A._______ 5
~白崎side~
「白崎、こっから参加なー」
小鳥遊がドアを開けて、誰かが唄っているところにかち合ったというのはわかったんだけど。
僕が参加すると声をかけた瞬間、みんなの視線が一斉にこっちを向く。
思わず一歩後ずさってしまうと、僕の手を小鳥遊がつかんだ。
「これ以上、逃げられてたまっかよ」
何かを呟いたような気がするけど「え? なに?」と聞いても「いや?」としか言わない小鳥遊。
「あー、白崎くん。遅いよ」
「遅っっ」
「来ないんだと思ってた」
なんて声をかけてくれる人はまだいい方で、どこか様子見でもしているかのように僕を黙って見ている人も結構いる。
やっぱり参加しない方がよかったんじゃなんて、この時点で思ってしまう。今すぐ先輩に電話をして、ここから逃げたい気にすらなっている。
「あんまいじめんなよ? みんな。白崎にだっていろいろ都合があるっての」
小鳥遊がそういうと、笑う人黙る人、それからそっぽを向く人さまざまな反応だった。
こっちだと示されて、小鳥遊の隣の端っこに腰かける。
先輩たちといた部屋より、かなり広い部屋なんだな。さっき誰かが言っていたパーティールームっていう仕様か。
過去問がいっぱい入ったトートバッグを傍らに置き、ここに来る途中で入れてきたジュースを飲む。
飲みながら、さっき先輩方と盛り上がったやたら長い名前のミックスジュースを思い出しただけで、ふふ…と顔がゆるんだ。
「なんだよ、白崎。さっきの先輩たちとの時間がそんなに楽しかったのか? 明らかに何か思い出して笑ってるだろ」
僕を見透かしたかのように、小鳥遊がいかにも面白くなさそうに囁く。
誰かが唄っていると、声が通りにくい。さっきまで先輩方と一緒にいた時にも、誰かが唄っている時は会話は耳元でやりとりしてた。最初は恥ずかしかったけど、慣れてきたら結構平気になってて。
(っていっても、黒木先輩以外だけだけど)
どうしても黒木先輩の時だけは意識してしまうのか、体は強張るし返事もなんだか声が裏返ってしまったりして自分でもおかしいなと思った。
「まあね。でも、すこしの時間だけどこっちの空気だけでも味わって帰ろうかなって思ってさ」
そういって、みんなの様子を傍観者のように眺め見る。
「みんな楽しそうだけど、本当に僕が来てもよかったのかな? 悪い方に空気を変えなきゃいいなって思うんだけど」
不安になって小鳥遊にそう囁けば、「バカかよ」って肩を組まれる。
「唄う唄わないもそこまで強要してないし、お前が嫌がるなら俺が止めるから。……で、唄うのはどうなの?」
さっきのことを思い出す。先輩方とのカラオケはただただ楽しくて、何もかもを知らない僕を笑うでもバカにするでもなく、どんな歌なら唄えるかとか一緒に探してくれた。
(それからカラオケ無関係で、学校祭で唄っていた佐々木先輩が作ったっていうオリジナル曲も唄ってくれたっけ)
「知ってる歌が少なすぎて、どうしようかなって。きっと、僕がここに来るまでに誰かが唄った可能性あるなって」
僕がそう言えば、曲を予約する端末を手にして、なんて歌? と小鳥遊が聞いてくる。
「えっと……って曲と……ってバンドの…ってやつ。さっき教えてもらったばかりだから、うろ覚えなんだ」
二曲ほど曲名を伝えると、目を瞠って僕をまじまじと見てからこう囁いた。
「その曲、今のところ唄ったやつはいないな」
「え? どっちの?」
「先に言ったやつ」
「……唄うの? 僕。唄わなきゃダメ?」
いざ舞台を整えられるよと言われたら、臆してしまう。
「その曲なら、俺も知ってる。なんなら、一緒に唄うっていうのは? それなら怖くないか?」
小鳥遊の誘いにも似た言葉に、僕は先輩方との時間やもらった言葉を思い出してギュッとこぶしを握る。
「本当に助けてくれるの? 小鳥遊」
遠慮がちにそう囁けば、小鳥遊がははっと笑ってからこう囁いた。
「いつもの強気な口調の白崎もいいけど、弱気な白崎もいいな」
なんて言葉に、僕はムッとして小鳥遊を肘で小突く。
「うるさいよ、小鳥遊のくせに」
「うるさいよ、白崎のくせに」
お互いに肘で小突きあってるうちに、小鳥遊の隣から声がかかった。
何かを小鳥遊が話して、僕の方へとさっきの曲の確認があって、みんなの歌声を数曲聴いた後でいよいよ……となった。
「ここに座ったままでもいいんだよね?」
「舞台に上がりたきゃ上がってもいいけど」
この部屋には一人分のステージっぽい場所があり、時々そこで唄う人がいた。でも絶対じゃないみたいで、ホッとした。
「行かないよ」
「ん、わかった」
予約曲がモニターに現れて数秒後、画面が切り替わって小鳥遊と一緒に唄う曲名が表示される。
「マイク…ここを押して、余計なエコーかかるの切っとけ」
先輩方と使っていたマイクと微妙に違ってて、謎のボタンがついていた。
「…これ?」
「そ」
誰が唄うとか思ったよりもまわりは見ていなくて、食べることや次の曲を何にしようとか、そんなので各々あっちを向いているように見える。
変に意識していたのは僕だけなのかな。下手なことを口にして、自意識過剰とか思われなくてよかった。
少し長めのイントロが流れて、小鳥遊と視線を合わせて一緒に唄い出す。
原曲の音の高さで唄えるものの方がいいって、先輩方が自分たちが唄うよりも僕のために費やしてくれた時間の結果だ。
少し緊張していたけど、唄いながらさっき先輩方と唄っていた時にここを気をつけろとか、ここは苦手そうだなって言われたことを思い出していく。
たどたどしく唄う僕の横で、小鳥遊が肩を組んだままで楽しそうに唄っている。
僕も一緒に楽しい気持ちが伝播したように、自然と笑顔になっていく。
僕が笑うと小鳥遊が一瞬驚いた顔になって、でもすぐにまた笑顔に戻って唄い続けていく。
僕の歌声は、みんなにどんな風に聴こえているのかな。音痴じゃないよって赤井先輩は言ってくれた。
(よくある普通の歌声だったら、それで十分だよね)
唄いつつ、ぼんやりとそんなことをも思いながら二番にさしかかる。
心臓はずっとドキドキしていて、でもなんだか楽しくて。
(あぁ。もうすぐ歌が終わってしまう)
とか思うなんて、自分なりにこの時間をいいと思っていることに気づいた。
ちょっとずつでいいんだからなって背中を押してくれた先輩方の声を思い出し、本当にちょっとずつ頑張ってみようと思った。
誰とも関わらずには生きられないんだろうから、自分なりにやってみよう……と。
『……だからー、あるいーーーていこーーーう』
最後のフレーズを唄いきって、ふう…と息を吐くと。
「白崎!」
隣から小鳥遊が、手のひらをコッチに向けて掲げてくる。
よくわからないままに、真似て手のひらを掲げれば、その手に向かって合わせるようにぶつけてくる。
首をかしげる僕に「ハイタッチっていうんだよ」と、教えてくれる。
「なんだよ。普通に上手いじゃん、お前」
少し興奮気味に言ってから、僕の肩を自分へと引き寄せた。
「そのうち一緒にまたカラオケ来てさ。唄える曲を増やすってどう?」
小鳥遊の言葉に、僕は首をかしげる。
「どういう意味? それ」
唄うために来るのはわかるけど、唄える人が来るのがカラオケじゃなくてもいいの?
「他の誰かがいたら緊張するかもだけど、どうせ相手が俺だけだったら、そこまで緊張しないだろ? ここはな、そういう練習をこっそりしてもいい場所なんだから」
そういう使い方でもいいんだ……。そっか……。
小鳥遊が僕がこういう場所に来やすいように誘ってくれている……って思ってもいいのかな。
「お前って、そんなにいいやつだったっけ」
でも素直じゃない僕は、そんな返ししか出来ない。
「結構いいやつだぞ、俺は。お前が知らないだけで」
「自画自賛もほどほどにね」
そう言ってから、ジュースを一気に半分くらいまで飲む。思ったよりも喉がカラカラだ。
僕が唄い終わった後には、すこしの拍手が聞こえて、こんな感じなんだなとその空気を確かめた。
一曲だけ唄った後は、ただみんなが唄うところを見て、聴いて、小鳥遊と話して。
「じゃあ、最後に委員長から一言!」
という締めの言葉で、打ち上げは終わりを告げる。
支払いをして、この後は自由解散になった。
過去問いっぱいのトートバッグを肩に、僕はみんなと一緒に一階へと降りる。
エレベーターを降り、それじゃとみんなへと背を向けた僕の腕を。
「お前、素っ気なさすぎ」
と、小鳥遊がつかんでいて。
「プリ一緒に撮れ」
半ば命令のようにそう告げたと同時に、グイグイとゲーセンコーナーへと僕を引きずっていく。
「嫌だよ、小鳥遊とプリなんてめんどくさい」
「ひっでぇ。……どうせ、あの先輩方とは撮ったんだろ?」
「当然だろ? 撮ろうって言われて、断る理由がないから」
「じゃあ、俺にはめんどくさいって理由で断るって?」
「そうだね。十分な理由だと思うけど?」
「…ひっでぇ。ちなみに、撮ったプリって?」
小鳥遊がどんな意図でそれを聞いてきたのかなんて、僕には察することも出来ず。
というか、察するつもりもなかった…が正解かもだけど。
「初めてだったから、よくわからなくってさ。ココ見ろって言われても、結局どこか違うところ見てたんだよね」
とか言いながら、手帳に挟んでいたプリを小鳥遊に見せた。
「あ、ベタベタさわらないでね」
「…っかってるよ、んなこと」
口を尖らせながら、僕と先輩方のプリを思ったよりも長いこと見ている小鳥遊。
「もういいだろ? 返して」
手のひらを上にして、よこせと示すと、さっき同様で口を尖らせたままで無言で手のひらに返してくる。
「ふふ……」
手帳にしまう前に、僕もそのプリを見て顔をゆるめる。
ボディーバッグの中にしまってから、その上からポンと叩く。大事なものがここにあるって、思いながら。
視線を感じて小鳥遊へと視線を向ければ、なんだか泣きそうになっていて。
「どうかしたの?」
なにかよくわからないけど、とりあえずティッシュをと思ってバッグからポケットティッシュを出して渡す。
「いらねぇ」
けど、それはすぐに突き返されて、小鳥遊は涙を袖口でグイグイと拭っていた。
「僕、もしかして小鳥遊を傷つけた?」
タイミングだけで考えれば、もしかしたら……と思った。
「別に」
でも小鳥遊は、別にと言うだけ。
エレベーターを降りてから、ゲーセンの入り口付近でそんなやりとりをしている僕ら。
と、やっている僕らのところへ、委員長がやってきた。
「白崎くん!」
「あ」
入室してから、特に何か会話をしたわけじゃなかった僕。
「遅くなって、ごめんなさい」
バツが悪かったのは本当で、でも小鳥遊がそんなのいいよと言わんばかりに過ごさせてくれてて。
「ちょっとだけでも一緒に打ち上げ出来たからいいよ。来てくれただけでも、十分。……白崎くん、来年もこのメンツで学校祭…楽しもう」
委員長のその言葉に、僕はこう返す。
「次は、裏方でよろしく」
って。
そんな僕の言葉に「まさか」と委員長が言う。
「さっきの歌声もそうだけど、出来ればどんどん前に出るべき人だと思うよ」
委員長のその言葉に、すぐそばにいた他のクラスメイトの子が話に割って入る。
「あー! 思った。ほら…三年生のバンドあったでしょ? あんなのもやったらいいのにって思った」
「それに同意だな。普通に上手かったと、きっとみんな思ったよ」
歌のうまさはよくわからないから、僕は首をかしげる。
困って小鳥遊を横目に見れば、鼻をすすってからさっきのように肩を組みながらこう言った。
「よほど自覚でもしてなきゃ、歌の上手さなんかわからないから。白崎は。なんたって、自己評価低すぎだから。コイツ」
上手いなんてちっとも思えなかったのに、何を言ってるんだ? とばかりに、小鳥遊を睨むと。
「ほーら、怒ってるポイントが絶対違うから。コレ」
そういって、僕の頭を指先で小突く。
「痛いし、なんで小鳥遊なんかにコイツとかコレ呼ばわりされてるのかわかんないんだけど」
組まれている肩をほどこうとすると、「寂しいこと言ってんなよ」ともっとガッチリ肩を組まれる。
「お前のことを通訳できるのは俺だけだって…そのうちわかるからな」
さっきまでの泣き顔はどこへ行ったのかわからないほどの笑顔で、意味不明なことを言い出す。
「じゃあ、俺たちプリでも撮ってから帰るから」
勝手に委員長ともう一人の女子に声をかけて、僕の体の向きを勝手に変えてしまう。
「あ…っ、ご、ごめんね! それじゃ…あの…また学校で」
なんとか顔だけ振り向き、二人に声をかける僕。
「また明日!」
「またね」
二人の声をなんとか聞きながら、小鳥遊に引きずられるようにしてプリのコーナーへと歩いていく。
「ほんっと…強引だよね。小鳥遊って」
ブーブー言いつつも、二人でどの機械にしようかうろつく僕に小鳥遊が何かを呟く。
「じゃなきゃ、かかわろうともしないくせに」
「なに? そっち向いて言われても、聞こえないけど?」
文句のようにそう言っても「別に」しか聞こえない。
「……もう。ご機嫌なのか不機嫌なのかわかんないよ」
ため息まじりにそう言えば「かなりご機嫌だけど?」と今度は笑顔でこっちを向く。
理解不能な生き物を見ている気にもなりつつ、機械を決めて二人でカーテン状のものの奥へと進む。
何パターンか撮った後、最後にもう一枚となった時に最後だけはポーズ指定させてと頼まれた。
流行りのポーズとかよくわからない僕は、ただうなずく。
「じゃあ、お前はここで目を閉じているだけでいい。撮り終わった後も、俺がいいよって言うまで目を閉じてて」
「……そんなのでいいの?」
「いい」
「…ふぅん」
言われるがままに僕は黙って目を閉じる。
片手だけ目を閉じたままでなにかのポーズを取らされているけど、何の意味かは知らない。
暗闇の向こうから、機械から発せられるカウントダウンが聞こえる。
すぐそばに小鳥遊の気配を感じるんだけど、何をしているのかはわからないままだ。
シャッター音がして確認をうながす声が続き、その後に右肩をポンと叩かれた。
「次はあっちでプリントするのを決めて、落書きするんだけど。お前もしてみたい?」
そういえばそんな流れだったなと思い出しつつ、一緒にしたい? と小鳥遊に聞いてみる。
するとなぜか小鳥遊が真っ赤になって、首を振るんだ。
「残念だけど、小鳥遊がそう思うならおまかせするよ。…あ、おかしなことは書かないでね?」
なるべく笑顔でと心がけて、小鳥遊に残りの作業をまかせる。
「う…うん。わか…った」
微妙な反応の小鳥遊の様子に首をかしげながら、僕は少し離れた場所でプリの出来上がりを待つ。
さっきのように、またメールをしたら画像保存できるのかな。小鳥遊に教えてもらわなきゃな…なんて思って、その帰りを待つ僕。
「ごめん。思ったよりも待たせたよな」
小鳥遊が小走りで僕へと駆け寄ってきて、なぜか裏の白い面を表にして僕へとプリを差し出してきた。
不思議に思いつつもそれを受け取って、プリをひっくり返した。
「…………え」
撮った記憶がないポーズは、さっき僕が目を閉じていた時のものだってわかるんだけど。
「小鳥遊……?」
まさかの落書きに、僕は小鳥遊の名前を呼ぶだけで精いっぱいだったんだ。




