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甘い失敗 4



~黒木side~



「走ってきたのか?」


すこし肩先が上下してて、頬がほんのり赤くなっている白崎。


「まぁ、多少ですかね」


「そこまで急がなくたってよかったのによ」


なんていいながらも、ここに来るために走ってきたと思うと、思いのほか嬉しくなる。


可愛がっている後輩だから、なおのことだ。


「悪かったな、急がせて」


そう言いながら、鞄の中から取り出した約束のモノを手渡す。


「昨日の礼みたいなタイミングになっちまったけど、やるよ。これ」


簡単にラッピングしたそれを、鞄を廊下に置いて両手で受け取る。どこか、大事そうに。


「中、ここで見てもいいですか?」


無言で笑ってやって、それを返事とした。


針金が入っているリボンを紐解き、袋の口を開けた白崎が小さく声をあげる。


「…懐かしい」


と。


「憶えてたか、それ」


鞄を閉じて、窓の方に背を預けるようにしてもたれかかる俺。


「忘れませんよ。先輩からもらったものは、全部憶えてます」


言いながら、袋の中から一つ取り出したのは、サツマイモが入ったカップケーキだ。


「これ、優しい味がして好きだったやつです」


白崎は言ったと同時に、ぱくりと一気にかぶりついた。


小さめのカップケーキをいくつも入れてきたから、大きい口でかぶりつけば二口か三口で食べきれる。


短い時間でも、腹に入れられる仕様だ。


「……あぁ、これだ。うん……美味しい。僕が好きな、先輩の味ですね」


咀嚼しながらどこか遠くを見るように、俺でもカップケーキでもないどこかに心を馳せているよう。


「中見てわかったと思うけど、それなりの個数焼いてきたから、昼休憩とじゃなくても食えばいいんじゃね?」


笑顔で食べ続ける白崎に、足元にある鞄を拾い上げて手渡し、俺も鞄を小脇に抱えてから軽く手をあげた。


「じゃあ、俺…行くから。またな」


そういって廊下を右へと曲がろうとした瞬間、クンッと勢いよく背中に向けて引っ張られてよろける。


「ん…っ、わっ!」


倒れかけた俺の肩が、白崎の胸元にトンと当たって支えられ。


視線を後ろななめ上に見上げれば、まだ嬉しそうに笑っている白崎の顔。


「なんだよ、あぶねえな」


こっちは文句を言っているのに、そんなのにおかまいなしに白崎は「ふふ」と笑う。


「……なんだよ。用があるなら、早くいえよ」


体を反転させて、鞄を抱えたままで腕を組む。白崎との距離は、腕を伸ばした分くらいだろうか。


記憶違いじゃなきゃ、身長差は10センチから15センチの範囲内。視線をすこしだけ上げなきゃいけないのは、ムカつくところ。


「今日。昼か放課後、時間ありますか? 先輩」


「どうかしたか?」


急な予定の打診に、首をかしげる。


「一緒に食べたいです、これ。……ダメですか? 時間ないですか?」


自分の都合いい時間に食えばいいのに、俺と一緒がいいとか。


「あー…いや、ないわけでも…ないけどよ。別に俺と一緒じゃなくても」


後輩の可愛いお願いをきいてやりたい気持ち半分、焦らしが半分。


元々このプレゼントは、白崎の俺に対しての態度がよくわからないからっていう探りのようなもの。


向こうから誘ってきたからって、ホイホイ乗っていたら多分ダメな気がする。


ってか、そんなんじゃ、いつもと何ら変わらない気もするし。


白崎は俺から一緒じゃなくてもとか言われて、わかりやすいほどにショックを受けた顔をしてきた。


ほんと、ワザと? と思えるくらいに。


「ダメ…ですか? 僕…先輩とゆっくり話す時間が欲しくって。その時にこのカップケーキがそばにあったら、もっと嬉しいのにって。……“先輩分”が足りてないんです、僕」


「センパイブン?」


謎のワードが飛び出した。どこの流行りの言葉だ? 俺、そういうのは疎いぞ?


「鉄分とかと一緒です。僕に必要な栄養素なんですよ、先輩分って」


自作か、それ。


「鉄分と一緒にすんな」


「…うー……。ダメですか? ねぇ、先輩。今日、図書委員の当番じゃないから、放課後時間あるんですよ。…先輩も、今日は予定通りなら当番じゃないですよね?」


「……保健委員会でもないのに、なんでお前が把握してんだよ」


「同じクラスの委員会の子に、プリント見せてもらってます」


「ちょっとした情報漏洩かよ」


「…僕が無理に見せてもらったので、その子には非はないです」


「わかってるよ、んなこと」


そうやって話しながら、ジリジリと距離を詰めてきて、俺が白崎の体をグイグイ押し返そうとするほどの距離。


「………先輩…」


見下ろされているのに、見上げられているような錯覚に陥る。


なんなんだ、この可愛い生き物は。


俺よりもデカくなったくせして、会えないでいた間に前髪も切って、俺と目を合わせて話すようになって。


「………………わか、った」


デカいのに、小動物に見えるってなんなんだ。


庇護欲とかそういう感情なのか? これ。駆け引きっぽいものをしようとしても、心がカンタンに違う意味で折れられる。


「放課後、うちに来るか?」


どうせなら、バタバタと時間なく食わせるんじゃなく、ココアでも淹れてやって話を聞いてやれたらと思った。


俺がそういうと、白崎の目が大きく見開かれて、口元に手をあてて息を飲んだのがわかった。


「え…、おーい? 白崎?」


こっちは返事をしたっていうのに、黙ったまま俺を見つめている。


「あー……、俺んちなんて…めんどくさいよな? …悪ぃ」


と白崎の肩を手のひらでポンポンと軽く叩き、どこにしようかと首をかしげた俺に。


「ヤ…ッ、ヤダ! 嫌です! 先輩の家、行きたい!」


今にも泣き出しそうな顔つきになって、俺の体を激しく揺さぶった。


「う…おっ……っと、わかったわかった! 俺んち連れてくから、放課後玄関で待ち合わせでもいいか?」


思いのほか力強く、前後に激しく揺さぶられて予定変更を変更した俺。


約束を元に戻しただけなのに、白崎は満面の笑みを浮かべて何度もコクコクとうなずいた。


「ん…、じゃあ……後でな?」


白崎の頭に手のひらを乗せて、今度はポンと一回。


身長差ゆえに、結構ギリギリで届いた。内心、ムッとしたけど顔に出さない俺。


先にその場を後にした俺は、帰りしな一緒にココアを買いに付きあわせようと思いつつ教室へと向かう。


昼休みにいつもの連中にその報告をして、放課後になったらアイツが大人しく玄関を出てすぐの場所で待っていて。


「デカいから目立つね、後輩ちゃん」


「…まあな」


とか言われながらみんなに手をあげて「じゃあな」と示してから、足を速めて白崎の元へ。


一緒に歩き出して間もなく、雨が降り始める。


母親に言われて入れっぱなしていた傘を開くと、隣で白崎が傘がないと言い出す。


「行くところは一緒だからな。折りたたみの割にそこそこデカい傘だから、二人でも大丈夫だろ?」


そう言ってから、折りたたみ傘を押しつけて。


「…ん。身長がデカい方がコレ持てよ?」


開いた傘を受け取った白崎といつもより近い距離で、二人並んで雨の中をテクテク歩いていく。


「ちゃんと入ってるか? 傘に。そっちの肩、濡れてる気がするんだけど?」


なんてどこか偉そうに言いつつ、途中でいつものスーパーに寄って。


「コーヒーとかの方がいいか? 昔の記憶でココアかと思ったんだけど、好きな飲み物が増えたんなら買うぞ?」


ついでに夕食の買い出しも買い物かごに入れながら、白崎と他愛ない話をする。


好きな食べ物に苦手な食べ物。最近読んだ本の話。これからある学校行事の話。


記憶違いをしていた好き嫌いの話から、高校生になってから口にするようになったものの話も。


「俺はまだ…コーヒーをブラックでは飲めないってのに」


白崎が家で勉強する時には、ブラックコーヒーを飲んでいる話を聞いて、なにか負けた気になって横目で睨んだ。


「先輩はカフェオレが好きでしたよね? 今でもそれは一緒ですか?」


「あー、まぁ、うん」


「プリンは、白いクリームが乗っている方のが好きでしたよね?」


「…なんで知って」


「え、忘れてます? もしかして。保健室で先生からよくあるプリンとクリーム乗ってるのとで、どっちがいいって話になった時に言ってましたよ?」


「ん? 中学ん時の保健医? ……大川先生か? 保健室にスイーツストックしてた」


「はい。大川先生です。……思い出しました?」


「あー…はいはい。いたいた、食ったものそのまま体に肉になってたような」


「はい。体格のかなり良かった…」


「あえてデブとか言わないよな? お前、昔っから」


「……知ってたんですか?」


俺が白崎が気をつけていただろうことを指摘しただけで、一瞬驚いてから頬をゆるめて嬉しそうに呟く。


「嬉しいなぁ。……先輩のそういうとこ、いいと思います。見る人は見てくれているって思えて、嬉しくなります」


「そっか? 大したこと言ってないって、俺」


と、俺が返せば、ゆるく首を左右に振って。


「先輩にとっては、でしょ? こっちからしたら、そうでもないんですよ」


ニコニコしながら、視線を雨空へと向ける。


「雨、やまないですね?」


まるで話をそらしたかのように呟いたそれに、気づかないふりして俺も続けて。


「そうだな」


って、空を見上げた。


「カップケーキもだけどよ、なんなら夕食も食ってくか? 今日、母親遅いから好きに食っていいことになってて」


家に着き、鍵を開けながらこれからの話をする。


「家に連絡しておけば問題ないですけど。もしかして、先輩が作るんですか?」


「あー、まぁ、簡単なものだけどな? 親子丼とか食えるか?」


「好きです! 親子丼。い、今すぐ家の方に連絡入れちゃいます!」


なんてことない夕食の誘いだってのに、まるでガキみたいに喜んでる。


「ったく。そんなん、中に入ってからやれよ。…あーぁ、やっぱ肩濡れてっし。ちょっと待ってろ、今タオル持ってくるから」


慌ててバスルームの方へ向かって、タオルを手にして戻ってきた俺は。


「ほら、このタオル使っ…」


言いかけた言葉を、飲み込んだ。




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