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 帰宅するとらむねさんが起きているのか、家の中ではほのかな音がする。リビングに向かうと、案の定そこにはらむねさんがいた。


「お帰りなさい。仕事はどう?」


「いつもと同じく、何とかこなせました」


「へー何か変わったことあった?」


 らむねさんは常に変わったことを聞いてくる。らむねさんは漫画家で、漫画のネタにするためにかわったことを集めているらしい。


「今日男子大学生に告白されたのと、弟だって人と会ったくらい」


「へー昨日までと違っていろいろなことが起きているじゃない」


 らむねさんは冷蔵庫からジュースを取り出し、楽しそうに堪える。告白に、家族。そのどちらかの話にらむねさんは興味を持ったらしい。


「そうですね。昨日までには思いもよらなかったことが起きています」


「その二人って具体的にはどういう感じの人なの? ていうか告ってきた大学生って、いつものようにうづきのことを女だって思っているんじゃないの?」


「最初はどうだが分からなかったけど、男と言っても態度を変えなかったから、彼は恋に性別を気にしないタイプみたいです」


 性別なんて恋愛には関係ないっていう人たちがいることは知っていた、でもそういう人が身近に居て、僕に告白してくるなんて想定外だった。


 僕に恋心を持ってくれる人は大抵僕のことを女だと思ってる。僕の女装は完璧で、どれだけ付き合いがある人でもたまに間違えるほどだ。だからいつからか僕を男として好きになってくれる人なんていないって思っていた。


 男である僕を好きなってくれる男がいるという現実、どう対応したら良いのか分からず困っている。


「まーそんな人もいるよね。あとさ、うづきって母以外の家族いたっけ?」


「今日初めて知りました。産まれてすぐに特別養子として出されて、母の葬式にもきたそうです」


「特別養子ね、それじゃあ戸籍上は他人じゃん。これで弟ですって言えるかは微妙だな」


「特別養子って、戸籍上の関係が終了するんですか?」


「そーだよ。まあ兄弟であった事実は消えないから、結婚はできないよ」


 らむねさんはテレビで見た事実のようにあっさり言うけど、その内容は大きかった。要するに今僕と弟は何があっても戸籍上は無関係ということだ。


 弟である、それを完全に信じたわけではない。それでも弟であったらいいなとは思う。母さんが亡くなって、僕には家族が居ないから。母さんの他に家族がいるのならうれしいし、そうすれば孤独で寂しさを抱えずにすむ。それはとっても幸せなような気がした。


「要するにうづきは今日パンセクシャルの男子大学生に告白され、戸籍上は赤の他人だけど血の繋がっている弟と会ったわけだ。なかなか変わっているね」


「変わった人生なんて送りたくないです。普通に平穏な人生を送りたいです」


 これは僕の嘘偽りのない本音だ。


 不安定な生活を送るよりは、安定した生活の方が良い。例え今よりお金を一杯もらえて楽しい暮らしを送ることができても、不穏なことが多い人生はいらない。そこでこんな好きな人や弟なんていう、波乱を持ってきそうな存在はいらない。


「うづきは安定志向なんだね。それだと人生つまんなくない?」


「刺激はいらないんです、後で疲れるだけなんで」


 とにかく人生安定が欲しい。つまんないとかよりも、何か大変なことが起きないで欲しい。穏やかこそ、最上の幸せだから。


「まあ恋人に家族は安らぎの象徴でもあるよ。好きな人と一緒にいるとくつろげる、家族と一緒にいるとほっとするとかね。恋人や家族こそが平穏な人生に必要なものじゃない?」


「その実感が分からないです。確かに家族や恋人と一緒にいる生活が穏やかって聞いたことがあります。ただ僕の身近にはないです」


 恋人はいたことがなく分かるはずはないが、家族なら母さんがいた。そのおかけで家族について分かったと言われるとそうではなく、家族と一緒にいてほっとする理由が分からない。


 母さんは変わった人だった。なんせ僕に女装を勧めていたくらいだ、感性が普通とは違う。そんな人と一緒にいて、安らげると思ったことが無かった。


「うづきは家族に対して『愛情』は持っているの?」


「分かりません。少なくとも母さんのことは嫌いでは無かったです」


「嫌いじゃないことは愛していることと一緒じゃないよね」


「そうです。そもそも愛ってよく分からないですから、家族、特に母さんを愛していたのかは分からないです」


 嫌いでないから愛している。そうではないことくらい僕にも分かっている。


 それが分かっていても、愛しているということがよく分からない。誰かと一緒に過ごす幸せも想像できないし、何よりも一人でいる以上に幸せは無いと思う。


「要するにうづきは恋する気持ちも、家族として認めて欲しい気持ちも、両方理解できないんだ。だからうづきは告白してきた人や、家族だと言ってきた人がうっとおしい以外の何物でもない。二人の気持ちが全く分からないから」


「うっとおしいわけではないですが、そうですね、二人が僕に対して何を求めているのかは分からないです」


 彼は僕のことを好きだから付き合って欲しいと言う、弟は僕に実の家族だと告げた。それを聞いて僕はどうすれば良いんだろうか、それが全く分からない。


 彼と恋人らしいやり取りをして、弟のことを家族として認めたら良いのか。そう検討はできるのだけど、これだけではいけないような気もする。なんていうかそういった表面上のやり取りよりも、僕の心が彼らに向く必要があるんだ。そんなことできそうにないのに、できなくちゃいけない。さてどうしようか。


「二人ともっとよく話すべきだと思う。二人が何を考えていて、何をうづきに求めているのか。それを知っているのは当人達だよ。一般的に考え的なことは何とかすれば手に入るかもしれないけど、本人達に聞くのが確実だよ」


「本人達に聞くのですか?」


 彼に弟。二人に会って何を僕に求めているのかを聞く。それは一見簡単そうに思われるようだけど、実際するとなると難しい。


 彼は僕のことを好きだと言ってくれた、弟は僕の家族だと言ってくれた。それ以上のことを彼らは持っていないような気がした。そうならば例え聞いても意味は無い。


「そう直接聞いちゃう。どうやって聞いたら良いのか分からなければ、一緒に時間を過ごすのも良いよ。この町には山麓公園に水族館、猫カフェに和風カフェなどあるから、一緒にそういうところへ行くのがいい」


「デートみたいですね」


「デートだよ。少しずつで取るに足らないことでも、一つ一つずつ積み重ねたら何か関係が出来る。そうすれば彼がうづきに何を求めているのか、分かるんじゃない?」


「そうですね、考えてみます」


 一応連絡先は二人とも交換したから、いつでも連絡は出来る。それでも気は進まなかった、もしそうすれば二人に期待をかけそうな気がするから。僕としては二人とも近くではなく、ほどよい遠さから付き合っていきたいのに、他の人同様に。


「じゃあ今すぐ誘う。後でとかはなし」


「はい、分かりました」


 返事をして、部屋に戻る。鞄からスマホを取り出して、メールの画面にしてしばし考える。さて、どうやって二人を誘おうか。


 このままでいいなんて少しも思っていない。僕のことを気にかけてくれる彼らのことを知りたいし、彼らにも僕のことをより深く知って欲しい。


「とりあえずメールを送ろう」


 彼と弟、別々の日に会って一緒に出かけないかとメールを送る。メールを送り終わってすぐに返信がきた、しかも二人とも。一時間、いや十分も経っていないのでびっくりする。僕はそんなメールを速く返信しないので、予想外だった。


 弟からは山麓公園に行きたいとあり、彼は僕が行きたい場所ならどこでも良いらしい。ただ指定してきた日程が同じで、時間が弟は早めで彼は遅めだ。そこでまず彼と山麓公園に行き、最後に彼とあちこち回ることにした。


 恋してくれる人に、血縁上の兄弟。そんな近くて遠いよう距離感の人たちとの関係、特に彼との関係は、彼が僕に恋しているという、彼の感情で成り立っている。そのため他の関係よりも壊れやすく、もしかしたらこのまま消えていく運命にあるかもしれない。


 いや彼が僕のことをどう思っていて、僕にどうして欲しいのか。僕には分かるはずはない。それじゃあなおさら彼と一緒に時間を費やしていけば良いのだろうか、そうすれば僕の気持ちは固まるのか。


 分からなかった、でも行動しなくてはずっとこのままだろう。だから二人に会って確かめなきゃ、そう決意したんだ。

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