【21話】荒らされた教会
アンジェがエリーの教育係になってから一か月。
エリーはすっかりアンジェに懐いていた。
どこにでもくっついてくる。
仕事中はもちろん、寄宿舎の食堂で食事を摂るときもそうだ。
以前だったらうざったく思って、冷たい言葉を吐いて突き放していたかもしれない。
でも、今は違う。
瞳を輝かせてアンジェを慕うエリーは、リラにそっくりだった。
だからうざったく思うどころか、愛らしいと感じている。
あんなにもつまらなかったシスターの仕事も、最近では楽しい。
きっとそれは、エリーがいるおかげだ。
「まずは掃除からやりましょう。エリーは礼拝堂をお願い。私は奥の部屋をやるわ」
「かしこまりましたお姉様!」
朝の礼拝堂にエリーの元気な声が響いた。
彼女は今日も元気いっぱいだ。
その姿を見ているだけで元気を貰える。
アンジェは微笑みを浮かべながら、礼拝堂の奥の部屋へ向かった。
ガシャン!
奥の部屋を掃除していたアンジェの耳に、ガラスが割れたような音が聞こえてきた。
礼拝堂の方からだ。
そこでは今、エリーが掃除をしているはずだ。
「エリーったら……ついにやっちゃったのね」
エリーが教会のものを壊したのはこれが初めて。
きっと真面目な彼女のことだ。
顔を真っ青にしながら、あたふたしているに違いない。
「ここは教育係として、ちゃんと指導してあげないと!」
教育係としての使命に燃える。
悪いことをしたら、どうするかをきちんと教えてあげなければいけない。
「うまいごまかし方をね!」
要は、バレなければいいのだ。
アンジェはこれまでにいくつもの物を破壊してエルマに叱られてきているが、バレていないものもある。
ちょっとしたコツがあった。
エリーにもその技を伝授するときがきたようだ。
アンジェは得意な顔で礼拝堂へ出ていく。
困っているエリーを想像しながら。
「エリー、大丈夫――は?」
礼拝堂に出たアンジェは固まる。
そこで見た光景は、思い浮かべていたものとはまったく違った。
「ヒャッハー!」
「全部ぶっ壊してやるぜ!」
割れた窓ガラス。壊れた長椅子。
武器を持った数人のチンピラが、下品な笑い声を上げながら教会を壊していた。
「お嬢ちゃんとってもかわいいな。痛い目見たくなかったら俺と遊ぼうよ?」
そのうちの一人――茶髪の男は、エリーに手を出そうとしていた。
エリーは涙を浮かべながら、ガクガクと震えている。
恐怖のあまり、声も出ていない。
「クソ野郎! その子に触るな!」
かわいい後輩が襲われている。
それに黙っていられるアンジェではなかった。
一瞬にしてエリーのところまで駆け付けたアンジェは、茶髪の男に回し蹴りを放った。
茶髪の男はアンジェの動きにまったく対応できていない。
回し蹴りは直撃。
吹き飛ばされた茶髪の男は側面の壁に激突した。
「……ぜんぜん動きが見えなかった。なんだよ今の……」
「アイツはヤバい! 殺さるぞ!」
「もう十分だろ! 殺される前にズラかろうぜ!」
他のチンピラたちは、アンジェの動きを見て戦慄。
茶髪の男を置き去りして、脇目も振らず逃げ出していった。
アンジェはそれらに目もくれず、壁に激突した茶髪の男のところへ向かった。
茶髪の男の胸ぐらを右腕でつかんで、ぶっきらぼうに壁に押し付ける。
「誰の差し金?」
「ハッ……答えるかよ!」
「あっそ」
ニヤリと笑っている茶髪の男の右の親指を、アンジェは左手でグッと握った。
「お、おい! なにする気だ!」
「こうするのよ」
握った親指をゆっくり逆側へ曲げていく。
「やめろ!!」
声を荒げるが、それには耳を貸さない。
そしてついには、
グキッ!
へし折れた。
「うあああああ!!」
「両手両足の骨をこれから三十秒ごとに一本ずつ折っていくわ。いま一本折ったから、残りは十九本ね。さて、あなたは何本目で答えてくれるのかしら?」
折った親指から手を離したアンジェは、隣の人さし指を握る。
痛みに顔を歪めている茶髪の男は、ぶんぶんと首を横に振った。
「やめろ! しゃれにならないくらい痛いんだぞっ!」
「それならとっとと話しなさいよ」
「わかった! 全部話すから!」
茶髪の男が泣き叫ぶ。
横に振っていた首を、今度は縦に振った。
「最初からそうしろっての」
舌打ちをしたアンジェは、人さし指から手を離した。
「仲間たちとのたまり場に、見たこともない屈強な男がいきなりやってきたんだ。そいつは俺たちに、金をやるからこの教会を荒らしてこい、って頼んできたのさ。なんだか怪しい臭いがしたけど、とんでもねぇ大金だったからな。俺たちは話を受けることにした」
(あのクソハゲ……!)
そんなことをするやつは、一人だけしか考えられない。
エクレシアの副統括、ロノバ・オッベルだ。
奉納金を払わない報復として、ジュペット教会を襲うように指示したのだろう。
このチンピラどもに話を持ち掛けたのはおそらく、ロノバの息がかかった人間だ。
「これで全部だ! 早く手を離してくれ!」
「……おっと。これは失礼。すっかり忘れてたわ」
アンジェは胸倉を掴んでいた右手を離したが、すかさず髪を掴む。
驚いている顔面を、おもいっきり床に叩きつけた。
こいつはエリーを襲うとした。
情報を吐いただけで許されると思ったら大間違いだ。
「エリー!」
聞きたいことを聞けたアンジェは、エリーのもとへ駆け寄った。
「大丈夫? 怪我はない?」
「どこにもありません。お姉様がすぐ駆けつけてくれましたから!」
瞳をトロンとさせたエリーは、お姉様かっこよすぎ……! 、と呟いた。
本当に怪我はないようだ。
「なんかすごい音がしたけど――ってなによこれ!?」
礼拝堂に入ってきたカルメンが、惨状を目にして驚きの声を上げた。
アンジェを睨みつける。
「アンジェ! あんた何したのよ!」
「私じゃないわ。決めつけないでくれる?」
「あんた以外誰がいんのよ!」
「あいつ」
壁の下に倒れているチンピラをアンジェは顎でさした。
「チンピラが数人入ってきて荒らしやがったのよ。であいつが、そのうちの一人」
「エルマ様の教会になんてことを……! 絶対許さない!」
カルメンは拳を強く握りしめた。
顔が怒りに歪んでいく。
「そうだカルメン。あのチンピラだけどね、まだ生きているのよ。あんたにあげるわ」
エルマに身柄を引き渡そうと思っていたので、チンピラはまだ生かしてある。
でも、カルメンにあげた方が面白そうだ。
「ありがとう。アンジェもたまには、いいことするじゃない。……さて、どうやってお仕置きしてあげましょうか」
カルメンは口元に、歪んだ笑みを浮かべた。
(ついに本性を現したわね)
カルメンは普段淑女の皮を被っているが、その中身は狂犬だ。
信奉しているエルマのことになると暴走し、見境なく暴れて手が付けられない。
あの茶髪の男は、カルメンの怒りを買った。
これから悲惨な目に遭うことは間違いないだろう。




