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土曜日の朝はすがすがしい。春色のワンピースをゆらしながら通勤・通学客の少ない街を歩いて行くと、働いているお店にはすぐつく。
働いているお店は『こわれもの』という名前の、少し寂れた喫茶店だ。店主のさよオーナーはいかにも社会に適応しなさそうだし、お客様だって変わっている。そもそもカウンターしかないこぢんまりとした店でかつ、メニューが三つしか無いから、普通というのが難しい。
「おはようございます。さよオーナー」
「おはよう。うづちゃん。今日は学校休み?」
「土曜日ですから、高校はお休みです」
「じゃあフルで御願い」
「分かりました」
さよオーナーと話して、厨房に入る。今は定時制高校に通っているとはいえ、高等専修学校に通って調理免許を取ったので料理が出来る。そんなわけでここでの仕事の大半は調理だ。そこまでメニュー数がないけど、日替わりのパスタやサラダなどを毎日作っている。
「今日の日替わりパスタはなんですか?」
「ミートソーススパゲッティ」
「かしこまりましたー」
手早くミートソースの準備をしながら、サラダで使う野菜を切る。さよオーナーはコーヒーや紅茶を淹れる専門で料理は全くしてくれないので、一人でしなくてはいけないのだから大変だ。一応厨房はカウンターの手前にあってお客さんと話すことが出来るのだけど、調理中は忙しくお客様と話す余裕はあまりない。
「今日は晴れているから客が多いと良いね」
「そうですね」
「コーヒーセットと紅茶セットとウーロン茶セット、どれが一番人気そう?」
「休みですから、昼や夕方が多いので、紅茶かウーロン茶ではないでしょうか?」
「そうだよね」
さよオーナーの話を軽やかに交わしながら準備をする。そうしているうちに開店して、お客様がぱらぱらと入ってきた。何度も見たことがある人たちで、彼らは慣れたように注文していくので、いつものようにうまく処理していく。
忙しくしている間に朝が終わり、気がつけばお昼のヒマな時間帯になっていた。スイーツや飲み物のみのメニューが無く、ランチや食事しか無いから、基本的に午後はヒマだ。
そんなヒマな時間に来るお客様は大抵変人だ。昼夜逆転生活をしている人、私生活が分からない人、芸能人など。少なくとも普通に生活をしていると縁がない人たちだ。
「うづちゃん、恋占いしようか?」
「いや、いいです」
「えー練習に付き合ってよ、御願い」
「それならいいです」
お客様と会話する余裕が出来たので、早速ふうさんに恋占いを頼まれる。恋占いには興味が無いんだけど、練習と言われると断れない。特にふうさんは占い師見習い、要するに立派な占い師になるため現在修行中なのだ。それで占いをしてもらうことで、少しでも彼の役に立てたら良いなって思う。
お客様が殆どいない店内で、ふうさんは慣れた手つきでカードをシャッフルしていく。占いを全て信じているわけでは無く、おまけに好きな人もいない。そこで特に思い入れも無く、彼の作業をぼんやりと見つめる。
「現在の状況は愛とは縁がなく、障害はつまずきやあきらめです。目指したいのはマイペースで無理をしないことで、過去のどうしようもないことが邪魔をしてきそうです。ただ少し前に受けた優しさが救ってくれることもあり、この後突発的な事件に巻き込まれます。何かに勝利したいと思っていませんか、周囲は希望や信頼で満ちています。理想は運命的に幸せになることで、最終的には結婚したいです」
「ふうさん、もしかしてカードの意味をただ言っているだけじゃ無いですか?」
シャッフルして並べたカードを見ながらぶつぶつと言っているふうさんに対して、冷静に突っ込む。これだと結局どうなるのかよく分からず、ここに並べられたカードにはそんな意味があると分かっただけ。
「そんなことない。この先少ししたら運命的な出会いがあるけど、それは同時にうづちゃんの人生に波乱をもたらすってこと。何か思い当たること無い?」
「あいにく仕事と家でごろごろすること以外することが無くて、出会いがありません」
「ならこれからあるかもしれないね」
そう言って、ふうさんはふわりと笑う。その顔を見ていると、本当に運命の人と出会いそうな気がした。占いの結果はよく分からなくて信じることも出来ないけど、悪意の無いその笑顔を見ていると占いを信じた方が良いって言う気になってしまう。
「実は最近素敵な人と出会ったんだ。仕事のない夜に月の下で桜を見ながらただずんでいた素敵な人とね。ほらこれならうづちゃんでも、素敵な人と出会いそうだろ」
「そうですね、出会いたいです」
その人が運命の人かはともかく、素敵な人とは出会いたい。この停滞した人生をゆり動かしてくれるような人と出会ったら、このぼんやりとした人生も何か変わるかもしれない。
「きっといつか出会えますよ。未来の売れっ子占い師の僕が保証する」
「それは信用できないです。うれっこにはなれないでしょう」
「大丈夫。今に売れっ子占い師になるから」
ふうさんはそう力説するけど、どうしても創造できない。今のままだと売れっ子占い師は難しいかな、カードの意味をただ伝えるのでは無く、もっとカウンセリングのようなコミュニケーションが取れないと、難しいだろう。
「運命と言えばさ、うづちゃんによく似た人を見かけたよ。近所に大学あるじゃん、そこの近くにいた」
「あーその人見かけたことある。その大学の中でラーメンを食べていた」
近くでいた常連客の人たちが話に入ってくる。大学に行くことがないから、絶対知らない人だ。親戚だってこの近くにはいないはずだし、そもそも歳の近い親戚自体がいない。
「うづちゃんにすっごく似ていた。まっあっちの方がかっこよかったけど」
「やせててイケメンで、女の子にもてそうな感じ」
「そんな人気者みたいな人と、似ているんですか?」
あり得ないって思ってしまう。大学での目撃証言があるので大学生っぽいし、そのうえモテそうな外見。小さな喫茶店でバイトしている定時制高校生とは身分すら違う気がして、そんな人と似ているって言われても信じることが簡単にはできない。
「うづちゃん、ものすごく顔が整っているよ、中性的で」
「性別不明で、可愛いのは最近モテるよ」
口々に常連客が褒めてくれる。みんな優しいから、けなしてくることはないって分かっていた。それでもこんなにほめてくれてうれしい。
「ほめていただきありがとうございます」
お礼を言い、仕事に専念する。調理したりお皿洗いしたりしていたら、お客様はいつの間にかいなくなっていた。全員帰ったらしい。そしてさよオーナーもいなくなっていた、多分煙草休憩を取っているんだと思う。
誰もいない店内で、ぼんやりと外を見つめる。このままだと閉店時間まで一人かもしれない、そう思いながら適当な席に座って外を見つめる。
「失礼します」
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ。注文はどうしますか?」
「紅茶セットをお願いします」
人のいないここにやってきたのは大学生くらいの男の子だ。常連客で、よく人がいない時間に来るんだ。さよオーナーがいないので、一人で準備をして席に運ぶ。
「『紅茶』セットです。ごゆっくり。ところで今日も大学ですか?」
「そうです。大学に入りたてで慣れない生活ですが、頑張っています」
あまりにお客様がいないので、彼の隣に座って話しかける。これから他のお客様が来ることは少なそうだし、もし来ればたてば良いか。そんな軽い感じで話を続ける。
「大学生は大変そうですね、なんせ大学は高等教育機関ですから」
「そうですね、でもやりがいはあります。あのお話良いですか?」
「大丈夫です」
「好きです、付き合って下さい」
「僕男なんて難しいです」
「性別は気にしないので、お願いします」
いや大事なことだよ、性別は。たいていの人は付き合う相手を性別でこだわっていて、それが原因で無くなった愛があることを知っている。少なくともないがしろにしていいことじゃない。