「……誰?」 3
~黒木side~
白崎とまともに話すこともなく、メールの受信フォルダにもアイツの名前があがることはなく。
何か送ろうと思うのに、何を書いて送っても返信が来るまで待てなくて、きっと電話をかけてしまう。
そんなことを繰り返しているうちに、気づけば体育祭当日になっていた。
再来月が体育祭だなとか思ってた頃に、俺はやらかしたままだ。
体育祭当日は保健委員としての仕事以外にも、3年は何かとやることが多い。
それと、何かにつけイベントを一つまた一つと終えていくたびに、これでまた終わったなってなるもんで、気合の入り方がおかしい。
どっちかといえば、過去二年間は委員会の方を優先してて、そこまで気合入れて体育祭に参加をしてこなかった俺。
「借り物…か」
結局のところ、俺は障害物と借り物競争の複合競技に出るのはやめた。
くじを引いて、白崎のところに行ってしまいたくなるような内容だったら、きっと足が動かなくなる気がして。
その時の自分を想像するだけで、ただただカッコ悪く思えてたまらなかった。
リレーの選抜の方は、今年は最後だしなと参加を決めた。
長縄跳びは、飛ぶ方で参加。端の方には背が低いやつが行きがちだとかで、緑にさっさといけってニヤニヤされながら配置された俺。
わかってることだけど、面白くはない。
「どうせお前らからしたらチビだよ!」
とか文句を言えば、まわりはいつものやりとりとだとでもいわんばかりに笑ってるだけ。
まあ、どうせ参加するなら勝率は高い方がいいからな。回し手に近い場所で、縄に引っかからないでしっかり飛んでやる。
うちの体育祭は外と中の競技が混ざる。
体育館の方の競技は、今回はバスケと卓球に決まった。
バスケの方に参加の話も出たはずが、佐々木と紫藤によって潰された。
理由が、あの時の後頭部にボールぶつけて気を失ったやつ。
あれから時間が経ってても、吐き気とか何もないから大丈夫だって言ってんのに、過保護か? ってくらいに参加を止められた。
っていうか、黒板に書かれていたはずの俺の名前、勝手に消しやがった。
気づけば、大した参加しない体育祭になりそうだ。
長縄跳びをやるはするけど、リレーをしっかり走ってればオッケーって空気になった。
ちなみにアンカーだ。
今まで逃げてたんだから、最後くらい、いいとこみせろって言われたわけで。
「バトン、しっかり渡すから頼むねー。さくちゃん」
ひらひらと手を振ってくるのは、俺の前のランナーの紫藤。
「お前がしっかり差を開いてくれてりゃ、なーんの問題もねぇよ」
とか俺が言えば、「自力でカッコいいとこ見せなよ」とニヤニヤしてくる。
「見せられるもんなら、見せてみてぇわ」
そういいながら、肩にかけっぱなしにしていた白いハチマキを頭に巻く。
「…あ。なんか結び目おかしいけど?」
「え、マジで?」
「俺、直してもいいか? さくちゃん」
「えー…まあ、やってくれんなら頼むわ」
「って、人に頼んでおいて、やってる最中にジャージ脱ぐとかちょっとの間くらいジッとしてなよ」
「ははっ。わざとだよ、紫藤」
「ひっでぇー。こんなに俺、優しくしてんのに」
「悪ぃ」
「ちっとも申し訳なさそうじゃないし」
「ははっ」
他愛ない話をしているうちは、いい。こうして誰かがそばにいるうちは、いい。
「…あ。後輩ちゃんじゃん、さくちゃん」
紫藤が一年のテントの方を眺め、あごでしゃくる。
「あごで指すな、あごで」
なんていいながら、視線は外して。
遠巻きでもまともに見ることが出来なくなった、アイツのことを。
それでも視界の端っこにアイツがいたら、ただ…嬉しくて。
「結局、その後一度も話をすることもなく、本日…体育祭を迎えましたが?」
急にかしこまった口調で、つつかれたら痛いとこをつついてくる。
「……ん。あれから一回も話せてないし、なんならアイツの視界に俺はいないに違いない」
「…うわぁ、メンドクサイ人になりつつあんじゃん」
「わざわざ言わなくたって、俺が一番わかってるって」
「っていうかさ、いっそのこと砕けちゃえばいいのに、それすらしてないんだろ?」
当たって砕けろってやつか。
「……ショック強すぎそうな上に、話しかけに行って逃げられる未来しか浮かばんから…行ってない」
「うわぁー……」
白崎とこじれてから、何度も見ている夢がある。夢程度に振り回されている時点でカッコ悪いんだけど、その夢が思いのほかダメージきつくて。
夢の中で以前と同じように白崎が当番の時に、図書室に向かう俺や、白崎の教室に向かう俺がいて。その時々の夢で場所は違うんだけど、いつものように俺が「おーい、白崎」って声をかけたら白崎がいうんだ。
「……誰?」
って。
俺が知ってる白崎のあの声じゃなくて、すこしトーンダウンした声で、まるで本当に俺って存在を忘れちゃったみたいな言い方で。
夢の中でそう言い返された瞬間、背中がヒヤッとして、心臓がぎゅっと軋んで、息が詰まったと同時に夢からさめる。
もしも、現実になったら?
学校で白崎の姿を見かけるたびに、今日こそはと思うたびに、夢の中のあの光景が脳内で再生される。
「……誰?」
と、冷えた声で、俺を映しているようで映していない目で俺を見て、突き放すような言葉を吐かれる。
耐えられる自信はない。情けないけど、カッコ悪いけど。
「……あぁあああ……。今日もダメだ、俺は」
しゃがみこんで、頭を抱える。
うなだれた俺の頭に、紫藤が子どもを慰めるみたいにポンポンと何度も繰り返す。
「リレーの時は、ダメなの一旦どっかにやっといてね?」
とか、優しい声色つきで。
でも慰めてくれているようで、言い聞かせられてるだけのようでもある。
「…わかってるって」
「さくちゃんは、やれば出来る子なんだからねぇ」
紫藤はたまにそう言ってくるんだけど、最近の俺は素直にうなずけない。
「とにかく、いい? さくちゃん。今日も、ケガ無く! 治療をする側なのはいいけど、される側なのはダメだからね」
「わかった、わかった」
紫藤の言い方が、佐々木っぽくなってきた気がする。
「俺の保護者が最近増えてる気がする」
そう言いながら思い出すのは、佐々木。
「俺、佐々木の嫁さん? それともアイツが俺の嫁?」
紫藤のその言葉に、二人が結婚している想像をしてふきだした。
「どっちが嫁でも、身長ありすぎで迫力すげぇ夫婦だな」
ハハハッと俺が笑うと、紫藤の顔がゆるんで俺の左肩を抱くようにして肩を組む。
「こうやって一個ずつイベントやってくとさ、卒業式なんてすぐなんだろうね。さくちゃん」
季節は勝手に流れていって、最初はまだどこか中学の延長みたいなガキっぽい顔をした一年がいたはずなのに、あっという間に高校生活に慣れて俺たちを追うようにイベントを一緒にこなして。
「俺たちの卒業式は、吹雪にならないといいな」
俺たちが一年の時の卒業式は、卒業証書授与の途中あたりから吹雪いてきて大変だった。
「あれはすごかったもんな。バス動かなくなるし、保護者帰れなくなるし、購買そばの自販機のカップ麺とポットが大活躍ってな」
「それそれ」
ゆっくりと歩き出し、三年のテントに向かう。
「おーい、黒木。委員会の後輩、お前のこと探してた」
「え? あ、ホント? ちょっと行ってくる」
クラスメイトからの一言で、俺はグラウンドの外周をぐるっと回る格好で救護テントの方へと急ぐ。
保健医と後輩たちを打ち合わせをして、三年のテントに戻る前に水を飲みに行って…っと。
水飲み場の方に足を向けた俺の耳に、聞いたことがある声が入ってくる。
(…タカナシ)
「おーい、小鳥遊」
「なによ」
「バスケの方、応援行くからな」
「あー…おう。お前もがんばれば? 確か卓球だっけ」
「おう」
「結局、リレー…出んだろ?」
の声に、タカナシも出るのか…と足を完全に止めた。
「白崎に出れば? って言われたら、出るよな? お前は」
「…うるさいよ」
話の流れはなんとなくわかった。正直、その流れが面白くないけど。
「お前さ、白崎にあのこと話さねぇの? あの様子だと、話してなさそうじゃん」
「…はあ。これだから幼なじみって嫌なんだってば。いろいろ知ってるからさー。…もう、黙ってよ」
(あのこと? タカナシは、白崎に秘密があるってことか?)
「俺のことなんか記憶になかったぽいんだから、いいんだって。高校入ってから出会って、仲良くなった…ってとこからスタートでも…俺は十分楽しく過ごせてるから」
(高校に入る前に、二人は出会ってる?)
「あの時の白崎のことを憶えているのは…俺だけだって十分。お前はたまたま通りかかって見てただけだろ? 細かいとこまで知らないんだから、余計なこと言ったりするなよ?」
「……お前がそれでいいならいいんだけどよ。なんつーか、すこし…寂しくないか? って思ったんだよ。俺は。教室の中でも、ちーって呼ばれて嬉しそうだっただろ? お前」
「…気持ちだけもらっとくわ。っていうか、ちーって呼ぶなよ? お前は。…あ、他人事みたいに言ってたけど、お前も同じリレーの選手だろ? 忘れてねぇか? それとも、自信ありすぎて、よそ様の心配できるくらいってか? ははっ。お前は大事な一番手なんだから、頼むぞ? 初っ端からコケるとか面白いのはいらないからねー」
「うるせっっ」
タカナシと幼なじみだとかいうのの声が遠くなっていった。そっと顔を出し、水飲み場へと急ぐ。もうそろそろ戻らなきゃいけない時間だ。
水を飲みながら、さっき聞いていた話を思い出す。
タカナシは、どういう出会いかまでは知らないけど、白崎と入学前から面識があった。しかも、タカナシ側はその出会いにそれなりの思い出が残ってる。
ってことは、再会して、同じクラスになって。
白崎の話からいけば、アイツとは学校祭の時以降で付き合いが増えているはず。…だから、そういう近しい関係になれたのは、タカナシの中では嬉しい展開…。
しかも、互いにあだ名で呼び合うくらいにまでに。
「高校に入る前…。俺との再会の前か? 後か?」
そんな順番なんか気にしたって、何かが変わるわけでもないのに、小さいことを気にしがちだ。最近は特に。
「…ちっさくなったなぁ、俺」
まわりが白崎のいいとこにどんどん気づいて、ほうっておかなくなるんだろうって思ってた。
そうして実際、俺が見てないうちに白崎のまわりには人が増えていったんだろうな。
同学年じゃなきゃできないアシスト。それをきっとタカナシがしたに違いない。
たとえ。
――たとえ、白崎が俺と離れている間に前髪を切り、変わろうと努力をし、俺と再会した後にもっと人の目に触れていくことが増えていくにしたがって、俯かなくなったんだとしても。
それを一番近くで見守っていたのは、俺じゃなくて…。
「タカナシ、か?」
何かしらのキッカケを俺が与えた時も、少なからずともあったんじゃないかって思って時期もある。
だけど、それだけでどうにか出来るほどの白崎じゃなかったはず。
片手で足りるほどの年齢差で、今は同じ学校の中にいるはずなのに、二歳差がこんなにも遠い。
俺の方が上にいると思ってたはずなのに、気づけばアイツに俺の場所を取られつつある気がしている。
焦れずにはいられない。
「…くそっ」
アイツの中に白崎とのどんな出会いがあって、譲れない何かがあったとしても。
「俺だって、譲る気は元々…ないっっ」
顔を上げ、視線を右へと流せば一年生のテントがある。
一年生が無駄に元気で、白崎は数人に囲まれてて顔を弄られているのが見えた。
よく見れば、日焼け止めか? あれ。それと…前髪をピンで上げさせられているな。
白崎と同じように、数人の男子がピンで髪をとめて騒いでいる。
最初は嫌そうにしていたのに、タカナシと肩を組み、何かを囁かれた瞬間にふわっと笑ってみせた。
その瞬間、まわりがざわついたのがわかった。
「魅力がありすぎんのも困ったもんだな、アイツは…」
久しぶりに遠巻きながらもしっかり見た白崎は、思っていたよりも髪が伸びたように見え。
「…まさか、な」
入学前に切っていて以降はずっと切りそろえていた前髪が、ずいぶんと伸びているように見えた。




