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猫のいる交番  作者: アラスカのイクラ
1/1

木天蓼交番のテツ

卒で警察学校の厳しい半年間を過ごし、ついにやって来た配属先の発表。新米警官、最上(もがみ)は、渡された辞令を凝視していた。


「なんて読むんだ? この交番…」


辞令には「木天蓼交番」と印字されている。怪訝な顔をしている最上に気づき、同期の男が辞令を除き込んできた。


「あぁ、マタタビって読むんだよ。それ。」

「へぇ、お前よく知ってるな。漢字詳しいのか?」


感心する最上に、同期はちがうちがう、と顔の前で手を振りながら答えた。


「確か、全国的にも圧倒的な検挙率を誇る交番で有名だったよ。 なんでもそこの巡査部長がすごいやり手の警察官らしい。」

「全然知らなかった…」

「おいおい…。でもまぁ、羨ましいよ。そんなすごい先輩と仕事できるなんてさ。」

「確かにそうだな。どんな人なんだろう。」

「きっとめちゃくちゃ渋くてガタイのいい人じゃないか? 昔の刑事ドラマに出てくる頑固一徹! って感じの警察官だったりして!」

「それは…部下にも厳しそうだな。」


思わず身構えてしまった。それでも最上は、自身の成長のために、と身を引き締め、配属の日を待つのであった。








秋の深まる街を、真新しい制服に身を包み、最上は地面を踏み締めるように歩く。いよいよ今日から交番勤務の始まりだ。

紅葉した落ち葉を踏みながら歩いていくうちに、こじんまりとした交番が見えてきた。木製の縦書き看板には「木天蓼交番」と書かれている。

中に入る前に、緊張した気持ちを押さえようと一つ深呼吸をする。


「おはようございます!」


最初の挨拶が肝心!と、元気よく声を出し中に入る。


「今日からマタタビ交番に配属になりました!最上と申します! よろしくお願いしますッ!」


ピンと背筋を張り、敬礼する。指先が無意識に震えてしまうが、受付にいる婦警が気づいて、立ち上がり話しかけてくれま。


「あ、今日から配属の最上君だね。よろしく! 私は巡査の木曽(きそ) (つかさ)だよ!」


すらっと長身の美人で、黒色の髪をポニーテールにしている。気さくそうな人だ。


「よろしくお願いしますッ!」

「はは、元気だねー。 巡査部長は今奥にいるから呼んでくるよ。」

「は、はいッ!」


木曽は奥へ入って行った。


「テツさーん!新人さん来ましたよーッ!」


木曽の元気な声が響く。


「おう、今行くよ。」


続いて、低くて渋い男の声。めちゃくちゃ怖そう…と最上は生唾をごくりと飲み込んだ。

奥から黒い影が出て来た。


「いやー、すまんすまん、休憩中でよ。」

「あ、よろしくお願いしま…」


う!?と最上は固まる。

出て来たのは渋くてガタイのいいおっさんではなかった。

というより、人ではなかった。


160cmくらいの黒白のはちわれ猫が、制服に身を包み、2本足で立っていた。ピンとヒゲを生やし、黄緑色の大きな目に、大きな耳、ピンクの鼻。少し笑みを浮かべたような口元。


「マスコットの着ぐるみ…ですか?」


うちの署のマスコットって、猫だったっけ?と混乱した頭をフル回転させて、最上は声を絞り出した。

途端に猫の口が大きく開き、真っ赤な舌と鋭い牙が露出され、口の奥から大きな笑い声が飛び出してきた。


「わっはっはっは!!」

「ひいぃぃぃっ!!!!!」

「驚かせてすまないな!マスコットじゃない、俺は正真正銘の猫だよ!」


思わず最上は尻もちをついた。ガタガタと震えて猫を見上げる。猫はニヤニヤと笑いながら最上にピンクの肉球のついた、白い毛で覆われた手を差し出した。


「マタタビ交番、巡査部長の猫間(ねこま) (てつ)だ。 よろしくな!」









「ありえないありえないありえない…」

「3回も言うほどありえないかい?そろそろ雑務の引き継ぎしたいんだけど。」


木曽が面倒そうに声をかける。最上は机に座り頭を抱えていた。


「だってネコですよ!?ありえないなんて100回言っても足りないくらいですよッ! なんで採用されたんですか!?ば、バケモンじゃないですかッ!」

「ちょっと!いくら驚いたからってテツさんに失礼よ!そんなに気になるなら、先にテツさんと腹を割って話してきなさい!」


プリプリ怒りながら司に背中を押され、最上はよろめいた。


「おう、新人。 パトロールでも行くか!俺が運転してやるからさ!」

「は、はい…。」


テツに促され、最上はパトカーの助手席に乗り込んだ。

テツはキーを差し込んで、エンジンをかける。ヴォン、と音を立てた。


「よーし、出発だ! 道は早く覚えるんだぞ!」

「はい…普通に運転できるんですね…」

「おう、免許は人間だった時に取ったからな!」

「人間だった時…?」


テツはパトロールをしながら、自分が猫になった経緯を話してくれた。

若い頃から堅物で厳しかったテツは、だんだん周りから避けられるようになってしまったこと。

そんな時、家族のいないテツの唯一の支えだった飼い猫が16歳で死んでしまったこと。

ペットロスも相まって、休職してしまったテツに、国が秘密裏に開発していた動物と人間の融合実験の募集が極秘で打診があったこと。

愛する猫との融合を条件に引き受けたところ、実験は成功し、猫警官に生まれ変わったこと…。


「それからというもの俺は、猫の身体能力と人間の知性を生かして警察の仕事を全うすると決めたんだ。 性格はあまり変わっていないつもりなんだが、この見た目だと厳しくしても皆怖がらずに慕ってくれるようになったのさ!」

「どこまで信じていいんだろうか…!?」


鼻息荒く語るテツを横目に、最上は更に頭を抱えた。


「あの、部長。」

「テツさんって呼べよ。そのほうがなんかかっこいいだろ。刑事ドラマみたいで。」

「猫の時点でかっこいいよりかわいいと思いますが…」

「かっ、かわいいだと!?馬鹿野郎、上司をからかうんじゃねぇ!」


テツは大きな耳を伏せて照れ始めた。


「は、はぁ、すみません。」

「それで?何を聞きたいんだ?」

「いえ、人間に戻れるのかなって…」

「戻れないな。それは実験を受ける時に最初に説明された。」

「人間に戻りたいって思うことはないんですか?」

「まぁ、全身シャンプーしなきゃならない時は人間だった時が恋しくなるな。でもそれくらいだぞ。警察には猫の能力がすごく役に立つからな!」

「猫の能力?」


その時、無線が鳴り始めた。


「マタタビ二丁目の銀行前でひったくりが発生!付近の警官は急行せよ!」

「了解!」


テツは無線に応答すると、サイレンを鳴らし始めた。鋭く眼光を光らせ、ハンドルを切る。


「さぁ、初仕事だぜ!新人!」









現場に到着したテツと最上は、先に駆けつけていた警官に詳細を聞いた。犯人はシルバーのスクーターに乗り、黒いヘルメットに黒いジャンパーを着用。銀行から出て来た老婦人のバックをひったくり西方面に逃亡、中には現金20万円が入っていたという。


「テツさん、これだけの情報で追えるかい?」

「ん〜、ちょいと待ってな。」


テツは放心状態の被害者に声をかける。


「ありゃ、和菓子屋のおばあちゃんじゃないか!」

「あら、テッちゃん!」


(市民にもあの風貌で受け入れられているのか…)


仲良く話し始めた2人を見て、最上は呆れていた。」


「ちょいと失礼、カバンの匂いを追うからおばあちゃんを嗅がせてくれよ。」

「あぁ、頼むよ。」


(普通に嗅ぐんかい!)


老婦人の服をくんくん嗅ぐテツに引いていた最上だったが、テツが振り返って声をかけてきた。


「おーい新人! ここからはお前がパトカー運転しな!窓を全開でな!出発だ!」

「は、はい!」


最上は急いでパトカーの運転席に乗り込む。テツも素早く助手席に乗り込むと、外の空気をすん、と嗅いだ。


「よし、西方面にこの通りを飛ばせ!相手はスクーターだからすぐに追いつけるぞ!」


最上はサイレンを鳴らして、威勢よく走り出した。赤信号も構わず走り抜き、西へと向かう。


「スクーターの音が近くなってきたな…犯人か?」

「何も聞こえないですが…もしかしてそれが猫の能力ですか!?」

「まぁな……。おっ!見えて来たぞ!」


一台のスクーターが前方に見えて来た。黒いヘルメットに、黒いジャンパーだ。


「犯人でしょうか!?」

「あぁ、おばあちゃんと同じ匂いがする、間違いない!」


テツは拡声器の電源を入れ、喋り始めた。


『そこのスクーター、止まりなさい!』

「ちっ!なんでこんなに早くバレたんだ!?」


犯人は舌打ちすると、細い道を左折した。


「あっ! あんな狭い道に!」

「そこで停まってろ!俺が行く!」


テツは助手席から飛び出すと、猫のような走り方で猛スピードで走り始めた。

狭い道にもたつくスクーターにあっという間に追いついた。


「うわぁぁっ!なんだこのデカ猫!?」

「貴様ッ!覚悟しろよ!」


テツは爪をにょきっと出すと、犯人に飛びかかった。たまらず犯人はスクーターから転げ落ちたが、テツは爪の出た手を犯人のジャンパーに突き刺す。


「いでででッ!!??」

「ひったくりの現行犯で逮捕する!」


犯人の手首に、カシャンと手錠がかけられた。









「いや〜今回もお手柄だったね、テツさん!」


犯人を連行する警官がにこやかにテツに話しかける。


「今回はうちの新人が頑張ってくれたのさ! 期待の新人だな!」

「えっ? 自分は何も…」

「何言ってんだよ! パトカーでしっかり犯人追い詰めたじゃねぇか!自信を持ちな!」


テツはニヤニヤしながら最上の背中をバシっと叩いた。最上はよろけながらも、なんだか照れ臭い、誇らしいような気持ちに包まれた。

犯人はパトカーに乗せられ、連行されていった。


「じゃ、交番に帰るとするか。」

「あの、テツさん!」

「ん?」


黄緑の目をぱちくりさせながら、テツが振り向く。


「交番では失礼なことを言って、申し訳ありませんでした! 自分は、テツさんの役に立てるよう全力で頑張ります!」


最上は深々と頭を下げた。

テツはニヤリと笑うと、手をひらりと上げてこう言った。


「気にすんな! これからも期待してるぞ、新人!」

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