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せんぱい! 先輩! センパイ! 2


~白崎side~




シャワーを浴びて、部屋でドライヤーをかけようとタオルを肩に掛けて部屋へ戻る。


6月になっても、北海道はどこか涼しい夜があって薄手のカーディガンを手離せない。


床のクッションに座って、タオルでわしゃわしゃやりながらドライヤーをかける。


この方が乾くのが早いんだよな。


細くて毛量だけそこそこあるから、こまめに髪を梳きに行かなきゃ膨らみがち。


「やっぱ、ちっとも痛くなかったな。シャワー浴びても…指」


ドライヤーをOFFって、コードをまとめながら指先を視界に入れる。


「大したケガじゃないって言われるんだろうな、次に行くまで見つかったら」


そう言いながら、数日は絆創膏を貼っていくつもりだ。


じゃなきゃ、本当に言われそうだ。あれっぽっちで保健室に来るなって。


「…そんなの嫌だ」


明日提出の課題に手をつけ始めると、ポコンと通知音が鳴ってスマホが光った。


『指、どうだ?』


珍しくメールをしてきた先輩の、たった数文字に心が躍る。


『まだ痛いです』


嘘を送り返して、返信を待つ。


『だから紙は気をつけろって言っただろ』


『でしたね。気をつけます』


『今度会った時に、いいものやるよ』


ドキドキする。いいもの? いいものじゃなくても、先輩からもらえるならなんだっていい。


『期待しないで待っておきます』


ちょっとの線引きをして、甘えすぎない言葉を送り返す。


『っと、かわいくねぇな。お前は』


文字だけだと読む人によっては、すこし冷たく感じるかもしれない言葉だけど、僕は先輩の表情が想像できるくらいに冷たさなんか感じていない。


呆れたような笑ってるような、でもしょうがねぇな…って顔で言われる『かわいくねぇな』は、好意が混じったもののはず。


その言葉が欲しくて、可愛げのない後輩を演じているようなものだから。


『言ってくれたら、取りに行きますよ?』


何をくれるのかわからないけど、くれるものは後輩的に受け取りに行った方がいい気がして。


『それじゃ、近々知らせるわ。そしたら、その場所に来てくれるか?』


小さな約束が嬉しい。先輩にはオカシな感情はないのに、きっと。


『はい! 連絡待ってます!』


そう返せば、『元気よすぎ。じゃあな、おやすみ』と胸の中があたたかくなる言葉で終わりを告げられた。


『おやすみなさい』


小さな小さな、冷たい四角い機械だってわかるのに、スマホを胸に抱いてホゥ…と息を吐く。


なんてことない、何の気もない言葉のやり取り。先輩にとっては、本当にそれだけだと思う。


「でもね、先輩」


引き出しの中にしまったままの、中学ん時の生徒手帳を思い浮かべて目を閉じる。


「ほんとに、ほんとに……それっぽっちが僕にとっての宝物なんだ」


そうして思い出す。出会いこそ普通だったけど、普通の日々を過ごしていった先の別れの日。


「先輩が、僕をどれだけ変えてしまったか。いつか打ち明けられたらな…」


傷痕もほとんどない指先を、親指で撫でて。


「僕の、唯一の人なんですよ? 先輩は」


心だけあの日に戻る。


中1の夏休み明けに転校して、校内案内をしてくれたクラスメイトが教えてくれた保健室。


そこにいた先輩。


僕が初めて会ったクラスメイトたちに囲まれ、他愛ない話で盛り上がってたタイミングで「うるさくすんなら帰れ!」とか笑いながら叱りつけていた。


みんなから離れた場所で遠巻きにその光景を眺めていた僕に、「お前は静かだからいてもいいぞー」って声をかけてくれたんだ。


転校生だってみんなが話してくれて、そこで初めて自己紹介をして。


やりたい委員会なきゃ来いよって言ってくれたのがキッカケで、卒業までずっと保健委員会にいた僕。


転校先でも、その前の中学同様に「キレーなお姉さん顔」とか冷やかされてて、特に目が切れ長だから隠すように前髪を伸ばしてたんだ。


先生からも前髪を切れって言われていたけど、いろいろごまかしつつ伸ばしていた前髪。


それを切るキッカケをくれたのは、先輩だ。


――黒木先輩の卒業の日。


保健室にいた先輩に、声をかけた。


「今日、当番じゃないですよ?」


なんて、冗談っぽく。


「わかってるって。もう、当番の日はねぇよ」


そういいながら、ベッドの方へ行き、黒い学ランの上着を脱いでベッドに放り。


「……こっからの景色も、今日でおしまいかー」


ベッドに腰かけて、窓の外を眺めていた。


「ですね。…いつでも遊びに来ていいんですよ? 寂しくて泣いちゃう前に」


「だーれが、遊びに来るかって。高校生活で手一杯になるだろうから、んな暇ねぇわ」


先輩の横に、僕も腰かけて。二人で3月でも普通に雪が降る、寒そうな外を眺めていた。


「先輩、ボタン全部取られちゃったんですね」


不意にそう聞いた僕に、いかにもめんどくさそうな顔つきでこう言った。


「は? …あぁ、ボタンな? …ほら、お前にやるわ」


「へ?」


前フリもなく渡された制服のボタンが、僕の手にある。


「仲間内と話してよ? 第二ボタンは全員外しておいて、やりたい奴にやろうってなった。っていっても、誰かに欲しいって言われていなきゃ自意識過剰な行動だよな? ははっ。…でもな、俺…好きな女子とかいなかったわけでよ。正直どうすっかなって思ってた。…っても、他のやつらの手前、その話に乗らないわけにいかず。それにさ…結果なんて言わなきゃバレない…だろ? それぞれで誰かに渡したかもだし、俺みたいに持ってるやつもいただろうし? 俺は…持って帰るのもシャクだしな? だからよ、お前…持って帰れ。縁あって同じ委員会になれたよしみで」


「は? じゃ、これ…第二?」


「あー、そうなるな」


「なん…! え? いや…」


こんな時に思う。前髪の隙間から見る先輩の表情が、いまいちわかりにくい。


前髪を避けて、ちゃんと顔を見たい…と。


「あ。…嫌か、やっぱ」


かたまる僕の手から、ボタンを取ろうとする先輩。


僕は反対側の手で蓋をするようにし、ボタンを死守した。


「イヤです! いただきます! 返しません!」


そうして、胸に手をぎゅっとあてて、抱きしめるように体を縮こませた。


「そこまで言うなら、くれてやる。1年にも満たなかったけど、一緒に委員会やれて楽しかった」


この時はまだ、先輩がわずかな期間の付き合いに、贈り物までくれたことそのものが嬉しくって。


「先輩! ありがとうございました!」


首をかしげるように感謝を伝えた時、たまたま僕の前髪が割れて、先輩にハッキリと目を見られた。


その刹那、先輩の手がやけにゆっくりと動いてくる感じがあった。


「……これ、いつか切ると思ったまま…切らなかったな。お前」


そういいつつ、指先で僕の前髪をすいっと避けて目を合わせてくる先輩。


いつもならそんなことされたら、嫌だ! って逃げるか突き飛ばすくらいなのに、目が合ったままの先輩の目を見続けていた。


「俺は、お前の目を見て話がしたかったよ。…隠したいものは隠してたら安心するんだろうけどな? でも、よ。これは俺のワガママだけど、お前と目を合わせて、ちゃんと表情をみて…いろんな話をしたかった。それこそ、その前髪にしている理由(わけ)だって、いつか話してくれたらと思ってた。…そこまで安心させてやれる先輩になれなかったけどな」


先輩の言葉は不思議で、何の迷いもなくまっすぐ僕の心に届く。一緒にいた間、いつも。


「俺は…お前の瞳はキレイでいいと思うんだけどな」


そう言って、前髪を元に戻してから僕の頭をポンポンと二度手のひらで叩き。


「口も悪けりゃ態度も悪い俺と、これだけ付き合ってこれたんだ。…怖がらず、いろんな人といっぱい話せるようになれるといいな?」


何も打ち明けたことはないのに、僕が抱えていた心の重りの一つを先輩が軽くしようとしてくれる。


「ただ、焦らなくていいからな。無理もすんな。一歩踏み出した次を踏み出す時も、きっと勇気がなきゃ無理だろうしよ」


ゆっくりとベッドから立ち上がり、思いきり背伸びをしてから僕を振り返る。


「お前はお前でいーんだよ」


女っぽい顔つきも、それを冷やかされるのが嫌で前髪を伸ばしていたのも、なんとなく作ってた壁をそのままでいいと思っていたわけじゃない僕の気持ちも、焦ってたことも。


「髪切って、顔出して、まんま付き合える友達が出来ること…祈ってやるから」


どこか上からな物言いで、でも優しく背中を押してくれた。


「前髪切ったら……また、話してくれるんですか?」


先輩が欲しかった返事はそれじゃないはずなのに、その時の僕にはその返事が精いっぱいで。


「もちろん。いつかまた話そうな? …っと、その前によ。お前、メールしたら返事よこす方か?」


スマホは持っている。でも、学校には持ち込み禁止だから家にある。


「先輩からなら、返信しますよ?」


素直に嬉しいと言いたいのに、こんな言葉でしか返せない僕。内心、いいのかな? と思うのに、教えないという選択肢は最初からなくて。


これからもつながっていけるキッカケを、先輩の方から作ってくれた。それを失くしたくない。


「ついでに番号も聞いといていいか? 特別なにかあるわけじゃねーんだけど…なんとなくな」


「…はいっ」


胸があたたかくなって、ぎゅっと痛くなって、ドクドクと早鐘が鳴るように心音がにぎやかになって。


保健室で使っていた、廃棄コピーのメモ用紙を互いに一枚ずつ手にして。


「……ホラ。失くすなよ? なんせ、この俺の個人情報だから」


「先輩も失くしたりしないでくださいね? 僕の個人情報ですよ?」


渡しあい、小さくうなずきあって。


互いのメモには名前と電話番号とメアドが書かれてあって、このクセ字をここで見ることがなくなるのは寂しいと感じた。


「フラグじゃねぇよな? この会話」


「そうならないようにしてくださいね? 先輩」


その会話を最後に、先輩は保健室を出ていく。


毎日のように見た背中を見送り、ドアがパタンと閉まった瞬間…知ってしまった。


憧憬だとかのカッコいい感情じゃない。


「僕は…先輩のことが……好き、だと思います」


ただの、恋愛感情。


「きっと…………ずっと…」


普通じゃない、恋愛感情。


男の僕が好きになったのは、男の先輩。


前髪を避けて、僕の目を見て、話をしてくれた人。


僕の顔や目についてマイナスのことを言わない人。


前髪を避けて話をしていた時に、本当は……もっと触れてほしかった…大好きな人。


そういう感情を僕が自覚がないまま、この胸に抱いていたってことを知ってしまったんだ。





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