表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/35

【4話】訳アリな相談者


 翌日。


「ふわぁ~あ」


 礼拝堂を掃除しているアンジェは、大きなあくびをした。

 

 いつより帰ってくるのが遅かったせいで、まともに睡眠時間を確保できていない。

 強烈な睡魔に襲われている。

 

(誰もいないし少し寝ようかしら。ちょうどいいベッドもあるしね)

 

 整然と並んでいる木製の長椅子を見ながらそんなことを考えていると、入り口の扉が開いた。

 中に入って来たのは若い女性だった。

 

「すみません。ご相談したいことがあるのですがよろしいでしょうか」

「どうぞ。相談部屋までご案内いたします」


(……睡眠はお預けね)


 眠れなかったことを残念に思いつつ、女性を相談部屋へ案内した。



「どうぞ、おかけください」


 相談部屋のソファーへ女性を座らせる。

 アンジェもまたその対面にあるソファーに座り、向かい合う形になった。


 女性は顔立ちこそ整っているものの、どっと疲れている様子。

 頬がこけてやつれ、瞳には涙が溜まっていた。

 

 こういう人はたいてい、重い事情を抱えているもの。

 

 しかし相手がどんな事情を抱えていても、アンジェが差別することはない。

 親身になって話を聞いて、解決策を提示するだけだ。

 

(うーん……話を聞いて、テキトーに流してしまいましょう)

 

 しかし、今日は眠い。

 アンジェも人間だ。たまにはこういう日だってある。

 

「どうされましたか?」

「お願いですシスター。私に生き方を教えてください」


(うわー、いきなり面倒くさそうなこと言ってきたわね)


 開幕から面倒くささ全開だが、話を終わらせるにはまだ早すぎる。

 顔を引きつらせながらも、話してください、と口にした。

 

「夫と娘を失ってしまったんです」


 少しの間を開けてから、無理矢理押し出したような辛そうな声が聞こえてきた。


「もう一か月前になるでしょうか。夫は五歳の娘を連れて近所の空き地で遊んでいたんです。人気(ひとけ)の少ない場所で、当時は二人だけだったとか。そこに面識のない男がやってきて、いきなり夫を殴りつけてきたそうです。殴られた夫は意識を失って、その場に倒れてしまったらしくて……。そうして目を覚ますと、空き地には自分ひとりだけ。娘はいなくなっていたらしいのです」

「誘拐……ですか?」


 アンジェの言葉に、女性はゆっくりと頷く。


「私と夫はすぐに王国軍に相談しました。殴ってきた男の肩にサソリのタトゥーが入っているのを夫が覚えていたので、手がかりとしてそれも併せてお伝えました。ですが軍は、まともに捜査をしてくれなかった。結局娘は、失踪という形で処理されてしまったのです。到底納得できない私たちは次に、裏社会に精通している情報屋を頼ることにしたんです。多額のお金がかかりましたが、そこでようやく誘拐犯の正体を掴むことができました。……シスターさんは、スコーピオ盗賊団、という組織を聞いたことはありますか?」

「いいえ。ありません」

「見た目の良い子どもを誘拐して奴隷商に売りつけ、それで利益を得ているという犯罪組織――情報屋はそう言っていました。王国の上層部にコネがあるとかで、犯罪をしても見過ごされているらしいのです」

「なるほど。軍がまともに捜査しなかった理由はそれですか」

「はい。軍とグルな以上、自分で何とかするしかない――夫はそう思ったのでしょう。先日、一人でスコーピオ盗賊団のアジトに乗り込んでいきました。……そしてその三日後、川の河口で水死体となって発見されました。軍はこれを事故死と処理しました。酔っぱらった夫が川に転落して溺れ死んだのだと。……でも私には分かる。そんなのは絶対嘘です! 夫はヤツらに殺された!!」


 唇を噛んだ女性は、膝の上に乗せた拳を固く握りしめた。

 指の隙間から血がポタポタと落ちていく。


「私だって今すぐスコーピオ盗賊団のところへ乗り込みに行きたい気持ちはあるんです。でも私にはまだ、二歳の娘がいます。あの子を残して死ぬわけにはいかない……!」


 瞳からボロボロと大粒の涙が流れていく。

 

「でも、このやりようのない気持ちを抱えたまま生きていくなんて、私にはどうしてもできそうにありません……! これからどうすればいいのでしょう! どうか私に道を教えてください、シスター!」

「盗賊団のアジトの場所は分かるわよね?」


 しかしアンジェが口にしたのは道を示す言葉でもなければ、慰めの言葉でもない。

 ただの問いだった。


 女性は困惑しながらも、小さく頷いた。


「これを」


 赤い封筒を取り出したアンジェは、それを女性に手渡した。


「アジトの場所を書いた紙をこの封筒に入れて、王都にある冒険者ギルドの受付嬢に渡しなさい。そのとき、『ヴァイオレット宛』って言うのも忘れずにね」

「…………あの、これはいったい?」

「あなができる、唯一のことよ。失ってしまったものはどんなに祈っても願っても、決して戻ってくることはない。あなたにできることは二人の無念を晴らすことだけ。その封筒が唯一の方法よ。……これで話は終わり。失礼するわね」

 

 ソファーから腰を上げたアンジェは、困惑している女性を置き去りにして相談部屋を出ていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ