最初の一歩 2
~白崎side~
毎日やることがありすぎて、気づけばあっという間に過ぎ去っていく。
暇を作ってでも会いに行こうとしたのに、思っていたよりも時間が作れずに先輩分という名の栄養不足だ。
鉄分のサプリみたいに、僕専用の栄養として配布してほしいとか思うあたり、思いのほか疲れているのかもしれない。
メールの受信音が鳴って、僕はスマホをタップする。
「…なんだ。先輩じゃないや」
学校祭の関係上、クラスのグループ連絡をつけられるようにと交換したメール以降、なにかにつけて連絡が来るのが正直…ウザイ。
「こんなの別に明日学校で言えばいいだけの話だろ。…なんでわざわざメールしてくるんだ」
ため息をつき、最後に送られてきた先輩のメールを開く。
『3年生の出し物に参加が決まったぞ。白崎にも楽しんでもらえるといいんだけどな』
という一文と、なぜかとある曲がネット配信されているURLも送られてきた。
「なんだろ。この曲を使って、演奏…ダンス…他になにが考えられるかな。…でも、先輩が参加するならスマホで撮影して、永久保存確定だな」
何度も見返したメールを閉じて、机へと向かう。
学校祭の準備はあるけど、学校祭の後にはテストが待ち構えている。
その準備で忙しかったので、勉強していませんでしたなんて格好悪い。
どうせならその状況下でもキッチリ点数を取って、先輩に報告したいから。
ふと思いついて、部屋を出てキッチンへと向かう。
「兄ちゃん、勉強してたんじゃないの?」
弟がリビングでお菓子を食べながら、ソファーに寝転がっている。
「あ、うん。なんだけど、飲み物持っていこうかなってさ」
僕がそう返すと、弟の方から聞いておきながら素っ気なく「ふうん」とだけ返してテレビへと目を向けた。
それもいつもの感じだから、別に気にしないけど。
「マグカップ半分…お湯…で、ティーバッグは二個……」
思い出しながら簡単に電気ポットで沸かしたお湯で淹れていく、例のアレ。
ピピピピピとボタンを押して、キッチンタイマーをオンにした。
「蒸らしている間に、牛乳をあたためて……それを入れてから…二分」
レンジの中でグルグル回りながらあたたまっていく牛乳。こうして待っている時間すら、先輩を感じてすこしだけ力が抜ける。
緊張感がどこかへ行ってしまう。
(好きな人のことを想うだけで、こんなにも満たされるんだなぁ)
今の自分の背を支えてくれているのは、先輩への想いだけ。それをいろんなタイミングで思い出しては、胸の奥が満たされていくのを知っていく。
毎日毎日、想えば想うだけ。
「あとは…砂糖を…。ん? 先輩、どれくらい入れてたっけ」
先輩の家では調味料入れに入っている砂糖から入れていた。中にあったスプーンは小さめだったはず。
「うちのって、スプーンが思ったよりも大きいんだな。…確かあのスプーンで二杯だったっけ? じゃあ、うちのだと…一杯? か?」
ぶつぶつとひとり言を言いながら、何とか淹れられたミルクティー。
二度ほど息を吹きかけてから、音をたててすすり飲んだ。
「……ん。思ったよりも上手く出来た」
あの味を再現できたことで、ご機嫌だったんだろう。
「ずいぶんと顔がゆるみっぱなしなんだけど……。そんなに美味いモノ飲んでんの? 兄ちゃん」
弟に指摘されて、反射的に顔をそむける。
そんなつもりはなかったんだけど、先輩が絡むと僕は油断しちゃうのかもしれない。
「…ただのミルクティーだよ」
そういってリビングを通って部屋へと戻る。
部屋でミルクティーを一人…飲みながらワークを書き進めていく。
スマホを操作して、先輩が持っていたCDの中の曲を流す。クラシックのやつだ。
勉強する時にもいいぞと言われてから、こっそり家ではこれをかけている。
単純かもしれないけど、なんだか勉強の進み具合は以前よりもいい気がして。
「これで成績が上がったら、先輩のおかげです! とか言いに行けるな」
小さな計画を立てて、またペンを走らせる。
机の上に置かれた、卓上型のカレンダーをチラッと流し見る。明日は、学校祭の三日前。ちょっと嫌なことが待っている。
うちの学校の学校祭の時にやっていることらしいけど、それぞれのクラスの出し物を宣伝するようにプラカードを手にして、場合によっては衣装を着て校内を巡回する。
ってことは、だ。
「…あの衣装着て、練り歩けって……嫌すぎる。そこまで協力する必要性がどこにも感じられないのに、やらないわけにいかない空気がありすぎだし」
去年は先輩はカフェエプロンを着けて、執事の格好をしたクラスメイトと歩きまくったらしい。
「見たかった。絶対にカッコよかったはず。しかも先輩が作ったものが食べられたなんて…悔しいなぁ」
連絡がつかなかった時期を思い出して、子どものように口を尖らせて拗ねる僕。どうせ誰も見ちゃいないんだから、そんな僕が表に出たっていいだろう?
「写真……ないのかな。先輩に聞いたら、画像回してくれないかな。…でも先輩だったら、恥ずかしいから嫌だっていいそうだよなぁ。…どうにかして写真、手に入れられないかな」
ブツブツと文句を言いながら、スマホの画像フォルダを開く。
二日目のお泊りになった日、タコが入らないたこ焼きパーティーをした僕ら。
ソースを口元につけて笑っている先輩を一枚撮って、消せよ! と言われたものをこっそり取ってある。
「ふふ。…すっごくいい笑顔」
いろいろあったけど、あの二日間は僕の中で奇跡みたいな時間だった。雨はすごかったけど、恵みの雨だと思ってしまった。
嫌なことがあっても、先輩のことを想うだけで、顔を見るだけで、先輩が好きなものを共有するだけで…リセット出来る気になる。
「先輩のことを好きだって認めてからの方が、ずいぶんと…楽になれたかもな」
同性を好きになってしまって、思うことはいろいろあるはずなのに…それでも自分だけはそんな自分を許してやりたくなる。――先輩を好きなままでいていいよ、と。
ワークのページをめくり、ペンをまた走らせていく。
教科書を開いて、指先でページをなぞりながらワークと照らし合わせていく。
「…あー……ここ、か」
付箋を取り出して書き込み、ワークの端に貼って。
「先輩に聞いたら教えてくれるかな、これ」
わからないわけじゃないけど、ケガ以外での先輩に会うための理由が欲しい。
先輩は理数系が強かったはず。文系は多分、僕の方が強いかもしれない。
先輩に頼めばきっと、しょうがないなとか言いながらも助けてくれそう。図書室で勉強を一緒にってお願いするのは、ダメかな。受験生だし、クラスメイトと一緒にやるのかもしれない。
「…でも、聞くだけなら……いいよね」
なんだっていいんだ、先輩と一緒にいられるならば。
親切にしてもらえたから。背中を押してもらえたから。単純にいえば、それが先輩を気にするようになったキッカケかもしれなくたって、それはただのキッカケでしかない。
先輩を知れば知るだけ、どれほど魅力的な人かを痛いほどに知っていった。
そんな気持ちを意識しながら、どうしても外せないことはたった一つ。
『僕は男で、先輩も男で』
そこは揺らぐことのない事実で、現実だ。その設定の上での、恋だ。
女子よりも不利な場所に立っている僕が必死になるのも、当たり前のことだよね。…相手が男だって、好きなものは好きなんだから。
「…ふう。ワーク終わり。あとは、明日の準備をして寝よう」
ガタガタと教科書を差し替えて、持ち物を再確認して鞄を床に置いた。
「明日…白雪姫の衣装を着て……五時限目の学校祭準備時間に…はぁ…」
頭の端っこから消えてくれない、明日の予定。
「先輩。あの衣装を着た僕を見て、笑ってくれるくらいだったらいいんだけどな」
嫌なことではあるけど、せめていいことが一個でも返ってきたらと思う。僕にとっては、先輩の笑顔はご褒美でしかないんだから。
「あの衣装、元の白雪姫の服よりも脚が見えるのが嫌なんだよな」
先輩の笑顔を明日着る衣装とを、交互に思い出してため息をつく。
「ま、悩んだって明日は来る。…どうか先輩がいい反応をしてくれますように」
星に願う気持ちで、スマホの中の先輩に手をあわせる。
「おやすみなさい、咲良先輩」
内緒の呼び方で沈みかけた気持ちを持ち上げて、僕はそっと目を閉じた。




