敷地内にある乗り降り場から、魔装具の馬車で移動中。
本当に画期的なもので魔装具の馬は、半自動で魔力を吸収し続けて動力源を得ていて、人が乗る車の方は衝撃吸収の細工がされて。
速度もなかなかなもので、生きている馬で移動する距離を1時間当たり10キロだとして、魔装馬は3倍の30キロも進める。
しかも休憩が必要ないし馬車同士や人と衝突しないよう、感知機能も搭載されている万能さ。
というか……この馬車を使用しないと学内商店まで移動できない、広大な敷地面積が怖すぎるんだけど。
「今日の金銭的なことは全部、私が支払うから気にしないで」
「なんとも言い難いけど、背に腹は代えられない。よろしくお願いします」
なんだかウキウキで得意気だし、冗談抜きで金銭的に余裕がないのは事実だ。
この際、恥なんて感じている場合じゃない。
「なんだか、いろいろと大変そうなんだな」
「まあ、ね。みんなは私を羨むけど、私はみんなを羨むわ」
羨ましい、ね。
隣の芝生は青い、とはよく言ったもので。
誰しも、どれだけ自分が満足のいくことがあっても、他人が自分より幸せそうにしていると欲するものだ。
それは仕方のないことだし、心が疲弊しているときそれは如実に感情が表へ出てきやすい。
「というか気になっていたのだけど。自意識過剰と言うより、私もアリシアも知らなかったようだし、別の人も知らないわよね」
「まあ、うん。否定はしない」
「世間知らずと非難するつもりはないけれど、今までどんな生活を送ってきたの?」
「あー」
「それに学園へ入学できたってことは、金銭面は解決できたってことだろうし。もしかして、免除されたの? 支援者が居るとか?」
随分と個人の事情にずかずかと土足で踏み込んでくる、無邪気なお姫様だこと。
対面で座っているのに前のめりだし、初めての状況に気分が高揚しているんだろうか。
「どんな事情があるかもわからないんだから、むやみやたらに事情を聞き出すものじゃないよ」
「あ……つい楽しくなっちゃって。ごめんなさい」
「まあいいよ。別に言いふらすつもりはないけど、隠したいわけでもないし」
「付き合わせちゃってごめんなさい」
「いいって。まあ、結論から言うと。僕には家族も親戚と言える人も支援してくれる人も居ない」
「え……」
まあ、こんな話が出てきたら驚きもするよね。
「正しくは親戚と呼べる人は居た。でも、養子支援金の全てを着服し、名前も変えて消えてしまった。今はどこに居るのか、生死すらわからない」
「なんて酷い……待って、養子って――」
「両親は僕が6歳のときに命を落とした。亡骸は確認していないけど、それは幼かったから見せてもらえなかっただけで。行方不明とかではなく、国が正式に死亡を確定させたから養子縁組届が受理され、支援金が給付された事実は変わらない」
「……」
「6歳の僕は生きていく術も知らず、最初は捨てられた残飯を探し回って彷徨い続けた。そして、生きていくためにいろんなことをした。武器も買えないから、落ちていた木の棒で獣を狩って食べたりお金に換えたりもした。笑えるよね。魔力を扱う才が微塵もなかったから、惨めに原始的なことしかできなかったんだ」
っと、さすがにいろいろと話しすぎたか――あー。
「い、今まで……そんな辛い経験をしてきたのね」
深刻な面持ちで言葉を失っている、ぐらいだと思っていたけど、これはこれで予想外。
お姫様というには、あまりにも年相応な少女としてなのか、それとも周りの目線がない状況だからなのか。
わからないけど、とんでもないほど涙を流しては拭ってを繰り返している。
別に、お涙頂戴で話をしたわけではないから対応に困ってしまう。
「よく頑張った。頑張った!」
「お褒めに預かり光栄です」
「わーっ!」
いやいやいや。
あまりにも感極まりすぎたようで、隣に来たと思ったら抱き着かれちゃったんだけど?
人目がないとはいえ、大胆すぎない?
「これからは私が居る。過ぎた時間を取り戻すことはできないけど、先の未来は明るいものにしよう」
「あ、ありがとう」
「今日も楽しい時間にしよう! 食べたいものは全部食べよう! 興味を示したものは全部買おう!」
「よ、よろしくお願いします」
なんだか方向性が変わってきたな。
そもそも、これから待ち受ける商店巡りって嫌な予感しかしないし、この調子が学園生活まで延長されたりしないよね?
スレンが予言していた通り、僕の平穏で目立たない学園生活は明日にでも終了していそうだ。
「あ、着いたよ」
「そうだな、そうだな。存分に楽しもう」
僕がリーゼの背中をポンポンと優しくたたいたら、ようやく離れてくれた。
そして到着したということは、キッチリ1時間は話していたことになる。
あっという間だったけど、これから大変そうだ。
さあさあ、いざ魔装馬車から降りたわけだけど。
「あー……」
外装が特別仕様ではないから目立ってはいなかったけど、降り立った瞬間、こちらに目線がギュッと一気に集まった。
いや、一瞥したら答えは感覚だけに収まらず、実際に起きていることだとすぐにわかる。
お姫様に向けられる憧れや尊敬のまなざしと、僕に向けられる懐疑的かつ不信感が渦巻くまなざし、が。
赤煉瓦で舗装されている道を進み始めると、商店が並ぶ――と思っていたものが大間違いだったことに気が付く。
店が建っているのではなく、店が並んでいて2階建て構造になっている。
もはやショッピングモール商店街。
自分でも何を言っているかわからなくなるほどで、入り口であろう大門前にある地図が視界に入るも、想像を絶する数の店名が並んでいた。
しかも飲食店もあって、1週間ずっと通い詰めて回りきれるか怪しいほど。
「まずはどこに行きましょう」
できれば地図の前で足を止めてもらえたら、僕も選択肢の候補ぐらいは出せただろうに。
止むことのないヒソヒソ話と様々な目線を感じつつ、リーゼは「うーん、うーん」と悩みながらも足を止めてくれない。
さすがに、手を振っている女の子たちぐらいには軽くでも対応してあげた方がいいんじゃない?
「そうね、まずは食べ物――甘いものにしましょう」
「仰せのままに」
どこの国のお姫様かわからないけど、ここまで人気があるということは……もしかして、この国のお姫様だったりしないよね?
でもさすがに予想が当たっていたとしたら、護衛の1人や2人は居るだろうし考えすぎか。
だとしたら、隣国とかなのかな――とか考えていたら、すぐに目的地へ到着してしまった。
「ここは?」
「そうね、そうよね。ここはクレープという食べ物を販売しているお店なの」
「クレープ?」
「……説明を聞くよりも、食べてみた方がいいわ。興味が湧いたのがあったらなんでも言って」
「うーん」
全商品が表記されているメニュー表を眺めてみるとふわふわしていそうな外観で、滑らかそうな白いものが乗っていたり、果実のような見た目のものもある。
甘いもの、という話だけど……正直、どれがいいのかわからない。
まだ眺めていたいところだけど、見るからに店員さんが緊張して顔が強張っている。
手も震えているし、なんなら汗もかき始めているし。
店員さんのためにも、注文を済ませてしまおう。
「このシュガーホイップクリームをお願いします」
「じゃあ私は、ダブルクリームキャラメルチョコメイプルバターシナモンベリー&ベリーバナナバニラアイスクリーム、をお願いします」
な、何その長文詠唱は。
質問をしたかったけど、「かしこまりました!」と大忙しに店員さんは動き始めるし、リーゼは「これもいいんだけどな」「この組み合わせも美味しそう」と真剣な表情と眼差しで呟き始めてしまう。
それほど時間が経たずして、温かい熱と共に自然と吸い込みたくなる匂いが店内から漂ってきた。
と、同時に店内ではあれだのこれだのと声が飛び交っていて、たぶんリーゼが注文したものに関係している単語なんだろうけど。
「お、お待たせいたしましたぁ!」
女性店員さんが、笑っているのに笑っていないような表情で――とんでもなく大きなものがリーゼへ手渡された。
ちなみに僕のは手に取りやすく、たぶん食べやすいもののはず。
「またのご来店をお待ちしております!」
「ありがとうございます。お金は後日、色を付けて支払わせていただきますので」
「ありがとうございます!」
「じゃあアキト、あそこのベンチで座って食べましょう」
「お、おう」
何を澄ました顔して、超巨大な食べ物を持っているんだ。
どんな感情なのか考えてみたけど、もはや意味がわからない。
それじゃあまるで丼ものを皿ごと持ち歩いているみたいじゃないか。
「よいしょっと」
「それ、食べられるのか?」
「もちろん。私のことより、食べて食べて」
「じゃあ、お先にいただきます」
催促されるがまま1口ぱくり。
「おぉ、甘くて美味しい」
「でしょでしょ。私、クレープってとっっっっても大好きなの」
「この白いやつが生地? に合うし、なんだろう、ほんのりと甘いものが追加されているような」
「それは生クリームっていうの。黄色いものは生地で合っているわよ。そしてその商品には、表からは見えないところに溶けた砂糖が塗ってあるの」
いまいち理解はできないけど、とりあえずクレープという食べ物は僕も好きになった。
「まだまだ美味しいものは沢山あるのよ。おしゃれ用の服とかも見に行きましょう。大丈夫。全部私が支払うから」
「いやいや、そこまでしてもらうわけには」
「いいのいいの。これは私の善意だし、自分で稼いだお金だから心配は無用よ」
「てか、食べるの早すぎ」
自分のクレープに感動していたら、気づけばリーゼの特大クレープは半分以下になっていた。
「時間がもったいないし、美味しすぎるからね」
「す、すげえ」
もしかしたら、男しか集まらない早食い大食い大会に出たら優勝できるのでは……?
「ねえ今、なんか酷いこと考えてない?」
「いいえ別に」
マズい、目線が上下していたのがバレた。
別に体系を見ようとしたわけじゃないからね? どっちにしても、ローブを羽織っているんだしそんなにたぶん大体ぐらいしかわからないって。
「さあ食べ終わったし、次、次」
「この包装紙? はどうすればいいの?」
「いい感じに折りたたんで、ゴミ捨て場まで持っておくといいわ」
「なるほど」
立ち上がった僕たちは再び歩き出す。
と、ここまでの流れでわかる通り、僕……いや、リーゼが目立ちに目立って仕方ない状況はずっと続き、どこに行っても逃れることはできない。
これ、明日からどうなっちゃうんだ。
「えーっと、じゃあ次は男性用の服を見に行こう」
というか帰っても、先に帰った生徒が話を広げちゃうよなぁ……。
でもまあ、こういう日があってもいいのかなって思う。
「よーし、まだまだ行くわよっ」
お姫様も元気そうで何よりってことで。