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実は他人に告白されること、男に告白されるのはこれが初めてじゃない。女装をしているから、女性に見間違えられて告白されるのはよくあること。
そういう告白をしてきた人は大抵性別を言えば諦めてくれる。そこで彼も諦めてくれると思ったので、『性別は気にしない』。彼はそう言い切った。
「性別は大事です。もしかして女性ですか?」
「見たとおり、僕は男です」
「同性愛ってことになりますよね? それなら可愛い女の子の方が良いのでは?」
「そんなわけにはいかないんです。僕は十津川うづきさんが好きです。他の人となんて付き合えません」
そう言ってゆるりと首を横に振る彼。この状況をどうしようか、迷いつつ僕は彼を見つめる。今まで男である僕に告白してきた人がいないから、どう対応したら良いのか分からない。
「デートしたらいいじゃん。そうそう明日のパスタ、ナポリタンにしたいんだよね。その材料を業務スーパーに買ってきて。その時かんなさんも一緒について行って、いろいろ話をしたらいいじゃない」
「いいです。買い物一緒に行きたいです」
いきなりさよオーナーが現れて、提案をすると彼は即座にのっていた。閉店までヒマっぽいから買い物に行くのは大丈夫だ。でも告白してきた相手と一緒に出かけるのは気が引ける、これだとまるで交際しているみたいだから。
「考えているヒマがあれば行動しよ、そうしたら何かいいことがおもいつくかもよ」
「そうですかね?」
「もしかして一緒にお買い物に行くのが嫌なんですか?」
「いやそういうわけじゃないんですけど。デートって今までしたことが無いので困っています」
同級生と一緒に出かけたことならある。それがデートと呼ばれる愛し合う二人が一緒に出かけると辞書で紹介されているようなお出かけとは違うことくらい分かる。そこでデートという名目で行くのなんて、どうすれば良いか分からない。
「普通に買い物すれば良いよ。ほら行ってくる」
「分かりました。じゃあ行ってきます」
「行ってきます」
さよオーナーに追い出されるように、財布と鞄を受け取ってお店を出る。まるで桜が雪のように降る町の中、私は彼と一緒に歩く。そこには会話は存在しない、そもそも何を話して良いのか分からない。
「どこに行くんですか?」
「業務スーパーです歩いて数分くらいかかります」
「近くにあるんですね」
行き先について話した後に残る気まずい沈黙。こういった沈黙のまま歩くことがデートではないことくらい分かっているけど、どうしたら良いのか分からない。
「なんで僕のことが好きなんですか?」
必死に考えて、思いついたのはこれだった。なんせ僕は女装をしていて、定時制高校に通っている喫茶店アルバイト。人様に誇れるような立派な人間では無い。そういった人が誰かに恋をしてもらえるなんて、思いもしなかった。
「どれだけ忙しくてもお客様に笑顔で接客しているとことか、ほっそりとして可愛い服が似合うとことかです。うづきさんは今まで見た中で一番愛らしくて、頑張っているんだなと思います」
「そ、そうなんですか」
想像していたよりも彼は力説をして焦る。今は性別問わず恋人を作る気は無いし、恐らく誰かを好きになることもない。そこでこれくらい愛されてるってわかり、今ちょっとどころじゃないほど困っている。
「あっ業務スーパーに着きました」
「そうですね。初めて来ました」
気がつけば通い慣れたスーパーに到着していた。彼は始めてくるらしく、物珍しそうにあちこち見ながら僕に付いてくる。たしかナポリタンを作るから、ピーマンやベーコンとか買わなくちゃ。慣れたように棚へ向かって、足りない食材を籠の中に入れていく。
「買い物メモを見なくて大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。食材の管理は僕が担当ですので」
ついでに紅茶セットで出てくるフルーツも探す。今の季節だとやっぱりイチゴが良いかな、それとも通年出せるリンゴかバナナかな? 悩みながら果物コーナーを見る。
そんなときふと見覚えのある人を見かけたような気がした。全身黒ずくめで、茶色の髪と白い肌が浮いている。初めて見るのに、なぜかとても懐かしい感じがする人。一体彼は僕にとって何かある人なのか、それとも全く無関係なのか、それが分からない。
「あの人、うづきさんに似ていますね。ご家族ですか?」
僕と似ている、その一言で気付いた。あの人は僕にそっくりなんだ。もし僕があの人と同じ格好をすれば区別がつかない、そう思ってしまうくらい似ている。
「本当ですね。なんででしょうか? 知らない人ですが」
「あっ知らない人でしたか、なんだかドッペルゲンガーみたいですね」
ドッペルゲンガー、それで思い出した。さっき僕に似ている人が大学近くで見かけられているって話があって、彼がその似ている人だろう。ここは大学の近くでもあり、その可能性は高い。
「似ていますが、あっちの方がかっこいいですね」
「そうですか? 断然うづきさんの方が格好いいです。それこそ比べようのないくらい」
彼は慌ててフォローをしてくれる。もしかしたら僕は落ち込んだように発言をしていたかもしれない、そんな気持ちは全く無かったのだけど。
「これで買い物は終わりですか?」
「あっ、はいそうです」
果物をいくつかいれると、買い物籠を持ってレジへと向かう。あとはお金を払ってしまえば、お買い物は終わる。この不思議なデートが終わるんだ、そう思うと少し安心する。
「お姉ちゃん、彼氏とデート?」
レジで並んでいると、突然話しかけられる。お姉ちゃんに彼氏、あまりなじみがない言葉に思わず振り返る。するとさっきの僕に似ている人が笑顔で立っていた。
「もしかしてうづきさんの弟さんか親戚ですか」
「はい、俺は十津川うづきの弟だよ。そういう君は彼氏か?」
「いや残念ながらまだそうじゃないんです」
僕が固まっている間に話が進んでいく。僕には弟なんてもちろんいない。そうなのになんでこの人は僕の弟だと名乗るんだろうか、僕の性別すら知らなかったのに。
「あのですね、僕は男です。だからあなたのお姉ちゃんではありません」
「うっそ。まじでごめん、やよいさんにうづきは女だって聞いたから、てっきり姉だと思っていた」
「僕の母をご存じなんですか?」
「生まれてすぐに特別養子に出されたんだけど、ちょくちょく手紙でやりとりをしていたよ。それにお葬式にも行ったし」
特別養子に出された、ということは本当に僕の弟かもしれない。母さんに二人子どもがいたなんて誰にも聞いたことが無かったけど、状況から見るとその可能性は高い。
「うづきさん、レジです」
「あっはい」
「これ連絡先、じゃあね」
「ありがとうございます」
気がつけばレジで精算する番になっていた。カゴを移して清算してもらっている間、弟は連絡先を渡していなくなってしまった。連絡先を渡すということはまた話したいということだろう、そうじゃないと渡さない気がする。
「うづきさんって、弟さんがいらっしゃったんですね」
「まだ弟と決まってわけじゃないです。母はつい最近亡くなりましたから、もう話を聞くことができませんので、調べることは難しいです」
「そうでしたか、あれだけ似ているのだから、可能性は高いと思ったのですが・・・・・・」
彼はそう発言をして、黙り込む。弟は一卵性双生児と思うくらい似ていた、そこで本当に弟なのかもしれない。それでも証拠がない以上は信じることが出来なかった。
レジが終わって商品を詰めて、店への帰り道。自然とよどんで暗い雰囲気が漂う。元々僕は彼とは親しくなかった上に、告白に弟の存在。それらがよりいっそう重さを作っていた。
「そういえばなんでうづきさんは女装をしているんですか?」
場の雰囲気を変えるためか、彼は別の質問をしてくる。よく考えたら普通は女装なんてしないので、理由を知りたいと彼は思っていたのかもしれない。それで二人っきりでいる今、聞いているのかな。
「母にお願いされたんです。女の子でいて欲しいって。元々母は女の子が欲しかったそうですが、産むことが出来ませんでした。だからせめて僕に女の子のような格好をさせることで、女の子を育てているように思いたかったのでしょう」
話しながら、空を見つめる。母さんはいつだって僕が女の子らしくすることをのぞみ、男の子らしくすることを嫌った。そこで僕は女装以外出来なかった、そうじゃないと母さんに認めてもらえないから。
「うづきさんは母思いなんですね。僕は母のためにそこまでがんばれません」
「よくそう言われます」
母さんに言われたから女装をしている、そういうとたいていの人が親孝行や母に優しいという。ただ僕にはそんなつもりは全く無い。
母さんだけが僕の家族で、母さんだけが僕を支配して良い存在だ。そこで母さんが言うことには絶対従わないといけないんだ。例え母さんが亡くなったとしても。