最後の花火
「じょぉぉぉかんどのっ! おっはよーございます!」
「耳元で大声を出すな騒々しい!」
「これはまことに、すぅーみませぇん!」
「はぁー……で、いよいよだぞ。準備はできたのか?」
「あさごはぁぁぁんのよういは、まだでぇございまぁす!」
「そうじゃない! ああ、お前はもういい! どこかへ行っていろ!」
「どこかというのは、どこでござーいますかぁ!」
「好きにしろ! ああ、この基地からは出るなよ。さすがに、わかってるとは思うがな」
「はぁぁぁぁぁい! で、なんででございますかぁ!?」
「あぁぁ! 向こうの衛星にキャッチされるからだ! ま、そもそも放射能があるから外に出るのは不可能だがな」
「そとへはでれまぁす! じぶん、でぐちをしってまぁすぅ!」
「馬鹿、そういう意味じゃない! とにかく外には出るなよ! ……はぁ、まったくなんだって、あんな馬鹿がここまで生き残ったのか」
「賢いと自殺するからじゃないんですかね。絶望して。あとは気が狂って殺し合いに」
「おー、起きていたのか。お前の説は尤もだが、しかし、お前は賢いのに生きているじゃないか。ま、ありがたいがな。ここにアイツと二人きりだと思うと、それこそ自殺したくなるよ。歩きながら話そうか」
「どうも。ただ感情が鈍化し、不感症のようなものになっているだけですよ。
それほど賢くないですしね。何をしたらいいか、わかりませんもの。お手上げです。ふと死にたくなります。
まあ、私もあなたが上官で良かったですよ。私以外の二人が馬鹿だったなら、私まで馬鹿になりそうだ」
「まあなぁ。残ったのは我々三人だけ。不感症もあるが、元々神経が図太いのかもしれんな。敵さんも同じようなものかなぁ」
「でしょうね。長年、やり合いましたもんね。おかげで地表は骸もない死どころか無の大地だ」
「あっはぁ、怒られちゃうだろうなぁ」
「怒られる? 誰にですか?」
「子孫に」
「はは、いませんよ」
「そうだよなぁ。何で戦争って終わらないんだろうな」
「その理由がわかり、終わらせることができたらノーベル賞ものですよ。まあ、もう遅いですけど」
「そうだなぁ。ノルウェーも森まで焼かれたものなぁ」
「学校も図書館も街も山も何もかも全てね。同盟国だ何だで巻き込まれ巻き込み、ああ、まるで蟻地獄底なし沼」
「自分だけが損するのは嫌なんだなぁ」
「そうですね。きっとそれですね……ああ、また死にたくなってきました」
「頭使うと、これだもんな。そりゃみんな自殺するわけだ。未来に悲観的はいかんカンカンカンカン終焉の鐘が鳴る」
「急になんです? 大丈夫ですか?」
「馬鹿になってバランスを取ったのだ。ナンセンスなこと言ってな。心配されると恥ずかしくなる」
「なるほど。ですが理性を捨てきれず、言葉の端に出てますよ。終焉の鐘。いよいよですもんね」
「ああ、そうだ。準備はできてるか?」
「心の準備ならまあ、お構いなく。ミサイルのほうの準備なら常に。ええ、ボタンを二つ、三つ押すだけで全弾発射できますよ」
「うむ。熱源探知で相手の基地の場所はとっくの昔にわかっている。ま、それは向こうも同じだろうが」
「これまで撃たなかったのは先制攻撃が無意味だから、ですね」
「そうだ。向こうも着弾する前に景気よく、こちらに向かって全弾発射するだろうからな」
「破壊を逃れることを期待し、温存する意味もないですもんね。もう敵は我々しかいない」
「そう。それどころか人類はこちらとあちらだけ。無人偵察機を飛ばして、くまなく探したから多分、いや間違いない」
「ええ、そもそも生きられる環境にないですもんね。我々が生きてられるのは、ここが地下だから。そして生きてきたのは食料があったから」
「ああ、その楽しみも終わった。すっからかんだ。カンカンカンカン缶詰が終わり、さあ鐘の時間だ」
「ですねぇ。向こうもきっと同じ状況でしょうね。随分長い間……あ、でも」
「どうした?」
「向こうが撃たないから、まだ我々は生きてるんですよね」
「そうだなぁ……」
「このまま、お互いが撃たなかったらどうなるんでしょうかね」
「どうもならんさ。死ぬだけだよ。餓死かミサイルでの爆死の二択なんだから。何も、ああ、餓死なら、地上にゴミが残るだけの話だ」
「ミサイル、ですね。……捨ててしまったらどうでしょうか」
「捨てる? どこに?」
「宇宙へ打ち上げるんですよ。あ、これ、けっこういいアイディアじゃありませんか?
人類があれだけ捨てたがっていた核ミサイルを大して賢くもない我々が全部捨てちゃうんですよ」
「まあ、捨てさせたがっていたと言ったほうが正しい気もするがな。
平和だ廃棄だを訴え、保有国に捨てさせ、自分だけは持ち続けるっていうな」
「ええ。でもその大事な核ミサイルをあっさりと捨てちゃうんですよ。ぽーんとね。ポンポンポンポコポン。タヌキに化かされ馬鹿をみる」
「ああ、それもいいかもなぁ……でも相手は」
「その挙動を自分たちへの攻撃だと思い、すぐさまこっちに向かって発射するでしょうね」
「まあ、それもいいかぁ。化かした気分になりそうだ愉快愉快かいかいかい開会式」
「幽霊となって化けて出ることは、できないでしょうがね。魂まで焼かれそうだ」
「まあ仕方ないさ……よし、やるか」
「ですね……と、え、警報が! もう発射準備が!? なんで!?」
「と、とにかく行こう!」
「あ、おい、お前!」
「あ、じょーかんどのぉ! じゅんびできましたぁー!」
「お、おい、もういいんだ……戦争はもういいんだ」
「そうだぞ、押すなよ。絶対に押すなよ」
「むむむむ、みゅ! ふしぎなかんかく! おすなといわれれば、おしたくなぁーるぅ!」
「あああああ、馬鹿! もう、お前は、もう、はぁ……まあいいか……最期をここで争ってもしょうがない」
「はい……え、あれ? 上官殿、ミサイルの発射先が」
「ん? お、おお。宇宙に、だが、なぜだ?」
「はぁーなぁびぃぃぃぃぃ! みたぁぁぁぁい!」
「ふっ、本物の馬鹿には敵いませんね」
「はははっそうだな。お、さあ、手でも繋ぐか? 相手も発射したようだ」
「つなぐつなぐぅぅぅ! らぶあんどぴーすぅ!」
「ははは、痛いって、あ、上官殿、これってまさか相手も」
「ああ、花火かぁ……」
両軍の基地から打ち上げられた数百もの核ミサイルは、空に白線引いて地球外へ。まるで子供の頭に花を飾るように盛大に爆発してみせた。
モニターを眺めながら手を繋ぐ両国、最後の部隊。
今の爆発を救難信号と捉え、他の星からやって来る者がいることを知るのは、もう少しあとのこと。
ちょっと、お馬鹿で平和を愛する種族として温かく迎え入れられるのも……。