表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

デートの約束

いよいよ時間が動き出します。

倉崎くんはどうなってしまうのでしょうか。

 僕は倉崎悠介(くらさきゆうすけ)

 どこにでもいる平凡な中学二年生の男子だ。

 身長はそこそこ、運動は得意じゃない。

 勉強は出来る方だと思うけど、だからといってクラスで特に目立つことほどでもなく。

 好きなものはアニメやラノベ。オタク友だちと学校でおしゃべりするのが楽しい。

 通学の時に気になっている女の子がいる。

 そんな。

 ごくごく平凡な。

 中学二年生の。

 男子、だった。


 あれは梅雨時だと言うのに全く雨が降らない異常な日々が続いたある日。

 僕はクラスの女子と体が入れ替わってしまって、平凡な日々が非日常に飲み込まれてしまった。

 慣れない女の子の身体生活。

 彼女の友人や家族との触れ合い。

 初めての体験をたくさんして、そして。

 どうにか僕は元の体に、元の生活に戻ることが出来た。


 だから僕の日々はまた日常に埋もれていくはずだったのに……。






 強い雨が窓を打つ音がカーテン越しにも伝わってくる。

 サッカー選手のポスターが貼られた素っ気ない部屋にはスマホを持って呆然と立ち尽くす僕と心配そうに僕を見つめるもう一人。

 肌をほんのりと赤らめた、肩まである髪を濡らしたパジャマ姿の少女。

 同じクラスの上浜(うえはま)みりあさんだ。

 壁にかけてある時計が指し示す時刻はすでに今が夜であることを表していて、本来なら家族でもない年頃の男女が一つ部屋の中一緒にいていい時間ではない。

 だけど上浜さんは何の気負いもないかのように僕に近付いて、スマホを僕と自分の耳の間に持ってくる。

 上浜さんの身体が密着してきてその身体の柔らかさを伝えてくる。湯上がりの火照った顔とシャンプーの良い匂いでドキマギしてしまう。


「圭織。この入れ替わりはまた圭織がやったんでしょ? それなら倉崎くんに落ち度なんてないじゃん」


 上浜さんはそう言って電話の相手ーー四枝圭織(よつえだかおり)に端的に真実を告げる。

 そう。

 こんな時間に男女がいても問題ない理由はしごく単純な理由で、僕が四枝さんの能力(ちから)によって『また』四枝圭織の身体に入ってしまっただけ。

 上浜さんは四枝さんの家に泊まる予定だったそうで。


 四枝さんの能力、とはいうものの、本来彼女に使いこなせる能力じゃなかった。

 それが証拠に今週入れ替わった際は、彼女もいつの間にか入れ替わってしまった自分たちを元に戻す術を知らなかった。

 彼女のおばあさんの言葉を頼りに昨日、ようやく入れ替わりから解放されたばかり、なのだ。

 だというのに、彼女はこともあろうにその翌日、しかも上浜さんとお風呂に入ってる最中に『また入れ替わりたいな〜』などと暢気なことを考え、結果また入れ替わってしまったのだ。


 そんなことをしでかした四枝さんがよりにもよって『みりあのはだかを見るなんて許さない!』なんてのたまうものだから、僕も上浜さんも彼女に対して怒っているのだ。


 ……いや、入れ替わりの際いいものは見せていただきました。それは素直に感謝します。

 お風呂で見えてしまった上浜さんのなめらかでなだらかなお胸はまだ発育途上の可愛らしいものだった。

 だけど決して上浜さんのちいさなおむねについて言及してはいけない。言及すれば痛い目を見ることになる。これは僕が実際に経験したから言えることだ。


 前回、入れ替わった僕と四枝さんはお互いトイレやお風呂事情があるから仕方ないと、お互いの身体を好きにしてもよいと約束し(誓って言うけどこの約束を申し入れてきたのは四枝さんだ)、僕は四枝さんの身体を思う存分堪能することが出来た。女体のつくりについて男性ではなしえない、主観的に理解したといってもいい。

 歳不相応な発育をしている四枝さんの胸や肢体は男なら誰でもチラ見してしまうだろう。

 これも実際四枝さんの身体で通学中、男たちにいやらしい視線を送られた僕が体験していることなので間違いない。


 だけど今回四枝さんの思いつきに巻き込まれて僕にはだかを見られた上浜さんはたまったものではないはずだ。


『もう少しサッカーしてみたかったんだよ』


 自分勝手とも言える四枝さんの言葉。

 だけど僕も上浜さんも黙ってしまう。

 ここは彼女の部屋。

 子どもの頃から体を動かすのが大好きで、特にサッカーが大好きだった彼女。

 だけど第二次性徴が始まって胸がどんどん膨らんで身体も女性らしくなり、サッカーを続けるのが難しくなってしまい諦めてしまった。

 そんな部屋に飾られたサッカー選手のポスター。そしてベッドに転がっているサッカーボール型のクッション。

 彼女の心情を知っているからこそ、僕たちは黙ってしまった。


『……明日どこかで会って元に戻ろうか?』


 大人しくなった四枝さんの言葉がスマホから漏れる。

 正直それは助かる。来週からは普通に生活を送りたい。


「それがいいね。サッカーしたい気持ちは分かるけど倉崎くんの事情も考えないと」


「上浜さんありがとう。どこで入れ替わるかは……またあとで連絡するよ」


『うん』


 そう言って僕はスマホを上浜さんに預けて身体を離す。これ以上はダメ。

 それからもしばらく四枝さんと話を続ける上浜さんを僕は何とはなしにベッドに腰掛けて見ていたが、ふいにめまいに襲われて僕はベッドに倒れ込んでしまった。


「倉崎くん!?」


 上浜さんはそう言って僕のそばに駆け寄ってくる。

 大きく息をはきながら僕はこの不調について思い出していた。

 今まで興奮してて気持ち悪さや痛みを忘れていた。

 そう、この四枝さんの身体は……絶賛『あの日』中だったことを。


「倉崎くん、大丈夫?」


 すぐに四枝さんとの電話を切った上浜さんは僕を労うようにシーツを被せお腹を撫でてくれる。


「ほぼ一日この痛みなかったから効くね……」


 元の体に戻ったのは昨日の夜。そしてまた入れ替わったのはついさっき。

 緩やかに痛み緩やかに回復していけばまだ心構えができているものを、重い生理の女の子の身体から生理知らずの男の体へ、そして丸一日空いて痛みを忘れたところにまたこの痛みは本当に効く。


「でもそっかあ。男の子は生理ないんだもんね。いいよね、それ」


 やっぱり上浜さんも生理がないのは羨ましいようだ。

 確かに子どもが欲しい女性や健康のバロメーターとしての役割以外、生理をありがたがる女性というのは考えにくい。

 女性は早く生理のない身体に進化したらいいのに。


「入るわね」


 そう言いながら部屋のドアが開いて四枝さんのお姉さんーー依織(いおり)さんがマットを持って部屋に入ってきた。

 依織さんも僕と四枝さんの入れ替わりを知る人の一人だ。

 僕と四枝さんと依織さんと上浜さん。この四人だけが入れ替わりがあったことを知っている。


「ありがとうございますお姉さん」


 そう言って上浜さんが振り向いて立ち上がる。


「ありゃ圭織具合悪いの? 男子の体に入ってるうちに弱くなった?」


「すみません、また入れ替わりまして……悠介です」


 勘違いをしているらしい依織さんに僕は真実を告げる。

 僕の言葉を聞いたとたん、手に持っていたマットを上浜さんに手渡すことなくカーペットに落とし、目が三角にし怒りの表情を浮かべる依織さん。こわっ!?


「あいつったら……!! まだ男に未練あったの!?」


「もっとサッカーしたかったみたい」


「女子サッカーしなさいっての!! 他の女の子はそんな選択肢ないんだから!!」


 ぷりぷりと怒る依織さんをどうどうとなだめる僕たち。


「というか悠介くん。君こそこんな勝手に入れ替わられていいの?」


 依織さんからそんな質問がぶつけられる。身体をびくん!と震わせる上浜さん。だけど僕はそのことに気付くことなく少し考え


「正直言うと呆れましたけど、元に戻る方法分かってますし戻れるならまあいいかと」


「圭織は圭織でワガママだけど、君も君で自分がないわねえ」


「ゆっ()()くんは優しいんですっ」


「ふぅん……?」


 何故かどもりながらも僕のフォローをしてくれる上浜さん。

 まあ優しいのは優しいのかな。でも明日元に戻る予定だし。戻ったらちゃんと四枝さんには言い聞かせておかないと。

 依織さんは上浜さんの姿を興味深げににまにまとじっくり眺めたあと、


「ま、悠介くんがいいならいいけど。圭織をあんまり調子に乗らせないでね」


 そう言って部屋を出て行った。


「……」


「……」


 ベッドに横たわる僕に対して背中を見せたまま黙る上浜さん。

 僕はそんな上浜さんの姿を照明越しに見るともなく眺めていた。


「さ、さて寝る準備しよっかな!」


 でもそんな沈黙も長くは続かず。すぐに上浜さんはいつも通りの優しい愛嬌のある笑みを浮かべ、振り返りながらそう言った。






 照明を落として暗くなった部屋。

 僕は男だからマットで寝るよと言ったんだけど、上浜さんは『今は圭織の身体、しかも生理中でしょ!』と譲らず。

 結局僕はしっかりとナプキンをして四枝さんのベッドに、上浜さんは依織さんが持ってきたマットに寝転んでいた。

 雨は弱くなるどころかその勢いを強めている。

 そんな雨の音とエアコンが心地良い風を送る音だけが響く部屋。

 女の子と、しかもクラスメイトと一緒の部屋で寝るなんて、従姉妹以外では初めてだ。

 身体の痛みから気を紛らわせようとすると上浜さんの気配を感じてしまう。僕は出来るだけ感覚を遮断して心の中で念仏を唱えていた。

 声を発したのは上浜さんだった。しっかりと意思のこもった声。聞こえないフリも出来ない。


「く……悠介くんはさ、ラブレター貰ったんだよね?」


「えーっと」


「圭織に聞いたよ」


 ぼ、僕のプライバシーはどこへ……。でも知っているなら隠してもしょうがない。


「うん。僕というか受け取ったのは四枝さんだけど」


「圭織は封筒って言ってた。中身はやっぱりラブレターだったんだね」


「そうだったよ」


 上浜さんは何を聞きたいんだろう? やっぱり恋バナは女の子の大好物なのだろうか。僕はライトノベルからの知識でそう考える。


「悠介くんも……その子好きなの?」


 何かさっきから違和感があるような……。ああ、上浜さんの僕の呼び方がいつの間にか名字呼びから名前呼びになっている。なんで?


「返事はもうしたの?」


 上浜さんの問いに僕はぼかして返す。


「返事はまだだよ。来週会ったら返事するつもり」


 ごそごそ。

 暗い部屋の中そんな音が上浜さんの方から聞こえてくる。


「あー……」


 上浜さんは何か言おうとしたがその言葉は途切れてしまう。

 なんか嫌な予感がする。


「悠介くん。明日私とデートしよ?」


 これまたストレートに来た。ド直球だった。


「明日の朝はうち、誰もいないからそこで圭織と元に戻ったらいいよ。ダメ、かな」


「う、上浜さんは僕が好き、なの?」


 上浜さんの言葉に動揺して、自分に自信のない僕からすれば、盛大な勘違い、自爆して跡形も残らないようなことを言ってしまう。


「んー、正直なところ分からない」


 上浜さんの言葉はやっぱり率直だった。


「悠介くんに心奪われた私がいて、でもそれは悠介くんの皮を被った圭織で。でも圭織の告白は私受け入れられなかったんだよ。じゃあ私は誰が好きだったんだろうって。昨日のドタバタじゃ納得出来ないの」


 上浜さんの独白に納得する僕。

 そりゃあそうだろう。

 一昨日告白してフラれて、昨日振ったのは中身四枝さんの僕でしたー、でも四枝さん自体は上浜さんのこと女の子として好きで、でも上浜さんは女の子と恋愛は考えられないと言って。

 じゃあ上浜さんは一体今週の僕のどこに惹かれたのか。僕の外見に惚れたのか。仮にそうだとして中身が僕自身でも上浜さんの恋心は変わらないのか。

 そこをしっかりケリを付けないと前へ進めないってことなんだろう。


「悠介くんが誠実なのは知っているし」


 いや、そう思われるのはとても光栄だけど、実際そんなことはないよ?

 自発的に四枝さんの身体観察したし、ラッキースケベもしっかり堪能してしまったし。

 そんなことを考えているとまたがさごそと音がする。

 音のする方に目をやると、暗闇にすっかり慣れてしまった目が立ち上がった上浜さんの姿を見つける。そして


「悠介くんお腹辛いでしょ。私が一緒に寝て暖めてあげるよ……」


 そう言いながら僕が寝ているベッドに近付いてくる。


「さ、さすがにそれはマズいよ!?」


「女の子同士だから何も起こらないよ。大丈夫、一緒に寝るだけだから。スキンシップスキンシップ」


 今までしていた話から『はいそうですか』とはとうてい思えないけど、有無を言わさず自分のシーツを持った上浜さんがベッドの上に膝をつくとそのまま僕の隣に横になってシーツを被せてきた。


「圭織とは良く一緒に寝るんだよ」


 上浜さんの吐息が近い。


「僕は四枝さんじゃないよ」


「うん、知ってる。こないだうちに遊びに来た圭織も悠介くんだったんだよね」


 そう言ってくすくす笑う上浜さんの笑顔にドキリとした僕は上浜さんとは反対側、壁を向いて身体を縮こまらせる。


「中身男なんだからこんな状況ドキドキするんだよ……」


 そう情けなく零す僕に上浜さんは後ろから僕に抱きついてくる。


「大丈夫、私だってドキドキしてるよー。ほら、分かるでしょ?」


 そう言って上浜さんは上半身を僕の背中にぴとっとくっつけてくる。

 小さな、だけど確かな柔らかさを感じる胸の奥、上浜さんの鼓動が僕と同じくらい激しい。


「ドキドキするならやめたほうが……」


「なんでだろうね、お風呂ではだか見られた時もいやだなって思わなかった。でもお姉さんが倉崎くんのこと悠介くんって呼んでるのを聞いたとき、心が(ざわ)ついちゃった。これって何なんだろう」


 そんなの僕にだって分からない。


「今もね、ドキドキするけどいやなドキドキじゃなくてワクワクの、心地良いドキドキなんだよ。悠介くんが好きだからかな? それとも困ってる悠介くんを見て楽しんでるだけかな?」


「上浜さんが不思議な体験に巻き込まれたとき、そこにいた異性が僕だったからじゃない?」


 僕は上浜さんの胸の感触を背中に感じつつも出来るだけ冷静に言葉を返す。


「否定は出来ないかも。私たち三人すっごい秘密を持った仲間みたいな? そういう意味では圭織が私にも秘密を打ち明けてくれて良かったよ」


「四枝さんも上浜さんには正直に話したいって言ってたから。それは良かったよ」


「圭織からはさ、悠介くんの体でいたときの話はたくさん聞かせてもらったんだけど。悠介くんは圭織の身体でどうだった? 圭織にはナイショにするからさ、教えてよ」


 教えてって言われても……。

 女の子の身体に心奪われたり、初めて着る下着類にとまどったり、女の子として男性のいやらしい視線を受けたり。

 四枝さんの身体を隅々まで観察したり、初めての生理に戸惑ったり。

 ダメだ、悪い話が多すぎるし、いい話は女の子に話す内容じゃない。


「……女物の衣類を身につけるのは散々だったよ、特に下着類は初めて見たし初めて着けたし」


 だから少しだけ話をして上浜さんの興味を発散させることにする。


「ああ」上浜さんは思い出したように笑う。「ブラとか私より大きいの着けてたんだよね、いいなあ羨ましいなあ」


 絶対そう思ってなさそうなことを笑いを堪えた声で言う上浜さん。


「あとは歩くだけで胸や腰や足に男性のいやらしい視線が突き刺さって……あれは本当に嫌だね」


「ふーん」先ほどとは違って上浜さんは僕の言葉に同意することなく、反応は淡白だった。「私はそんな視線感じたことないなー。そっかー、圭織が感じるだけならともかく、男の子の悠介くんも感じたのかー。おかしいなー、私も女の子なのにねー」


 この話題は地雷だったようだ。……上浜さん地雷多いね。

 胸が小さくても性的魅力を周りに振り撒かなくても上浜さんは素敵な女の子だと思うんだけど。


「あとは生理かな。女の子は本当すごいね」


「そだねえ。生理は人それぞれだからさ。私はそこまで痛くならないんだよ。血も少ないし。こればっかりは圭織にも悠介くんにも同情かな」


 この抱きつかれてる体勢もそうだけど、今が女の子だからって僕を女仲間みたいに扱ってほいほいとそんな秘密を喋ったりするのはどうかと思う……。


「総じて女の子は大変だなって感じたよ。言い方悪いけど見てるだけでいいかな」


「あはは悠介くん、女の子は鑑賞物じゃないんだよー」


 そう言って笑いながら上浜さんはポンポンと僕の背中を優しく叩く。

 話にオチもついたし、そろそろ寝ようかな。そう思っていた僕に上浜さんの追撃の言葉が突き刺さる。


「女の子の一人えっちってどうだった?」

「ぶっ」


 上浜さんがど直球に言葉を投げてくる子というのは今夜の会話だけでもわかったけど、さすがに直接的すぎやしませんか?


「圭織はね、とても楽しかったって。男の子がサルになる気持ち分かったってさ。たぶん来週から男子たちに対する感情も変わるんじゃないかな」


 四枝さんはそんなことまで話したのか……。まあ年頃の女の子なら異性の一人えっち事情とか自分に危害が及ばなければ知りたいもの、なんだろう、か?

 まあ楽しいという感想でいいのなら……。


「楽しかったかな。今まであったはずの場所に何もなくて、それどころか身体の中に指が入るのは」


「あー」上浜さんは感心したように声を上げ、「私はまだ中は怖くて外側と胸くらいかな」あー聞いてない聞いてない聞いてない


 ふいに自分がブラジャーをしていないことに気付いて、背中に当たる感触にそれがないのも気付いてしまう。ダメだダメだダメだ


「どっちが気持ちよかった?」


「ええと……」これはさすがに答えたほうがいいだろう。上浜さんでは体験出来ない比較だ。「瞬間的には男、長く続くのは女の子だと思ったよ」


「へええ」


 ……女の子は開発したらすごい快感を得られるようになる、というライトノベルで得た知識を披露するのは絶対に止めておこう。セクハラがすぎる。


「そう言えば。返事聞いてない」そう言って上浜さんが僕を抱きしめる腕に力が入る。「デート、してくれる?」


 そういえばそうだった。

 話があちこち飛んでしまっていて忘れていたけど、そういう話だった。


 ごめん上浜さん。僕はバスの子、結城美晴(ゆうきみはる)さんにOKの返事をするんだ。

 そう言おうとした僕の口を上浜さんの両手の平が塞ぐ。


「……ラブレターの子に返事をする前に。少しだけ私にもチャンスが欲しいよ」


 熱っぽい声。一瞬自分が恋愛ラノベの主人公にでもなったかのような全能感を覚える。でも違う。

 バスの子とは喋ったこともないしお付き合いが始まってもどうなるかなんて分からない。

 上浜さんだって僕が好きなのか、上浜さん自身にも確証がない。

 今この瞬間も上浜さんの手は震えている。僕の口を塞いだのも僕がなんて言うか気付いたからだ。

 僕は両手で上浜さんの手首をぽんぽんと優しく叩く。恐る恐る僕の口が解放される。


「明日一日で良ければ」


「ありがとう! 一日で自分の気持ち見極めてみせるよ!」


 元気を取り戻した上浜さんの声が心地良い。

 しっかり見極めてもらって、中身が僕の倉崎悠介に恋心がわかなかったらそれで良し。わいたら……今はその可能性は考えないことにする。

 あの四枝さんですら上浜さんは断ったのだ。そんな簡単に上浜さんは攻略されないはずだ。


「悠介くん、こっち向いて寝ない?」


 だけど上浜さんの攻撃力も高い。

 僕は何とかそのお願いを無視して夢の世界に旅立つことにした。







「おはよ」


 翌朝。

 目が覚めると僕は腕の中にいる上浜さんに挨拶された。

 上浜さんの髪はぐしゃぐしゃで、だけどパッチリ目を開いて笑顔で浮かべる彼女はとても可愛かった。

 愛おしくて思わずぎゅうと上浜さんを抱きしめてしまう。上浜さんも負けじと抱きしめ返してくる。

 とても柔らかい肢体。なんだかいい匂いもしてくる。僕は股間に血が集まるのを感じてだけどそこには何もなくてーー


「はっ!?」


 慌てて手を離し距離を取ろうとしてベッドの上を転がり壁にぶつかる。


「起きた? 悠介くんってねぼすけなんだね」


 そう言ってはにかむ上浜さんに、普段はそうじゃないとか色々言いたいことはあったけど


「ごめんなさい!」


 僕はベッドの上で土下座をして上浜さんに謝る。


「何を謝ってるのかな?」


 寝転んだままの上浜さんは僕の顔をつんつんとつつきながら訊ねてくる。


「寝ぼけて上浜さんを抱きしめてしまいました」


「大丈夫、圭織もよく抱きついてくるからさ」


 そう言って本当に何事もなかったかのように笑う。


「寝顔は圭織だし、でも起きると悠介くんだし。面白いね、って」


「おはよう二人とも」


 そう言って依織さんが入ってくる。


「おはようございます」


 依織さんは一つのベッドで寝ていた僕たちを見ると


「悠介くん、襲われなかった?」


 と顔に笑みを浮かべながら真面目な口調で聞いてきた。


「悠介くんの初めて、ごちそうさまでした」


 そう言って上浜さんが両手を合わせる。


「僕何をされたの!?」


 冗談とは思いつつも僕は声を張り上げていた。


「悠介くんからの初ハグ、いただきました。おっぱいすごかったです」


「寝ぼけてしただけだし感想はなんか違う!」


「あははは」


 笑いながら依織さんは持ってきた荷物を広げ始める。


「さ、悠介くん。交換してあげる」


「「!!」」


 驚いて僕を見る上浜さんと慌てて首を横に激しく振る僕。


「一人で出来ますってば!」


「お姉さん、もしかして」


「ええ、何回か彼のナプキン変えてあげたわ。初めてのナプキンも私ね」


「悠介くんのナプキン交換……。いやでも見た目は圭織だし……」


 僕を置いて話し出す二人。このままぼけっとしてたら同級生に羞恥プレイをされかねない。

 僕は慌てて立ち上がると二人の魔の手から逃れるように二階のトイレに駆け込んだ。


 もちろんちゃんと一人で出来た。


「顔色だいぶ良くなったわね」


 トイレから帰ってきた僕を依織さんはそう言って出迎えてくれた。


「そうですね。痛みやダルさもだいぶひきました」


「もう少ししたらご飯にするから、そしたら降りてきて」


「はい」


 依織さんはそう言い残して部屋を出て行った。

 四枝さんのご両親は時折お母さんが帰ってくるものの、まだ二人とも病院に泊まっているそうで、朝ごはんは依織さんが作ってくれるらしい。


「圭織に今日の予定連絡しないとね」


 上浜さんがスマホを操作しようとして手が止まる。上浜さんは僕に困ったような顔を向けると


「そういえば私、悠介くんの電話番号もSNS知らない。教えて?」


 そう言ってスマホを手渡してきた。


「四枝さんのスマホには僕の番号とか入ってるからこっちで連絡とろうか?」


「やだ」


「え」


 スマホをブンブンと振る上浜さん。ぷくーと頬を膨らませる。


「私も二人の秘密知ってるんだから仲間に入れてよー」


「ああ、そうだね……」


 上浜さんのピンク色のスマホを受け取る。仲間外れにしようという気は全然なかったけど、やっぱり女の子に教えるのは緊張する。


「……ん、入れたよ」


「ありがとー!」


 笑顔でスマホを受け取る上浜さん。そんな笑顔や仕草の一つ一つにいちいちドキドキしてしまう。


「それじゃあ圭織に連絡しとくね」


「よろしく」


 パジャマ姿の上浜さんが両手で器用に文字を打っていく。

 お尻をぺたんとカーペットにつけた、いわゆる『女の子座り』。意識して見るのは初めてかもしれない……と思いながらふと自分の姿勢を見てみる。

 案の定僕もベッドの上で『女の子座り』をしていた。無意識にやっていて驚くのと同時に楽なことにも気付く。

 胡座はどうなんだろう。僕は好奇心のままに胡座や正座、色んな座り方を試してみた。


「その横座り、セクシーだねっ」


「!」


 いつの間にかこちらを見ていた上浜さんの声に気付いて顔を上げると、カシャ!とシャッター音が響いた。


「ちょっと!?」


「あはははは、悠介くん面白ーい」


「消して!」


「どうしようかなー」


 僕が迂闊だった……。することがないからって人がいる前でスキを見せちゃうなんて。


「あとで私も写真撮らせてあげるから、それで許してよ。それとも私の写真じゃダメかなぁ?」


 言い方が卑怯だと思うんだ。だけどまあ写真に写ってるのは四枝さん。だからいいか。


「それでいいよ」


「ありがとね。そろそろ下行こっか」






「これはまた……」


 上浜さんが通りがかった洗面所の鏡を覗き込んで呆れていた。どうやら自分の髪の寝癖のすごさにようやく気付いたようだ。


「言っとくけど悠介くんもすごいからね?」


「ホントだ」


 促されて鏡を覗くとそこには上浜さんと同じくらい寝癖がすごいことになっている女の子がいた。


「ご飯の後直そう」


「私がした方が早いよ。してあげるね」


「ありがとう」


 そしてリビングに着くとすでに朝ごはんが並んでいた。


「早かったわね」


「依織さんありがとうございます」「お姉さんありがとう」


 僕たちはそんな会話を交わしてテーブルに着いて朝ごはんを食べ始めた。


「今日はどうするの?」


 そんな依織さんの質問に


「私と悠介くんはデートです」


 とこともなげに上浜さんが答えたので依織さんは咳き込んでしまった。


「ごほっごっ……、え、二人付き合ったの?」


「違います違います」


 勘違いしかけた依織さんに慌てて僕が客観的な説明を行う。


「好きかどうかわからない人相手に一緒に寝たり寝癖見せたりする、普通……?」


 説明を聞いた依織さんは何か言っていたが小さい声で僕には聞こえなかった。上浜さんはご機嫌な様子で目玉焼きを乗せたトーストにかぶりついていた。


「それじゃあ私は二人をみりあちゃん家まで送ったらいいのかしら?」


「そうしてくれたらありがたいです」


 僕はそう言って頭を下げたけど上浜さんは違った。


「お姉さん。すみませんけど圭織と悠介くんが入れ替わったあと、私と悠介くんを郊外のショッピングモールまで送ってもらえませんか?」


ある意味厚かましいとも思える上浜さんのお願い。依織さんは未だ窓を打つ雨音に耳を傾けたあと


「あー、確かにこの雨じゃデートに出るのも大変だね。いいよ。全力で遊んでおいで」


「ありがとうございます!」


「あ、そうだ悠介くん」


 そう言って立ち上がってバッグを持ってきた依織さんが僕を呼ぶ。


「これ、デート代」


 そしてバッグから財布を取り出してお札を渡してきた。


「ダメですよ! 受け取れません!」


 僕は手を身体に引き寄せて拒否する。だけど依織さんはにこにこ笑顔を浮かべながら


「これは圭織の来月のお小遣い。あの子が君に迷惑をかけた慰謝料みたいなものと考えて。悠介くんにはこの入れ替わり、精神的にすごい苦痛だったと思うから」


「圭織さんもワザとやったわけじゃないですから」


 なおも固辞するけど


「今回はほぼワザとよね」


「たぶん違うと……」


 電話口でのあのはしゃぎよう、フォローしきれない……。語尾が小さくなる。


「分かったわ。それじゃあみりあちゃん家で圭織と()()するわ。それで圭織が納得したら受け取って貰えないかしら」


「いえ」


 それでも僕は首を横に振って断言した。


「僕と上浜さんのデートなので結構です」


「おお、格好いいじゃない悠介くん」


 そう言って依織さんは僕の頭を乱暴に撫で始めた。上浜さんは両手でパチパチと拍手している。何この状況。


「お姉さん、私落とされそうです」


「早いよ!? ……それに依織さん。前も言いましたけど元に戻れたし戻る方法もあるんです。僕も男のままだったら出来ない体験もしました。それでおあいこだと思います。圭織さんを叱るのは止めて下さい」


「まあキミがそういうならそういうことにしとこっか」


「ありがとうございます」


 そして朝食を終えた僕たちは出掛ける準備を始めた。






 上浜さんはてきぱきと僕の寝癖を整えてくれた。


「私も寝癖直していくから先に圭織の部屋戻って待ってて。服も選んであげる」


「うん、ありがとう」


 上浜さんの言葉を信じた僕は先に四枝さんの部屋に戻るとマットやシーツの片付けをして待っていた。


 しばらくして。

 上浜さんが戻ってきた。


「ねえねえ」ドアを背にした上浜さんが僕に呼びかける。


「どうしたの?」


「私のこと『みりあ』って呼んでほしいな」いきなり突拍子もないことを言い出した。


「え、さすがに急にそんな名前呼び捨てだなんて」


 そう戸惑いながら答えた僕の目の前で上浜さんがパジャマの上着のボタンを一つ、プチンと外した。はい?


「ダメかな?」プチン。


「ちょっと待って手を止めて!?」プチン。


「せめて今やってることの理由くらい教えて!?」と、止まった。だけどもう上着は半分くらいはだけていて白い素肌があらわになっている。やっぱりブラはしていなかった。


「私胸が小さいのがコンプレックスだったんだけどさ、悠介くんこんな私の胸でもドキドキしてくれたじゃない。武器になるのかなって」


「上浜さんの胸は十分武器です」プチン。無言で外さないで!?


「脅迫は良くないと思う。話し合おう?」


「みりあって呼んでくれる?」パジャマの両端に手をかける上浜さん。このあとの回答次第じゃ全部脱ぎかねない……。


「デートのあいだだけでいいなら」


「うん、ありがとう!」ガバッ!喜色満面、喜びを身体全体で表したうえ……みりあさんの手はパジャマを脱ぎ去った。慌てて後ろを向く僕。何答えても結果が一緒じゃないか!


「みりあさん、服着て!」する…。衣擦れが聞こえる。「み・り・あ、だよ」


「そういうことする子は嫌いになるよ」ぽい。ぽい。確かに二つ何かが脱ぎ捨てられた。「みりあ、やめて」


 僕は即座に降参した。甘い、甘すぎる。反応するから、からかいたくなるのかもしれない。

 でもあのままだったらどこまで行っていたかわからない。

 上浜さん実はこういう子なんだ? それとも僕に対してだけ?? 分からない。


 その後精神的に疲れ果てた僕は上浜さんの着せ替え人形になるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ