第11話『壮絶な鍛錬の果てに辿り着いた先』
「497、498、499、500」
「ぐはぁー!」
「僕がやっている練習に合わせなくてもよかったのに」
朝、いつもと同じ時間に起床し、いつものように訓練場へ。
スレンは地面に「ぜえぜえ」と呼吸を荒くしたまま倒れこみ、青々とした空へ目線を向けている。
「だ、だって……これから一緒に鍛錬するなら、足りていないボクが頑張らないとって」
「その意気込みは嬉しいけど、スレンだってわかると思うけど鍛錬は一日にしてあらず、が基本でしょ?」
「それはそうなんだけど……やってみたかったから」
「じゃあ、走り込みは無理そうだし魔力操作の鍛錬に移ろう」
もう少し動いた後にしたかったけど、合わせてくれようとしてるスレンに圧力をかけるような真似はしたくない。
僕も腰を下ろし、呼吸と姿勢を整える。
「そうだ、ずっと気になっていたんだけど。昨日見せてもらったアレって、どうなっているの?」
「魔力の圧縮。これのことだよね」
「そう、たぶんそれ。あまりよく見えないけど」
手のひらを上に向け、へその前ぐらいに魔力の線を創り出す。
「でも魔力の圧縮ができるんだったら、補欠合格者にはならなかったんじゃない? 目視しにくいとはいえ、角度を変えたりしたら見えなくもないんだし」
「たしかに、世間一般的には魔力圧縮は高等技術。他が劣っていたとしても、スレンが言っている通り補欠合格者にはならなかったと思う」
じゃあなぜ。
目立ちたくはないという理由が前提にあったとしても、わざわざ危険な橋を渡るような真似をするぐらいなら――という疑問を抱くのは当然。
スレンも、なんとか理由を考えていそうな感じで、顎を軽く触りながら眉間に皺を寄せている。
「僕の魔力吸収量は、ずば抜けて低い。それはもう、平均以下」
「え、でも……魔力圧縮を行う場合は、それ相応な魔力吸収量がないと実現できないはずだよね?」
「まさにその通り。現代の魔法や魔力の知識では、誰もが知っている話だ。だから基礎中の基礎だから試験にも魔力吸収量の項目が設けられているわけだし」
「じゃあどうやって魔力を圧縮しているの?」
そして必ず、誰もがその疑問へ行きつく。
「僕が辿り着いた答えは、魔力を体内への蓄積すること」
「え、でもそれって」
「そう、苦行どころか自傷行為に近いね」
これもそこまで珍しい話ではない。
空気中に満ち溢れている魔力を思い通りに吸収できなければ、思い通りの魔力変換をすることができず、思い通りの魔法を発現させることができない。
そして魔力吸収は適度な時間を空けなければ、吸収できる量が減っていき、当然効率も落ちていき、発現する魔法も弱くなる。
だから、誰しもが思う。
魔力を一時保存することができれば、それら減少を遅らせることができるのではないか、と。
「でも、体は不思議なもので魔力の行使者でありながら、魔力を通すことはできても保存することには拒絶反応を示す」
「だよね。魔力を異物と判断し、気分を害するならまだよくて、呼吸困難や吐血、滝汗や強烈な喉の渇きと嘔吐なんかも症状として出るし」
スレンは優秀だ。
たぶん他の人は、曖昧に覚えているであろう内容をスラスラと言葉に出せている。
でも、その優秀さがゆえに気づき始めたようだ。
目を見開いて、顔が真っ青になり始めている。
「も、もしかして……それに耐え続けたってことなの……?」
「そういうこと」
「勉強のためにボクも試してみたけど、あんなの二度と経験したくないほどの苦痛だったよ。冗談なく、生きながら死を予感したのはあれが初めてだった」
優秀どころか、さすがに勤勉すぎる。
あれを勉強の一環で試そうと思うなんて、これこそが貪欲というものだ。
今も鮮明に思い出しているのだろう、吐き気を催しているかのように口元を押さえたり、頭や腹部を触ったりしている。
いや、自分ことながらに感心している場合ではないけど。
「ちょ、ちょっと待って」
「ん?」
「鍛錬のために圧縮した魔力を操作して技術向上を図る――それを毎朝やっていて、でも魔力吸収量は多くない……それって、いつ頃あの苦痛と向き合っているの?」
「実は、今こうしているときも吸収と保存を続けているんだ」
「え、え? え?? えぇ???」
「話をしながら、魔力操作を行いながら、魔力を吸収しつつ、体内に保存し続けている」
スレンは目と口をガッとガバッと開いて首どころか、体も前のめりになってしまった。
あまりにも驚きすぎじゃないか、と言いたいところけど、でもまあ、これが正常な反応なんだろう。
「想像している通り、代償は大きく、それに伴って様々な苦痛と向き合い続けた。鍛錬の最中、何度も気絶したし放心状態にもなりかけた。時には自分が生きているのか死んでいるのかさえ判断できなくもなった」
「あまりにも壮絶すぎる……」
「でも、何をとっても平均以下で才能がなかった僕に残された唯一の道だったから、文字通り死ぬ気で挑み続けた」
「ちょっと待って」
「ん?」
「断片的な話を聞いただけでも、言葉に表せないほどの内容だということはわかった。で、でもそれって、いったい何年に渡って続けたことなの?」
鋭い着眼点だ。
1日2日で可能な内容ではなく、1カ月2カ月でも済む話じゃない。
そこに気が付くとは、親身になって話を聞いてくれている証拠だ。
だったら、僕も包み隠さず話さなくては対等ではないな。
「ものにすることができ、ここ至るまでは、10年はかかったね」
「え……10年も、そんな経験をし続けたって……――ま、待ってよ」
「僕はずっと動いてないよ」
「茶化さないで。10年ってさ、ボクたち同い年だよね」
「うん」
「たった6歳のときから続けていたってこと……?」
「そういうことになる」
確認を終えたスレンは、次の言葉を発することなく口元を押さえたまま薄っすらと目を濡らしている。
「別に、僕が自分でやったことだ。気にする必要はない」
「……で、でも……」
「優しいんだな。でも、才を持つことができなかった人間が、人生の始まりから既に優秀な人間より上へ行くには、これが最善策だった。と、今でも思うよ」
「ここまで血が滲む――いや、大袈裟ではなく、文字通り血を吐き出しながらも高みを目指している人が居るというのに。ボクは今まで、なんて生温い人生を送ってきていたんだ」
「そこまで悲観しないでくれ」
誰にだってその人なりの人生がある。
そして誰にだって選択する自由はあるし、比べるなとは言わないけど、歩んできた人生を自分が否定するのはよくない。
「……ボクも、これからもっと頑張らないと。本当、今まで夢を語るだけで何もかもが足りなかった。気持ちを改めるよ」
「その意気だ。一緒に七魔聖まで上り詰めよう」
「でもさ、あの感覚を10年も続けたとはいえ痛みがなくなるわけではないよね」
「ああ、そこは人間の体の不思議なもので経験していると慣れていくもの――ではなかった」
と、話の途中であるものの、僕は立ち上がる。
「そろそろ戻らないとね」
「気になりすぎる終わり方だけど、仕方ない」
スレンも立ち上がり、帰路に就く。
「さすがに1人ではやってみる気が起きないから、今度付き合ってくれない?」
「無理しないようにな」