【12話】レアな依頼
リラとパーティーを組んでから、一週間ほどが経ったある日の昼過ぎ。
冒険者ギルトへ入るなりアンジェは足を止めた。
いつもであればカウンターへ一直線なのだが、今日はそうしない。
ギルドの雰囲気が妙だったからだ。
「やけに盛り上がっているわね」
ギルドはいつも盛況なのだが、今日はいつにもまして冒険者たちが騒いでいる。
ここまでの盛り上がっているのは、めったにない。
「ヴァイオレット様!」
奥の方からリラが笑顔で駈け寄ってきた。
アンジェより先に、ギルドにいたみたいだ。
(リラならなにか知っているかも)
「いつもより騒がしいけど、なにかあったの?」
「キングオーガの討伐依頼が出たんです!」
「なるほどね」
キングオーガというのは、オーガの最上位種にあたるモンスター。
アークオーガよりもずっと強力で、一国の戦力と同等の力を持つSSランク冒険者に匹敵するとさえいわれている。
こういうとんでもなく強力なモンスターの討伐依頼というのは、めったに出回ることはない。
そんなレアものの依頼が出回ったことで、物珍しさにお祭り騒ぎになっているのだろう。
(キングオーガか……戦ってみたいわね)
アンジェはまだ、キングオーガと戦ったことがなかった。
どれくらい強いモンスターなのか、興味がある。
キングオーガの依頼書はクエストボードの中心に、目立つようして貼ってあった。
冒険者たちはそこへ注目こそしているが、誰も手に取ろうとしていない。
自分たちの実力ではキングオーガを討てない。挑んでも殺されるだけ。
そう分かっているからこそ、騒ぐだけで依頼を受けようとはしない。
でもアンジェは違う。
ザコ冒険者たちと違って実力がある。
怖気づいたりはしない。
(私にこそふさわしい依頼だわ)
クエストボードに向かったアンジェがキングオーガの依頼書に手を伸ばそうとした、そのとき。
「あっ……」
横から伸びてきた手に先を越されてしまう。
キングオーガの依頼書を取ったのは、金髪の青年だ。
鉄製の胸当てをつけていて、腰には剣を携えている。
「あなたも依頼を受けようとしていたんですね……あはは」
青年は苦笑いを浮かべた。
(こいつは確か……『銀鏡の牙』のリーダー、アレンね)
青年の名前はアレン。
卓越した剣の腕を持っているSランク冒険者で、冒険者パーティー『銀鏡の牙』のリーダーをしている。
アレンは冒険者たちの間で、かなりの知名度がある。
基本的には他人に興味のない、情報に疎いアンジェでも知っているくらいだ。
「銀鏡の牙だぜ!」
「あいつらならキングオーガにも勝てるな!」
アレンが依頼書を取ったことで、冒険者たちは大盛り上がりした。
銀鏡の牙は全員が20歳のSランク冒険者で構成された、男二人女二人の四人パーティー。
強力なモンスターを次々と倒していて、今もっとも勢いがあるパーティーといわれている。
冒険者たちの間でも、銀鏡の牙の人気は高い。
中でも人気なのは、リーダーのアレンだ。
端正な顔立ちと高い剣の腕前から、多くの人気を集めている。
アレンの側には、若い男女が三人立っている。
彼らが銀鏡の牙のパーティーメンバーだろう。
「先に取ってしまってすみません」
「別に謝らなくてもいいわよ」
バツが悪そうに謝ってきたアレンに、アンジェは顔を背ける。
「これは早い者勝ち。恨みっこなしだわ」
「……あの、もし良ければ一緒にこの依頼を受けませんか?」
「お断りよ。私は誰ともつるむつもりはないの」
「まぁまぁ、そう言わないでくださいよ」
アレンが爽やかな笑顔を浮かべた。
しかしなんだか、うさんくささを感じる。
「こうしましょう。あなたたちは僕たちについてきて、後ろから戦いを見てくれるだけでいい。それで報酬金の三割をお渡します」
「は!? なに言ってたんだよお前!」
アレンに異議を唱えたのは、銀鏡の牙パーティーメンバーの茶髪の青年だ。
動きやすそうな服装から出ている手足は丸太のように太く、がっしりとした筋肉がついていた。
「よく聞くんだバーク。これはチャンスだ」
「……チャンスだと?」
「SSランク冒険者に俺たちの力を見せつけて、名前を売るのさ。ブラッディマスクが認めたなら、僕たちの名声はもっと上がるぞ。……よく考えるんだ。こんなチャンスは滅多にないぞ」
「…………そうだな。お前の言う通りだ、アレン」
「ありがとうバーク。レティとシアンも、それでいいかな?」
銀鏡の牙の女性メンバー二人に、アレンが声をかける。
赤髪の女性と、青髪の女性だ。
二人ともまったく同じ黒いローブを着ている。
同じなのは服装だけではない。顔立ちもそっくりだ。
双子だろうか。
「私は従うわ。シアンは?」
赤髪の魔法使い――レティの言葉に、青髪の魔法使い――シアンは、「お姉様に従います」と微笑んだ。
「僕たちの意向は固まりました。それでは返事を聞かせていただきますか? ブラッディマスクさん」
「……いいわ。その話、乗ってあげる」
誰かとつるむのは面倒だが、キングオーガを間近で見られる機会を逃したくない。
それに、お金も貰える。
(そっちはどうでもいいんだけど……私にはね)
でも、リラにとっては違う。
リラは現在、冒険者ギルドに近い宿で暮らしている。
しかし生活にあまり余裕はなく、毎日カツカツみたいだ。
アンジェには不要なものでも、彼女とっては必要だろう。
「ただし一つ条件があるわ」
「なんでしょう?」
「あなたたち四人が全滅した場合は、私が依頼を引き継ぐ――これが条件よ」
「構いませんよ。……そんなことにはなりませんけどね」
アレンは笑みを浮かべる。
その表情はハッタリでも誇張でもない。
確かな自信に裏付けられていた。