飯をいただく
卵と肉と手に入れた後、俺とクユミは次の材料を得るべく場所を変えていた。
コース料理を作るわけではないが、肉とくれば魚だろう。
「なんか……落ち着くね~♡」
「こういう時間も悪くないだろう?」
「うんうん♡」
神秘の気配漂う山奥の渓流にて、俺とクユミは並んで釣竿を垂らしていた。
ラビットさんほど明確に意識を持った存在相手ではないので、こうしてのんびりとエサにかかるのを待つことができる。
もう少し時間に余裕があれば海まで繰り出したんだけどなー。
食材ランク最上級品7つのうち1つ、ダイオウヨロイウオはその堅牢な鱗を超えた先に最高の身が詰まっている。
鎧が堅牢すぎて勇者の剣並みの武器を使わないとさばけないことを除けば最高の魚だ。前にふるまった時は教頭先生も超大喜びだったし。
今回は見送ったが、いつかは三人に食べさせてやりたいものである。
「他にはどこ行くの?」
「今日はこの後は王都に戻って、食材を鮮度を維持する倉庫に入れてもらうつもりだ。で、夜まで休んで、日が昇る前にまた動き始める」
「わあ、せんせいの移動速度ありきのスケジュールだね♡」
ここに来る途中もクユミをお姫様抱っこして走ることになった。
久しぶりの感覚だったが、やっぱこれ心臓に悪いわ。
人生で一番異性と密着する瞬間が移動中っておかしいだろ。
「明日には帰るんだよね?」
「ああ、昼には帰って料理の準備をしないといけないからな」
旬の野菜に関しては、ある程度は校舎裏の教頭先生の菜園をアテにしている。
とはいえ他にもいくつかは必要なので、そこは王都で仕入れるつもりだ。
「じゃあ今はお魚さん待ちってことだよね、ヒマだしなんか面白いこと喋ってよ♡」
「最悪の振りが来てしまった……」
かつての話だが。
アイアスの野郎に連れられて合コンに参加した際や、カデンタと共にアイアスの合コンを破壊しに行った際も、同様のフレーズをぶつけられたことがある。
あの時は何を話したんだったか……ええと。
「じゃあ、俺が冒険者学校に入学する前、カースドペインドラゴンの群れと戦った話なんだけどさ」
「ここでいう面白さは冒険譚的な面白さではないかな♡」
真っ向から論破されてしまった。
おかしいな。前はカデンタとアイアスがノリにノってくれたんだが。
「ていうかそれ絶滅した種族じゃなかったっけ~?」
「魔族が自己繁殖するように原生ワイバーンを改造した敵対種族だったからな。卒業研究で俺が絶滅させた」
「…………………………」
クユミは──ドン引きしていた。
あー、いや、これって自慢話になるのか。
まずいな、合コンで自慢話なんかする奴は絶対にモテないってアイアスに教えられていたというのにやってしまった。
「せんせいって、勝てない相手いなさそうだね~……」
心の底から戦慄した様子で、彼女は恐る恐る言った。
それを聞いて、俺は腕を組んで唸る。
「うーん」
「え?」
勝てない相手、っていうとなあ。
ちょっと難しい話と言うか。
「負けなかったけど勝てなかった相手、とかなら結構いるな……」
「え、先生が……?」
殺しても魂のストックを持ってる上級魔族とかがパッと出て来る。
幸いにも簡単にストックは増えないので探して探して何度も殺し続けるとかすれば対応できるんだけどね。
「無敵じゃないからね、俺」
「ふ~ん、そっか~♡」
俺が弱いところを見せると、クユミはちょっとホッとすることが多い。
暗殺狙ってたりしないよね? 大丈夫かな?
「じゃあクユミちゃんがもっと強くなったら届くかな?」
「かもな」
「だったら、もっと人殺しが上手くならないといけないね♡」
なんてことを言うんだ。
「流石にそういうのは教えられないんだけどなあ」
「えぇ~、もっと人殺しが上手くなりたいって言ったら、手伝ってくれないの? 敵を殺す技術であることは代わりないはずなのに?」
言ってから、クユミの表情が微かに曇った。
意地の悪い質問すぎるという自覚が発生したらしい。
でも普段は利口な一面を見せる彼女が、ちょっと勢いに任せて口走ってしまったのはいいことなんじゃないだろうか。素直に言ってくれた的な意味で。
場所が違うと色々と変わるよね。分かるよ。
「って、いや、そんなの気にしたってしょうがないか♡ 当たり前だもんね、あはは♡」
「……当たり前、っていう言葉だけじゃ、説明したとは言えないだろ」
俺は自分の頭の中で言葉を精査して、ゆっくりとまとめていく。
綺麗ごとを綺麗ごとと一括りにしてしまうのは楽だけど、それは教えているとは言えない。
「大人だから、先生だから、それなら子供の夢を叶えるために頑張るものだって、それだけで思考停止したくない」
生徒の望みであるなら手伝うべき、と断言するのは簡単だ。
でもそれだけじゃだめだと思う。
「生徒が目指す先っていうのは、やっぱりまだ選択肢を全部知ってるわけじゃないから。これが当然だと思うって言って、崖際まで走って行っちゃう子もいると思うんだよ」
「…………」
「だから俺は夢を叶えるだけじゃなくて、夢を一緒に探したい。そして生徒たちが胸を張って宣言できる夢が見つかったのなら、その時にこそ、俺が教えられることを全部教えたい」
別に先生として勉強したわけじゃないけど、今はそう思っている。
エリンたちが『2』のシナリオを終えた後の人生で、この時間が役に立てばいい。
与えられた役割は、果たさなきゃいけないけど……
でもその後は、自由に生きて良いと思うから。
「……せんせいさ」
「ん?」
ちょっと暑苦しかったかなと頬をかいていると、クユミはふっと笑った。
それは今まで見せてきた、揶揄いのためのものではなく、本当に柔らかいもので。
木々の隙間から差す温かい光に彩られたその笑顔に、俺は年甲斐もなく完全に見惚れてしまった。
「……釣竿、引いてるよ♡」
「えっ? あっあっぁちょっとそれ先に言ってくれよぉ!?」
言われてみたら本当に釣竿が唸りを上げていた。
慌てて必死に魚との格闘を始める俺を、クユミは爆笑しながら見ているのだった。
◇
渓流釣りは大成功。
予定していたより随分と多くの狙いの魚たちを手に入れることができた。
いったん王都に移動して、鮮度保存をしてくれる業者に今日の収穫品たちを渡す。
業者の人は俺が預けた物品を見てちょっと引いていた。
「何かこう、パーティーをされるんですか……?」
「あのお客様、どこかで見かけたような気がするんですけど」
怪しまれてしまったので明日の午前中には取りに来るとだけ伝えて、すたこらさっさと退散。
それから宿屋に入り、二部屋を取ってクユミと別れて入った。
実のところ、明日の早朝までは空き時間となっているのだ。
「じゃあ王都観光行ってくるね♡」
「気をつけろよ、危ないところにはいかないように」
「分かってるってば、知り合いに久々に顔を見せに行くだけだよ♡」
クユミをどこかに連れて行ってやるべきかと思っていたが、彼女は彼女で用事があるらしい。
そういうわけで俺は遠慮なく部屋に帰り、スッとベッドに入った。
今日はもう終わり。
明日が早いので、寝るのは理に叶っている。
「やっぱり夕方から怠惰に寝る時間は最高だな……!」
ちょっと前世ぶりかもしれないこの絶妙に何にもならない時間の睡眠に心を躍らせて。
俺は布団をかぶって、無事に夢の世界へと旅立った──
◇
助けられなかった人たちの声が聞こえる。
助けられなかった人たちの顔が見える。
その向こう側で嗤っている。
お前なんかじゃ世界を救えないと、俺を嘲笑う魔族がいる。
いつも通り、剣を振るって、根こそぎ蒸発させる。
対症療法としてしか存在しない、根治のためには役に立たない輝き。
これしかできない単一の刃として、俺は腕を何度も振るう。
◇
「せんせい、起きて」
目を開くと、がらんどうな瞳でクユミがこちらを見下ろしていた。
宿の部屋だ。窓から日の光は差していない。
「……おはようクユミ。よく眠れたか?」
「うん」
彼女の手は俺の首筋に当てられている。
脈を図られているようだ。
「……生きてるね」
「生きてるよ」
いつからこうしていたんだろうか、とぼんやりした頭の中で考える。
殺意があればすぐ体が反応すると思うけど、なかったのなら、それなりに長い時間こうしていたのかもしれない。
「どうしたんだ。俺、うなされたりしてたのか?」
「ううん、むしろ心配になるぐらい身動きしなかったよ」
声に抑揚がない。
珍しいというか、見たことのないクユミだ。
「せんせいも、嫌な夢を見ることぐらいあるの?」
「あるよ、全然ある」
もしかしてこの子、朝に弱いのだろうか。
言われてみるとクユミが低血圧っぽいのは印象に合うな。
「朝ごはんにするか」
「え?」
低血圧というのならばご飯を食べるしかあるまい。
渓流で釣った魚のうち、数匹を鮮度保存魔法をかけてカバンに忍ばせていた。
「外に出よう」
「え、うん……」
クユミを連れて宿の部屋を出て、裏手の庭に向かう。
開けたスペースがあったので、そこで火属性魔法を使い魚を焼き始めた。
ぱちぱちとはぜる音と共にいい香りが立ち上って来る。
「ほら」
焼き上がった魚を串に刺して手渡す。
クユミは不思議そうに焼き魚を眺めた後、がぶっとかじりついた。
この魚は火をしっかり通すと、骨まで食べられるようになるのが偉い。もちろん刺身として出したり、別の料理として出す際には骨は除けるけど。
「美味し……」
魚の身をごくんと呑み込んだ後に、クユミが呟く。
思わずこぼれた、という具合の声だった。
普段聞く明るい調子ではなく、生の少女の声色だ。
「食事って、いつ、だれと、どこで食べるかで全然違うからなあ」
「……確かにそうかも、今はせんせいと二人きりだからね♡」
良かった、どうやら調子が出てきたらしい。
「この魚のおかげでクユミは元気になったんだ、感謝しないとな」
「命への感謝をシーフ職がしていいのかなあ?」
「同じように考えてもいいだろ。命をいただくってわけだな」
「……命をかあ」
クユミは食べかけの魚を見やった。
「もっと価値のないものだと思ってたな~……」
何を指すのかは分かっていた。
きっと三人の中で……いや俺を含めても、命というものを最も軽く見ているのは、クユミな気がする。
それは単純に理解していないからではない。
一等の、とんでもない地獄を見てきたからこそ身に沁み込んだ諦観なのだろう。
俺は彼女の過去を知らないが、冒険者学校に通っているような人材じゃないことは痛感している。
「今もまだ、価値なんてないと思うか?」
「ん……もしかしたら、だけど、そうじゃないのかもね」
そう言って顔を伏せた後。
パッとこちらを見て、クユミはにひっと笑った。
「ありがとね、せんせい♡ 素敵な校外学習だったよ♡」
「こらこら勝手に終わらせるんじゃありません、最後の材料が残ってるんだからな」
「あははっそうだった♡ ねえねえせんせい、今度は何するの♡」
「日光に当たるとしぼんでしまうが夜の間は際限なく膨らみ、近づく生物を液状化させて取り込むデッドエンドローグアップルを最大まで巨大化した状態で収穫しに行くぞ」
「何それ??????」
結局俺とクユミでデッドエンドローグアップルを討伐……じゃねえ収穫して、無事時間通り、学校へと帰り着くことができたのだった。
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