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せんぱい! 先輩! センパイ! 1


~白崎side~




コンコンッ。


すこし強めにノックをすると、中から「どうぞー」と聞きなれた声がした。


ガラガラと鈍い音を立てながらドアをスライドさせて中に入ると、棚の方に人の気配。


「どうしまし…って、お前か」


やわらかい口調で呼びかけておいて、僕だとわかった瞬間“お前”呼びをする人の名前は黒木咲良(さくら)先輩。


中学の時からの付き合いで、中1の夏休み明けに転校してきた僕に優しかった人だ。


ただし、若干? 口が悪い。名前は優しいイメージなのに、結構台無しな感じ。


「指、切っちゃいましたー」


ティッシュを傷口にあてたまま、人差し指を立てて見せる僕。白崎(りん)


「はぁ? またか? おっまえ…どんだけ鋭利な本を取り扱ってんだよ。図書室で」


先輩は保健委員会所属で、中学の時から同じ委員会だ。そして僕は、過去は同じだったけど今は図書委員会にいる。


「俺、言っただろ? 昔みたいに、保健委員でよくね? って。保健委員、そこまで頻繁にケガしねぇし」


「あー…ははは。申し訳ないです」


申し訳なく思ってもいないのに、取ってつけたように謝っておく。


「ったく、しょーがねーな。…ほら、そこのイスに腰かけて待ってろ。保健医の先生、会議中だから俺でもいいか?」


「…っっ! はい」


なーんて、ね。先輩しかいないってこと、わかってて来ましたけど。


大したことない傷だけど、こうでもしないと臆病な僕は会いに来られない。


(同級生だったらよかったのにな)


2年も差があることを恨みたくなる。部活や委員会が一緒じゃないんだし、カンタンに会う理由を作れない。


じゃあ、同じ委員会だったらいいんじゃない? と思うかもしれないけど、経験上…保健委員の活動はささやかなもので、保健医が不在時の留守番代わりの時なんて一人しかいなくていい。


中学の時もそんな感じだったから、高校に入学してから確かめてみたら大差なかった時点で、先輩と同じ委員会という選択肢はあっさり消えた。


「先輩。春の身体測定で、170超せました?」


消毒薬などを準備している背中に話しかける。


「あ? 余計なことは聞いてくるなって、いつも言ってるよな?」


あぁ、また足りなかったんだな。これは。170㎝を超える超えないが、男のプライドだとか言ってた人だしね。


「そういうお前は?」


「182まで伸びてました。大したことやってないんですけどね、食べ物も運動も」


呑気にそう返すと小さく舌打ちが聞こえた。


「高校3年間でどこまで伸びるか、楽しみです!」


先輩が面白くなく感じることを知ってても、それでもそんな言葉を口にするのには理由があるんだ。


「ったく。見るたびに縦に伸びてんだもんな、お前は。…可愛げのない後輩だよ」


見るたびに…と呟いた先輩の言葉に、思わず頬がゆるむ。


自分が会いに来ようとしてない時でも、先輩の視界に入れているという事実。


「俺が中学卒業の時は、俺と同じくらいじゃなかったか?」


「そう、でしたっけ?」


あいまいに返す僕の脳内では、ただただ嬉しい! という感情だけでいっぱいになっている。


「伸びすぎだろ? それで何の努力もしてないとか、俺の努力が空しく感じられてしょうがねぇや」


「遺伝っていうのもありますしね?」


そう話しながら、先輩が俺の手を片手で支えて反対の手で消毒液を含んだ綿球を傷口にあてる。


「沁みるからな?」


僕の身長への文句を言いながらも、先輩の手元は口調とは違って優しくて。


「……そこまで出血してねぇのに、いちいち保健室来るとか。中学ん時、そこまで痛みに弱かったイメージないんだけどな」


ギクッとしつつも、あはは…と笑って返す。


「っと、これでよし。保健室訪問ノートに記入しとくぞ?」


「あ、はい。いつもすいません」


「いいよ、これくらい」


先輩が目の前で、俺の名前を書いてく。


「1年3組…白崎鈴…切り傷……っと」


その後に、対応した先輩の名字が書かれてくのを見ていると、ふと先輩が僕を見上げる。


「あのな…俺を見下ろすな。いつも言ってるだろ」


「だって、こればかりは仕方がないかと」


互いに立ち上がって同じものを見れば、自然と僕の方が高い位置から見ることになるわけで。


「…ちっ」


「舌打ち、しない方がいいですよ? せーんぱーい。先輩って目は大きくって、まつげも長くって。…まぁ、身長は僕よりは低いでしょうけど、そこまで低すぎってほどじゃなく。口は悪いけど、なんだかんだで世話好きだし。多分、好かれる方じゃないですか? 先輩って」


そう言いながらも、心の中では反対のことを願っている自分がいる。


先輩のいいところに誰も気づかないでほしい、なんてね。


「あげて、落として。褒めてくれてんだろうけど、素直にありがとなって言いたくなれねぇ」


横目で若干睨みながらなんだろうけどさ、大きめの目は可愛くってちっとも睨まれている気にならず。


「素直に取ってくれてもいいんですよ?」


そういいながら、わざと先輩の頭を手のひらでポンとする。


「お…前な! そういうとこだよ、素直に喜べないのは!」


「はいはい。すいませんでしたー。…っと、コレ、ありがとうございました」


人差し指を立てて、軽く指を振って動かす。


「また委員会の活動に戻ってきますね」


「んー。…気をつけろよ? 紙は切れやすいし、意外と深く切れる。そしてなにより」


「「思ったより痛い!」」


同時にいつも先輩がくれる言葉を呟く。


「ははっ。わかってりゃいいよ。ま、またなにかありゃ、やってやるから」


言いつつ、消毒液を手に笑顔をみせた先輩がまぶしい。


「…はい。それじゃ、ありがとうございました」


「ん。おだいじにー」


ひらひらと互いに手を振って、保健室を出ていく僕。


図書室へ戻る途中で、トイレに寄って。


用を足して、鏡を見て、ふと思い出す。あの頃のことを。


先輩と出会った時には、視界が悪かった僕。意図的に前髪を伸ばし、地味に過ごそうと思っていたし、人と目を合わせたくないって思ってたっけ。


それでなくても口元のほくろがエロイとか言われて、全体的な顔のつくりが好きな顔じゃなかった。コンプレックスにも近かった。


前髪を伸ばしてすこしでも自分を隠そうとしてきた僕を、きっと何の気なしに発した言葉で変えてしまった先輩。


「ただ…イイ先輩ってだけだと思ってたのに、それだけじゃないって気づいてよかったのか悪かったのか」


鏡の中の自分に向かって問いかけて、すこしの間の後に、ふ…と笑みが漏れる。


「よかった…に、決まってんのにな」


恋愛の対象として好意がある、だけの話。


(男同士だからっていっても、先輩が男だから好きってことじゃなく、先輩だから…好きになった。それだけ、だ)


ここまで気持ちを収めるまでに、かなりの時間がかかったっけ。


恨めしいと思える2年の差が、同じ場所に来るまでに僕の気持ちを確かめるいい時間になった。


「――好き、です」


今はまだ届けない言葉を、口にする。


言葉は声に出してしまえば、力を持つらしい。


僕が先輩に好きだと伝えたら、どんな力を持つのかな。


その前に、重要なことがあるけど。


(先輩は、僕のことをどう思ってるんだろう)


聞くに聞けない好きな相手の感情を想像しては、ため息を盛大につく。


「図書室、行くか…」


人差し指の治療の痕を、親指でスリッと撫でる。


手の甲にわずかに残っている先輩の手の温度と感触。真剣に消毒してくれた指先。息づかい。視線。


あの時間だけは、僕だけの先輩だった。


「次は、どうやって保健室に行こうかな」


触れたい。会いたい。話したい。ささやかな願いを叶えるために、僕は図書室へと戻っていく。


自分の担当曜日と先輩の担当曜日が重なるその日に、ケガが出来るように…と思いながら。




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