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特別な一日 1


~黒木side~



俺の胸の奥を軽くしてくれた白崎に、今この場所で俺が出来うる形で返したかった。


本当に、たったそれだけだった。


軽い気持ちで切り出したつもりなんかなかったのに、予想外の言葉から話は始まった。


俺のことを神様だとか言い出すもんだから、自分のことだと理解するまで瞬き数回分使った。


「は……。お、れ? 神さま?」


神様どころか、ほったらかしにして期待を裏切ってきたんだから、むしろ悪魔とか言われても仕方がないってのに。


「…はい。僕の神様です」


聞き返してみても、同じ返ししか来ない。しかもどこかうっとりしながら、俺を見つめている。


「俺、何か特別なことした記憶ないぞ? むしろ、寂しくさせて酷い先輩だと思っていたくらいだってのに」


白崎が入学してから数か月で、きっとまだまだ埋まられていない空白の時間。


そこを穴埋めしなきゃいけないほど、白崎を待たせてしまった。約束をしておいて、置き去りにしたようなもんだ。


中学の卒業式前に再会した白崎は、前髪を切り、視界が開けた状態で。


俺が背中を押したから髪を切り、そして自分は変われたんですと呟いた。


前髪のない白崎が、目を合わせて俺と向き合って。


俺がキレイだと褒めた目は、あの時と変わらずどこか潤んで艶があって。


「まぁ、あの時はさすがに感情が抑えきれなくって、先輩に文句の一つでも言ってやりたい! ってなりましたから。……あの時はすみませんでした」


「いや、いいって。俺が悪かったんだから」


俺がそう言えば、俺の手に重ねられたままの白崎の手にかすかに力がこもる。


「先輩の中で、俺の前髪を切るキッカケを作っただけだと思ってますか? 先輩がしたかもしれないことって」


実際それだけだろう? 結果だけでいえば。


違うのかよといわんばかりに首をかしげて、白崎を見つめれば「ふ…」と短く笑ってゆるく首を振った。


「それっぽっちで、ここまで感謝しませんよ」


白崎が俺と目を合わせているのに、目の前の俺じゃないナニカを見ている気にもなる。


どこか遠く、だ。


(俺が卒業してからのことでも思い出しているのか? もしかして)


「僕ね、先輩。小さい時から、かなり長いこと…自分の顔が大嫌いでした。鏡を見るのも嫌で、顔のベースにもなってる母親に話しかける回数が減って。口元のほくろが更に色っぽいだのなんだのと冷やかされて、顔を変えられたらいいのにと思っていたんです。ずっと、ずっと…ずっと」


たしかにキレイ系の顔つきではある。特に前髪を伸ばしていた時期には、口元だけは目立って見えていたから、ほくろは目立った方だろう。


「僕、先輩みたいになりたかったんです。転校してきて、案内されて入った保健室で先輩の顔を見た時、欲しい! と思いました。…そんな魔法みたいなこと無理だってわかってるのに、いいなって思いました」


そう言われて自分の顔を思い出す。


「その辺にいそうな顔だろう? 平凡だと思うけど」


空いている方の手で自分の顔をペタペタ触ってみる。


「珍しくもなんともない顔だろ? こんな顔がいいのかよ」


首をかしげてそう呟けば、「どこがですか」と呆れたように返される。


「先輩の目は切れ長の僕の目より、かなり大きいし、まつげも長い。こういうこと言われるのは不愉快かもしれませんが、すっごく可愛らしいんですよ。その顔に、黒髪。地毛で茶髪の僕は、どうしてもチャラい感じになる。先輩のその髪色が地毛なら…と思ったこともあります。黒く染めたくても、それは校則違反だとか言われたんで、染められず。…あれもこれも可愛らしいんです、先輩は。とにかく羨ましいんです。…といっても、自分の魅力は自分じゃわからないって言いますしね? 先輩があざといタイプじゃなくてよかったなと、つくづく思います」


「…あざと…」


どうやら白崎はあざといタイプは好きじゃないようだ。


「お願いなので、先輩はそのまま変わらないでいてくださいね」


「よくわからんけど、わかった」


「…わかってないなら、わかったとは言わないでくださいよ。…もう」


なんだか今度は叱られた気になる。…なんでだ。


「話が逸れましたけど、僕が抱いていたコンプレックスが顔にあって。ささやかな抵抗のつもりで、目だけでもと隠していたのがあの前髪で」


話しながら、ココアを飲み干した白崎に何か飲むかと無言で示せば、小さくうなずくだけ。


今度は二つとも俺の濃さでココアを作って、コトリと目の前にマグカップを置いておく。


目を細めて何度か息を吹きかけてから、一口だけココアを飲んだ。


「…で、その前髪だけで、気持ち的にはどうにか出来ていたのか?」


と俺が問えば、「気分だけでした」と言ってから、ため息をつく。


「根っこの部分が変わるわけがないのをわかってても、前髪を切れないまま。わかってる。わかってるのに、一歩が踏み出せない。そんな気持ちを抱えながら、いつまで僕はこうしているのかと、頭の端っこにいつもあって。そうしている間に、人と関わること自体から逃げるようにもなって、悩みが年々増えていったんです」


白崎の視線が窓の方へ向き、薄暗い空を見ているよう。コツコツと窓ガラスを鳴らす雨音が静かな部屋に響く。


ココアをすすり飲む音が二度ほどしてから、白崎が話を続けた。


「自分でもくだらないことしてるなって思っていたタイミングで、転校することになって。転校初日は前髪を切っていこうと思っていたのに、登校前日は何かと忙しくて切りに行くことも出来ず。タイミングを逃したと思いながら、心のどこかではホッとして。忙しかったからだと自分に言い訳をしていただけなんですけどね、それって」


相槌も打たないのはおかしいので、白崎の目を見て口角だけ上げて笑う。


ちゃんと聞いているぞ、と。


「…………こんな顔になりたい。こんな人になりたい。最初はそんな感じで先輩と話していたんです。そのうち、こんな風に人と関われるようになりたいと思うようになりました。…保健委員会に入って、先輩と当番をやるようになってから」


「俺と当番やる前にだって、他の委員と当番をやったこともあったよな?」


「ありましたけど、やっぱりどこか壁みたいなモノがありました。自分だけじゃなく相手にも。…でも先輩は最初っから、壁なんてどこにもなかった。不思議なくらい、普通に話が出来てましたしね」


あの頃を思い出してみたけれど、俺が話しかけたら普通に返してきていた白崎しか浮かばない。


他の連中とのやりとりは見ていなかっただけに、比較のしようがない。


首をかしげていると、ふふ…と笑う声がした。


「先輩にはそれが普通だったんですよ。だから、わからない。きっとあの頃の他の委員会の人に聞けば、話しにくかったって言いますよ。お互い、必要最低限の会話しかしてませんでしたから。沈黙の時間が長くて、キツイなぁと思っていたはずです」


他の委員会の連中を思い出してみても、みんな普通に話せるメンツばかりだった。


「先輩の中ではその感覚が違うんだとしても、それは対・僕か対・先輩か……の差です。思い出せなくても当たり前でしょう。でもね、先輩。僕……先輩が僕の目を見て話してみたかったって言ってくれただけだったのに、それがたまらなく嬉しくて、嬉しくて、それを叶えたいって思って。春休みの間、先輩からの連絡が来なかったけど、いつ来てもいいようにって切りに行ったんです」


そのエピソードに、思わず目をそらす。


「…悪い」


俺が口にした小さな願いを叶えるために、準備をしてくれていたっていうのに。


「ふ。……この話をしたら、毎回先輩が謝るのは嫌だな。もう責めてませんよ? 意趣返しもしませんから」


バツが悪そうな顔をしているんだろうな、俺が。白崎の方が申し訳なさそうな顔で、口元だけ笑って俺を見ている。


「連絡をもらえなかった理由をごまかさずに話してくれたじゃないですか。それで十分です。毎回この話になるたびに、話が中断するのもよくないんで、もうこれで終わりにしましょうよ。先輩」


「…悪い」


それ以上も以下も言葉が出てこない。というか何を言えばいいのかわからない。許される言葉が浮かばない。


「そうやって罪悪感を抱いてくれるほど、僕は先輩に思ってもらえている。その事実が僕の心を満たしてくれているんです。もう罪悪感は抱かなくていいので、それとは無関係でこれからもそばにいさせてください」


「そんなの当たり前だ!」


反射的に前のめりになりながら、白崎へと伝える。


「ただ同じ委員会だっただけの始まりだけど、俺は俺なりにお前のことを大事に思ってるつもりだ。下手すりゃどっちからでも、その縁は切れてもおかしくなかったのに…切れなかった。だから……これからだって、つながりが切れるまで大事にしていく」


まっすぐに、心が思うままに。白崎へと自分の気持ちを伝えると、白崎が「それですよ」と残念なモノでも見るようにチラッと俺を見た。


「ホント、先輩ってごく自然にそういう言葉をホイホイいいますよね?」


「ホイホイって…お前」


なんだか小ばかにされている気にもなって聞き返せば、「そうじゃなくて」と言ってから今度は困った顔になる。


「僕の神様は、まるでいってらっしゃいっていつもの見送りみたいに、挨拶でもするように背中を押せるんですよね。僕の中にあるくだらないものを、悪意も何もなく取り去ってしまう。…困った人です」


俺のことを神様だと言われたはずなのに、困った人ってどういう意味だ?


「俺…いい人なのか? 困らせるような、悪いやつなのか?」


思わずそう聞けば、呆気にとられた顔になったかと思えば顔を歪めて、今にも泣き出しそうな表情でこう言った。


「そういうとこですよ、先輩」


と。


声を震わせながら。




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