拾って 5
~黒木side~
(白崎からの連絡は、三日以内)
自分に言い聞かせるようにしつつ、みんなでギャアギャア騒ぎながらの打ち上げの最中。
ウーロン茶を飲みすぎたか、ちょいちょいトイレに通う俺。
その何回目かの後、手を洗っているとスマホが震えた。
画面に白崎と書かれていて、今日は何もないと諦めようとした直後だけに、アッサリって言っていいくらい簡単に気持ちが戻る。
あのタカナシってのが寝てる隙にとかで、やっぱり言いたいこと教えてくれることにしたのかとかなんとか。
自分にとって都合よさそうなことばかり、懲りもせずに思い浮かんでしまう。
トイレの入り口のドアがわずかに開いてて、店の有線か何かの曲が流れてるのに、バカでかい声で歌う昔どこかで聴いたような演歌が聴こえてくる。
部屋には戻らず、トイレの手洗いシンクの横でメッセージを開いて固まった。
「…これ、一体どういう…」
謎かけか、心理ゲームか。それとも、白崎本人の中にある何かに紐づく疑問か。
『一つだけ、質問です。僕が猫で、捨てられていたら…どうしますか? 先輩は。返信は次回の時にでも、聞かせてください』
「返信は次回でもいい、か。…………猫ねぇ。捨て猫の白崎」
急な質問に対して、以前の俺よりも警戒心が強くなっているのがわかる。
答え方を間違えたら、白崎が遠のくのかもしれないと。
「っても、現段階で距離はあるんだよな。今更だよな、警戒してもしなくてもその後の展開に影響ないかもじゃん」
なんていいながらも、解くことが出来ない警戒。今以上の距離感になったらと想像したくもないのに、してしまうんだからさ。
「間違えられないぞ、これ」
怖い。思いのほか、怖い。
こんだけ警戒しといて、実はどこかでそんな話を聞いたので聞いただけでした! とか言われたら放心しそうな気がする。
それでもこれまでに大なり小なりやらかしてきている自負がある俺に、油断大敵という四文字熟語がポンと浮かぶ。
一言一句何の間違いもなく発しているような完璧な人間なんて、この世の中に存在するのか知らんけど。
間違った後のフォローが出来る自信がないなら、初手を誤るわけにはいかないだろ。
「猫…白猫白崎。…いや、黒猫でもいいな」
答えを間違わないようにと追い込みすぎてか、急に変な方向へ振り切ってしまったりもし。
「猫のコスプレとか、細身だから似合うだろうな」
全く違う方向性の呟きをこぼし、大きな鏡に映っている自分の姿に急な恥ずかしさが込みあげ。
「アイツは次回って言ったんだから、次回までに答えを出せばいい。…でいいよな」
スマホの画面を消してポケットに突っ込んだら、急いで部屋の方に戻る。
「なーにー、腹でも壊したかぁ?」
ちょっと遅くなっただけで、緑がどっかのガキみたいに冷やかしてくる。
「壊してねーわ」
とか言いながら、ソファーにドカッと腰かけて短く息を吐いた。
「なあ、咲良」
俺を呼びつつ佐々木が横に腰を下ろし、「あのよ」とソファーの上をスライドするように寄ってきて。
「今日、また家に泊まってかねえ? 汗も流せるし、ゆっくり話せるだろ」
と、歌でうるさいからか、自分の口に手をあてて俺の耳に直接囁いてきた。
すぐさま思いだせるほど、あの風呂に入っている俺。すごく快適な風呂。
「いーけどよ」
そう呟いてから「あ」と、さっきのメッセージを思い出す。
「じゃあよ、風呂入りながら…ちょい質問させてもらおっかな」
白崎のことを聞きたいどうとかじゃなく、もしかしたら今…そういう心理テストっぽいのが流行ってるかもしれねぇし。
白崎に聞かれてみて、逆も想像しはじめた俺は、まわりから見た俺って人間がどんなんか知りたくなった。
(つーか、このメンツになら聞いてみてもいいのかもな)
「あ、やっぱ。今、まとめて聞いちまおっかな」
俺がそう言い直すと「ちょい待て」と佐々木が俺がみんなへと挙手しかけた手を握る。
「その質問って、相手は誰もいいわけ? 俺じゃなくても? 俺だから聞きたかったんじゃないの?」
俺の手を握る手に力が入り、思ったよりも腕に響く。
「え? な…どうした? 佐々木。んな怒るようなこと言ったか? 俺」
その痛さに思わず顔をしかめると、佐々木の顔が分かりやすく歪む。
「じゃなく! 最初に俺に振ろうとしたくせにってよ」
その物言いが、まるでガキみたいで思わず笑いそうになったものの、佐々木がまだふてくされている顔のまんまだから吹き出すのはやめとくか。
「まー、たしかにそうだったけどよ。他にも意見聞いてみた方がいーかもってなったんだって。佐々木が個別で答えてくれんなら、それはそれでもいいし」
自分だけ特別扱いしろってことだろ? マジで、ガキじゃん。普段クールな感じなのに、俺の前で時々こうなんのはなんだろな。
「…ぷっ」
笑わないようにって決めたはずなのに、どうしても出てしまったその瞬間。
「さーくーらーぁ?」
「ふはっ。わ…悪ぃ。悪気ねえよ…ぷくく…」
「なんで笑ってんだよ、ったく」
俺が笑いをこらえきれずにいると、今度は呆れた顔つきになって俺の首に腕を回してから絞め技をかけてくる。
「ング…ぅ。ちょ…ごめ…悪かった、ってぇ! 佐々木!」
本気じゃないってわかる力加減の腕を、手でタップしてギブアップを伝える。
「きこえなーい」
そう言いながら、二度ほどキュキュッと絞めつけてすぐに解放してきた佐々木が、「なあなあ」とみんなの方へと身を乗り出しつつ声をかける。
「んあ? なんだよ」
「なーに?」
ちょうど歌っていなかった緑と紫藤が反応したところに、俺が言い出そうとしたことを先に切り出された。
「咲良がみんなに聞きたいことあんだってさー」
ものすごくいい笑顔で。
(佐々木のものすごくいい笑顔は、あまりよくないんだよな。実は。怒らせたとか、何かを隠されてるとか)
「あ、はは…」
自分から切り出した方が話しやすかったはずなのに、佐々木にタイミングを奪われてしまったようなもん。
このタイミングで話さないわけにはいかなくなった。
「大したことじゃないんだけどさ、質問ってかなんていうか、変なこと聞くなぁって言われそうな質問なんだよな。…うん」
おかげでぎこちない切り出し方になっちまったじゃねぇかよ、ったく。
「…で? 何を聞こうとしてたの? さくちゃん」
こうして話している間に、ちょうど次の曲を入力していなかったとかで静かになってしまった。
本来ならばものすごく賑やかな場所のはずなのに。
「どうせなら、マイク使ってみんなに聞こえるように言えよ。…ほら、咲良」
佐々木が何故かマイクをよこしてくる。
「は? いや、そこまで」
「いいじゃない。ハッキリ言ってみてよ。質問って、なんなの?」
戸惑う俺におかまいなしに、紫藤がノッてくる。
「え? ちょ…」
「マイク持ちついでにさ、次は咲良が歌いな。ってことで、サッサと聞きたいこと言え」
佐々木の圧が…。
「……あー、の、よ? マジで変なこと聞くからな?」
「おう」
「なんだよ、もったいつけて」
それぞれの反応を聞いてから、マイク越しに問いかけた。
「たとえばだからな? たとえ話! その…俺が…猫で。どこにとかってのは別にして、単純に! 単純にさ、捨てられてたら…どーすんのか…って…その…変なことを、よ」
「え?」
「はぇ?」
「………」
「ナニソレ」
四者四様の反応に、顔が熱くなってくる。
「……」
マイクを握ったままで、何を言えばいいのか。
「…なんかの雑誌の占いとか? それ」
怪訝な顔つきになってるのは、紫藤。
「さくちゃんがそんなの聞いてくるとか、明日は大雨かしら」
「そ…そこまで言わなくたって」
「だって、ねえ?」
怪訝な顔つきの後には、口元にこぶしをあてて押し殺すような笑い方をして。
「そういうのに縁がなさそうな人間がそんな話を振ってきたら、どうしたの? ってなっちゃうでしょ? 自分でもらしくないなって思わなかったの? 聞いてくる以前に」
改めて言葉にされると、自分でもなんでコレをみんなに聞こうとしたんだかと顔が熱くなっていく。
「自分で聞いといて、そんな赤くなるなよな。なによ、その謎質問。つーか、逆に俺だったらどうよ。にゃあーん」
緑がふざけた感じで、両手をゆるく握って猫っぽい仕草をしながら立ち上がってくねくねと動く。
「うげ。気持ち悪ぃ猫は、そのまま捨てっぱなしだな。緑、どの声だとドラ猫だな」
顔を歪めて気持ち悪いとハッキリ返したのは、赤井。
「じゃあ、これは? んにゃぁあーん。拾ってぇー」
赤井に向かって高めの声にして猫っぽくしな垂れかかったのは、紫藤。
「あー…。紫藤くらいのだったら、拾ってやらなくもないけど…。でもよ」
「でも、何」
「化け猫っぽいっていうか、怪しい術とか使われていそう。魅了とかそういうの?」
色っぽく鳴いて見せたのが、悪い印象になったパターンか。紫藤も拾ってもらえなさそうだな。
「クククッ。お前ら、揃いも揃ってバカばっかだな」
あまりにもバカっぽすぎて、若干緊張して質問したのがバカバカしくなるな。
「ひど! そっちが質問してきたくせによー」
「悪ぃ、緑。バカにバカって正直に言っちまってよ」
「うーわ。とどめを刺すようなこと、言うか? この流れで。ひーどっ。俺、もう…親友やめるからな」
「あ、親友だったか。俺と緑って」
「ひっど! 俺の扱い、ひどくねえ? なあ、赤井」
「…いや、緑はいつだってバカでしょ」
「はぁ? 今日の俺、めっちゃ働いてただろ? 赤井。お前が競技に出らんない時に、あちこち駆け回ってフォローしまくってたってのに。こんないい奴、なかなかいねぇぞ? んなこと言って、知らねえからな? お前がまた腹壊しても、助けてやんねぇ」
「そういえば今日は働いてたわね」
「は? 紫藤、お前まで」
「だって…ねえ?」
と、ここまで話が続いた時点で、何となく流れはよくある流れってことで。
「あー! もー! まーた、これなんだから。どうせ俺はバカだよー」
「大丈夫。アンタが可愛いおバカちゃんだってことは、ここにいる全員が知ってることだから」
「ひどっ!」
「あははははは」
「おま! サポートした奴つかまえて、そこまで大笑いしてんなってーの」
「あははは」
「赤井!」
緑がいつもの流れに落ち着けた頃合いで、佐々木が俺の耳元で囁いた。
「俺の答えは、後でいーだろ?」
って。
俺は特に深く考えもせずに、「風呂入りながらな」と笑って答えた。
白崎から投げかけられた質問を自分に置き換え、誰かから意見を聞いたとて。
(俺が白崎に返す答えに影響はなにもないんだろうけどよ)
頭の端っこでそんなことを考えながら、隣で佐々木が勝手に入れた曲を歌うためにマイクを握り直す。
「なー、あとでラーメン食いに行かねえ?」
ある意味、今日は自由みたいなもんだ。
白崎がアイツの看病をしてるなら、俺が何をどうにかすることも出来ないのは変わらないんだから。
「そういえば、さくちゃんはあまりポテトとか食べてなかったわね」
「いや。食ってたとしても、飯は飯で別もんだろ? しっかりカロリー取りたいんだよ、俺は」
俺がそう言うと、紫藤が大きくうなずく。
「あれだけいいとこ見せるために頑張れば、そりゃあカロリー消費してるもんよねー。それじゃ、ラーメン食べた後で解散ってことで?」
紫藤がそう言葉を続けたタイミングで、佐々木が入れた曲のイントロが流れ出す。
「の前にー。いい声、聴かせなさいよ?」
「まあ、適度にな」
とか返してすぐ、歌が始まった。
疾走感がある、アオハルとかいえばいいのかもな歌。歌いながら、今日を思い出す。
白崎とのことがキッカケとはいえ、これまで逃げていたことで最後の最後にいい思い出を蓋すことが出来た気がする。
天狗になるつもりは全くないが、ここまでと自分で思いこんでいた部分がまだあるのかもと思いもし。
(こういうのを進路に活かしていけばいいのかもな)
歌の世界にわずかだけ入り、残りの部分でそんなことを考えていた。そして、もちろん捨て猫の白崎のことも。
俺が歌い終わると、紫藤が佐々木に歌わせようと端末をいじってはニヤリと笑んでいる。
「いい歌声で終わりにしましょ」
そういうつもりで言ってないと知ってても「俺の歌じゃダメだったのかよ」とあえていうのも、いつもの流れ。
「このメンツの中でいい声の中に、さくちゃんも入ってるの知ってるくせに。もう! でもね? 一番の歌声で終わらせた方が気分いいでしょ? ってことで、はーい! 歌ってー」
佐々木の返事など聞く気がまったくない様子で、渋々といった体で佐々木が紫藤からマイクを受け取る。
「これ、俺が好きな歌だし」
イントロが流れている間にそう囁けば、「心して聴けよ?」とドヤる佐々木がすこしガキっぽく見え。
「おう」
時々大人っぽく見える紫藤も佐々木も、結局のところ自分と同じガキなんだよなと思いながら。
「ってー、走ればぁー」
マイクを挟んで、途中から一緒に歌っていた。
(このメンツでいるの、楽しすぎる。あと、楽だな)
高校からの付き合いだけど、このまま繋がっていけたらいいのになと思いながら。
「はーい、以上でおしまーい。さ、次はラーメンね? …で、どこ行くの?」
紫藤がそうやって仕切りながら、それぞれの背中を押したり叩いたりしている姿を見て、内心オカンかよとも思ったり。
「はーい。俺、塩がいい」
「赤井は今日は辛みそはダメだからな」
「わーかってるって。だから、塩って」
「じゃ、俺もー」
「緑は、味噌じゃなかったか? 好きなの」
「今日はアッサリしたのがいい気分なんですー」
「あ、そ」
「他のみんなは?」
と、ここでもまた話をまとめている姿に、やっぱりオカンかよと思い。
「え? ちょっとー、さくちゃん? なーに笑ってんのよ。言い出したのは、だぁれ? さくちゃんは何が食べたいの?」
「クックックッ…。紫藤こそ、どうなんだよ」
「えー、あたしはねー、何味でもいいからワンタンが入ってるのがいいわね。ツルッて食べたくなっちゃった」
「ワンタンか。だったら、前に佐々木に教えてもらったあそこは?」
「は? あの店、連れてくって? マジかよ」
「え? ダメなん? あの店、めっちゃ旨かったよな。佐々木が連れてく店に、ハズレないんだよなー」
「……なにそれ。どこのラーメン屋の話?」
「教えなきゃダメな流れか? これ」
「え。ダメだったか? あの店、接客もいいし、旨いし、値段も手ごろだったろ? こういう日の締めくくりにしたかったんだけど…」
何回か佐々木に連れて行ってもらったことがあるラーメン屋の話をしたものの、佐々木の様子があまりよくない。
「ご、ごめん。みんな。なんか期待させるようなこと言ったかも」
佐々木の都合があるかもしれないってこと、考えてなかった。
「佐々木もごめんな? 勝手に突っ走った話をして」
とみんなに詫びてから、そういえばと思い出した他のラーメン屋を案内しようかと思った俺の真横から手が上がる。
「待て待て、ちょっと待て。誰も案内しないとは言ってないって! それこそ勝手に突っ走ってるっての。別にいいよ、あの店に連れてくの」
佐々木が口を尖らせて、俺の肩に腕を回してから、反対の手で作ったこぶしを頭のてっぺんにグリグリと押しつけてくる。
「いだだだだだだっ。ガチで痛ぇっての」
「あはは。痛くしてんだっての」
これ、やっぱ教えたくないんじゃないのか? これだけこぶしをグリグリしてくるってことは。
「咲良とだけで行く店、他にも山ほどあるしな」
思いきり佐々木の方へと引き寄せられて、耳が若干塞がっていた俺は、佐々木の呟きが耳に入らず。
「あだだだだだだっ」
変わらず攻撃されっぱなしの頭の形が変わるんじゃないかと思いつつ、「ごめんって、佐々木ぃ」と謝り続けていた。




