【15話】最高の敵
仮面に隠れた口角を上げたアンジェは地面を蹴った。
土がめくりあがるとともに、キングオーガの足元へ一瞬にして飛んでいく。
「オッ!?」
アンジェの動きに、キングオーガが驚きの表情を浮かべた。
アンジェのスピードは驚異的。
アレンやバークとは比べ物にならなかった。
「まずは肉弾戦からよ!」
せっかくの強敵だ。
こんな機会はめったにない。
魔法を使えばすぐ殺せるだろうが、それではつまらない。
楽しまなきゃ損だ。
踏み込んだアンジェが、巨木の幹のようなキングオーガの脚部を殴りつける。
オーガくらいのモンスターの首であれば一撃で吹き飛ばすくらいの破壊力を持っていた。
先ほど踏み潰れて死んだ銀鏡の牙の武闘家――バークの拳よりも、ずっと高い威力を持っている。
しかし、キングオーガはとてつもなく硬かった。
強靭な肉体にはダメージを与えられず、弾かれてしまう。
「アハハ! やるわね!」
しかしアンジェは焦りもしない。
むしろ笑っている。
今の殴打は全力ではなかった。
あれは小手調べ。キングオーガがどれくらいのモンスターなのかを知りたかった。
「次はこれくらいでどう!」
先ほどよりも力をこめて、同じ箇所を殴りつける。
今度はアークオーガの体を貫通するくらいの強さをこめてみた。
「オオオ!!」
キングオーガが痛ましい叫び声を上げる。
今度は弾かれなかった。
確かな手ごたえがあった。
それでも貫通はできない。さすがの防御力だ。
やはりアークオーガみたいなザコとは格が違っていた。
「ズオオオオオ!!」
空気を震撼させるほどの咆哮を上げたキングオーガ。
目つきが鋭く吊り上がる。アンジェのことを本気で殺さないといけない敵として認識したみたいだ。
「かかってきなさい」
「オオオ!」
キングオーガが八本の腕の拳を強く握ると、アンジェめがけておもいっきり振り下ろしてきた。
一本一本が異なる動きをしながら、個別にアンジェを狙ってくる。
「いいわ! あなた最高よ!」
これまで戦ってきたモンスターは、アンジェの攻撃を受けると死ぬかビビって逃げ出そうとするかの二択だった。
しかしキングオーガは反撃してきた。
こんな相手は初めてだ。
弾丸のように次々と振り下ろされる腕を、笑い声を上げながら避けていく。
キングオーガの攻撃は、破壊力と素早さを兼ね備えている。
銀鏡の牙がまっく歯が立たないで全滅したのも、これなら納得だ。
しかしアンジェは、キングオーガの上をいっている。
恐ろしい攻撃を完璧に見切り、余裕を持って避けている。直撃どころか、かすりすらしていない。
「……オオ」
次第にキングオーガの表情が困惑に染まっていく。
自慢の攻撃が当たらないことが、不思議でしょうがないみたいだ。
「そろそろいいかな」
避けるのにももう飽きてきた。
次のフェイズへ移行する。
降り下ろされる腕をただ避けるのではなく、腕で掴む。
そしておもいっきり引っ張った。
強力な力で引っ張られた腕は細長く伸びていき、そして、限界を超える。
付け根からちぎれた。
「オオオオオッッ!!」
キングオーガが絶叫を上げた。
腕を失った痛みに耐えられなかったのか痛ましい。
それでも攻撃の手を止めなかった。
残る七本の腕を振り下ろしてくる。
アンジェはそれらをすべてを引っ張り、付け根から引きちぎっていく。
キングオーガは攻撃をするごとにその腕の本数が五本、三本と減っていく。
ついには、すべての腕を失った。
「オオ……オオオオオッ!」
今にも泣き出しそうな情けない声を上げたキングオーガは、アンジェに背中を向けた。
銀鏡の牙のリーダー、アレンと同じだ。
敵わないと知って、逃げ出そうとしている。
「待ちなさい。【ウィンドエッジ】」
アンジェから放たれた風の刃は、キングオーガの両足をスパッと切断。
逃げる両足を失ったキングオーガは転倒し、地面にうつ伏せなった。
アンジェはそこへゆっくりと近づいていく。
大きな背中の上に飛び乗ったアンジェは、馬乗りとなった。
「あなたって、どれくらい殴ったら死ぬのかしら」
仮面の内側で小悪魔のような笑みを浮かべる。
小さな悲鳴が上がった。
それは、キングオーガのものだった。
「いくわよ」
キングオーガの後頭部へ、振り上げた拳を叩きつける。。
叫び声と血しぶきが飛び散る中、笑いながら何度も拳を振り下ろす。
「あぁ……素敵です!」
一般的に見ればこれは虐殺。
おぞましいとも思えるような光景だ。
しかしリラは、それを恐れることはない。
うっとりとした表情を浮かべていた。
その姿はまさしく、恋する乙女。
笑いながらモンスターを殴りつけている彼女は、この世のどんなものよりも恐ろしく美しい。
また一つ、好きになってしまった。