【5話】許せない相手
その日の夜。
「ヴァイオレット様宛てにお手紙を預かっております」
「ありがとう」
冒険者ギルドへ行ったアンジェは、受付嬢から赤い封筒を受け取った。
封筒の中には、スコーピオ盗賊団のアジトの場所が書かれた紙が入っている。
(こんな気持ちで冒険者ギルドへ来るのは初めてね)
アンジェの胸中に渦巻くのは、スコーピオ盗賊団への激しい怒り。
でもそれは、夫と娘を失った女性の話を聞いて同情したからではない。
人を誘拐して金を得るという行為が、どうしても許せなかった。
それはアンジェの前世に深く関わっている。
アンジェの前世――風音の人生は悲惨なものだった。
五歳のときに両親から捨てられた風音は、道端でさまよっているところをとある犯罪組織に拾われた。
その組織は、身寄りのない子供を拾って奴隷として金持ちに売りつける、というビジネスを行っていた。
風音もその例に漏れず、どこぞの金持ちに奴隷として売り払われた。
そこからはもう、最悪だった。
ロクに食事を与えられず、殴る蹴るの暴力を受けるだけの毎日。
風音は日に日に衰弱していき、そしてとうとう命を落としてしまった。
それが風音という少女の物語。
いいことなんて一つもない、クソみたいな人生だった。
もちろん5歳の娘を捨てた両親のことは許せない。
でもそれ以上に、犯罪組織が許せなかった。
彼らがいなければ、風音が奴隷になることはなかった。
暴力を受ける毎日ではなく、別の幸せな道があったかもしれない。
だからアンジェは許さない。
子供をさらって奴隷にするような集団は、この世から消さなければならない。
王都の裏通りに建つ一軒家。
手紙に記載さている場所はここを示していた。
入り口には二人の男性が立っている。
彼らは見張りだろう。
入り口まで急速接近したアンジェは、見張りの一人の顔を殴って首をへし折った。
行動を始めてから殺すまで、その間わずかに一秒ほど。
あまりのスピードにもう一人の見張りは何が起こったのか理解できていなかったが、
「うわあああああ!!」
しばらくしてようやく状況を飲み込んだのか、大きな叫び声を上げた。
泣きながらアンジェを見て、ガタガタと震えている。
「黙りなさい。あんたも殺すわよ?」
アンジェが静かに告げると、絶叫は止んだ。
男はそれはもう必死になって、ブンブンと頷いた。
「この中にあなたのお仲間はいるかしら?」
「い、いない。行きつけの酒場に出かけている。そこに全員いるはずだ」
男は殺されたくなくて必死だ。
嘘はついていないだろう。
「そこの場所を教えて」
「あぁ、もちろんだ。なんだって教える……!」
教えてくれたのは、ここからそう離れていない場所だった。
(一か所に集まっていてくれて助かったわ。聞きたいことは……もうないわね)
「ありがとう。とても役に立ったわ」
「それじゃ俺のことを助けてくれるんだな!」
「は? そんなこと一言も言ってないけど」
「な、なんでだ!? 話が違う――」
裏返した拳を男の顔面に叩きつける。
男の顔は潰れ、破裂した。
「だから、助けるなんて一言も言ってないわよ」
アンジェはつまらなそうに鼻を鳴らしてから、盗賊団のいる酒場へ歩き始めた。