気乗りしない面談
カデンタ・オールハイム。
名門オールハイム家の長女であり、軍の機密部隊『正律部隊』隊長。
暗殺誘拐なんでもござれと他国に悪名高い、テイル王国の国防に大きな役割を持つ部隊を任された才女。
そして俺の冒険者学校時代の同級生でもある。
「相手方は間もなく来る予定だ」
王城にいくつかある来賓室の一つに俺たちを案内した後、カデンタは軍人らしい佇まいのまま言った。
「ありがとな、何から何まで」
「この私を単なる仲介役で使うなど、大陸中を探しても貴様ぐらいだぞ」
「お前が勝手に仲介役になったんだろ……」
別に頼んだわけじゃないだろと指摘するも、カデンタは鼻を鳴らした。
「当然だ。貴様にこういった交渉事ができるとは微塵も思わん。しかも冒険者を休業した貴様は、あの頭のおかしい女たちの手を借りることもできん」
こいつ俺の旧パーティメンバーをしれっとディスったな。
普通にいいやつらだと思っているが、まあ、傍から見るとヤバ人間なのは理解できる。
「それともなんだ? 王城に入ったからには、もう私は不要か? やれやれ、社会に出てお前もすっかり薄汚れてしまったようだな」
「いやいや実際助かったとは思ってるさ。こういう時に頼れるの、お前しかいないし」
「……フン、ようやく私の大切さに気付いたか! まったく」
ニヤと笑うカデンタが、その鋭い八重歯をあらわにした。
何度かかみつかれたことがあるが本当に痛いんだよなアレ。
「そういえば聞いたよ、北の帝国との合同軍事演習、こっちの指揮を執ったのはお前らしいな」
「当然だろう。最強の冒険者ハルートの同期などという迷惑な肩書きがあっては断れん」
風の噂で活躍を聞くこいつは、俺なんぞとは違ってきちんと出世街道を歩いている。
機密部隊の隊長がそういう時に指揮を執るのはどうなんだと思わなくもないが……
多分だけど、合同軍事演習の場で、何かの戦術実験でもしてたんだろうなあ……
「むー……」
相手方が来るまでは近況報告にでも花を咲かせようかと思っていたが、エリンの様子がおかしい。
俺の方を見て、何やら不満げに唸っている。
「どうしたんだ?」
「別になんでも……仲いいんだなーって」
「まあ、昔からの付き合いだからな」
なあ、とカデンタに相槌を求めるも、彼女は彼女でエリンをじっと見ていた。
当然俺よりもソードエックス家の内情にはカデンタの方が詳しい。
何か思うところがあったり、俺の知らないことを知っているのかと思ったが。
「……ハルート、貴様、この手のキャピキャピした女子と会話できるのか? 無理だろう?」
「できてるよ! 教師なんだからよお!」
あんまりだ。
みんな俺のことを何だと思っているんだ。
「せ、センセは確かにあたしたち相手にキョドることもあるけど、ちゃんとしてますよっ!」
「エリン殿、それはあまりフォローになってない気がするが……まあ、しょせんハルートだ、仕方ないか」
「うん、まあ、しょせんはセンセだからね……」
二人の間で、何らかの共通意見が取れたらしい。
俺の方を見てやれやれと肩をすくめられる。
完全にナメられている。これでもかとナメられている。
「あのなあ、俺だって先生として────」
言い返そうとしたときに、三人そろって動きを止めた。
来賓室の外から伝わる振動。誰かが歩いてくる。
俺たちが立ち上がると同時に、カデンタが音もなくドアへと向かって開け放った。
「おっと、待たせてしまっていたか。これは失礼しました」
開けられたドアから入って来たのは、黒髪を短く切りそろえた精悍な偉丈夫。
正装姿ながらも手の甲や首元、そして右頬に目立つ、あちこちに刻まれた傷跡。
「いえ、待っていませんよ……ここではなんとお呼びすれば?」
「エリンがいますからね。ザンバで構いません」
「では、ザンバ殿。どうぞおかけになってください」
俺が指し示すと、男はにこやかに笑って対面のソファーに腰かける。
ピリ、と肌を剣気が突いた。反応しないよう身体を完全に制御する。
隣に座るエリンが肩を跳ねさせた。当然わざとやってるな。
男は社交界にでも来たかのように、無害そうな笑みを浮かべた。
最初に攻撃の気配を見せて、こっちを釣ろうとした。
クユミで無視の勉強をしておかなくては危なかったかもしれない。
「改めて、ザンバ・ソードエックスです。此度は急な面談の申し出、大変失礼しました」
「いえ、構いません。私はハルート、現在はエリンさんたちの担任を務めております」
にこやかな笑顔に対して、にこやかな笑顔で対抗する。
自分でもわかるぐらいには唇が引きつっているのが分かった。
そっと、ソファーの裏側に移動して来ていたカデンタが耳元に口を寄せる。
「……分かるか? ハルート。社会で敵を作らないための外面というのは、アレのことを言うんだ。見習っておけ」
「仲介役がこっち攻撃してくんな」
余計なことしか言わねえーなお前!
◇
ザンバ・ソードエックス。
エリンの義理の兄であり、現在ソードエックス家の三男にあたる男だ。
「今回はエリンさんが、先日魔族との戦闘を経験したことについての報告をさせていただければと思います」
手紙をよこした名前も彼だった。
本来の目的が別にあるとしても、個人的に興味はあるのだろう。
俺が作成した魔族との戦闘レポートを、ザンバは興味深そうに読み込んでいく。
「失礼ながら、ザンバ殿は魔族との戦闘経験は?」
「中級と三度遭遇し、三度とも斬殺しました」
わーお。
さすがはソードエックス家。
単なる無能じゃない。
ここは家系単位でテイル王国に貢献してるランキングを作ると、上位に入る。
軍の戦術を考案したり、装備を監修したり、めっちゃくちゃな名家なのだ。
上位っていうか最上位かもな。
「なるほど、理解しました」
結構分厚いレポートだったのだが、ザンバはすぱっと読み終えた。
これだ。戦闘バカなわけではなく、ソードエックス家が輩出する人材は文武両道だ。
大義のために振るわれる刃というコンセプトを満たすには、軍人として超優秀でなければならないらしい。
「僕でも勝てたかとは思います。魔族としては、率直に言って弱いですね」
「……まあ、そうですね」
隣でエリンが息をのむ音が響く。
まあそんなもんだよ。
下級魔族はゴミ。
一家惨殺みたいな規模の事件で魔族が絡んでると大体下級だ。
都市部に限った話になるが、警邏の騎士でも余裕で切り殺せるだろう。
中級魔族はピンキリ。
軍の到着が間に合わない集落に出現されると、そこの全滅はほぼ確定する。
だが部隊で囲み、きちんと対応すれば殲滅は難しくない。
実際にエリンたち三人も、コンビネーションを駆使すれば圧倒することができた。
上級魔族は……出てこないでほしい。
どいつもこいつも息をするように都市を壊滅させやがる。
仮に現状のエリンたちが上級魔族と遭遇したら、退避の一択になる。
俺やカデンタがいればいかようにも対処できるが、そのクラスでなければ荷が重すぎる相手だ。
「やはり基準は上級魔族ですか」
「遭遇すればそうなります」
魔王の配下たちの恐ろしさは上級魔族に集約される。
俺はそう思っている。
都市一つが犠牲になりかねない戦力でありつつ、魔王の手にかかれば量産されてしまう。
今は魔王が眠っているから、勝手に増えたりはしないのが救いだ。
「上級……まだ僕は会ったことがありません」
するりと彼の手が、腰に差した刀の柄へと伸びた。
エリン同様、大小二振りの太刀だ。
「僕でも斬れますか?」
「分かりませんね」
ザンバの視線がぬらりと動く。
俺が腰に差している、自衛用(あとスキル緊急発動対象用)の安い剣を見ている。
「では、一手試してみるのは……」
「そういうことのためには剣を使いません」
俺はピシャリと言い放った。
ソードエックス家の三男である彼がバトルジャンキーキャラなのは『2』で履修済みだ。
この柔らかい物腰に騙されてはいけない。
裏側には、強者と斬り合って、その果てに自分と相手のどちらが死ぬかの勝負がしたいという破滅願望一歩手前の狂気が潜んでいる。
「それは残念です」
「……貴様、ソードエックス家とはいえ流石に王城だぞ」
「はは、失礼しました」
後ろのカデンタが釘を刺すも、ザンバは笑って受け流した。
「こちらのレポートは」
「持って帰っていただいて構いません。むしろソードエックス家の手に渡った方が、色々と活用できるでしょう」
「では、ありがたく」
レポートを小脇に挟んで、ザンバがソファーから立ち上がる。
あれ?
えっ……終わり!? マジで!?
ソードエックス本家が出張って来るんだから、絶対もっとダルい話されると思ってた!
うわー俺めっちゃ偏見持ってたわごめんなさい……
「ああそうだ、エリン、それは何だ?」
「へっ?」
と、ここまで妹に声どころか視線すら投げていなかったザンバが、突然熊のぬいぐるみを指さした。
しまうにしまえなかったからずっとわきに置いてたんだよなそれ……
「あ、あはは、その……さっき、買ったんだけど」
「そうか。そういうのに興味を持つようになったんだな」
妹の成長が喜ばしい、とでも言わんばかりの表情をザンバが浮かべる。
「そんなもの、ソードエックスには要らないだろう」
──納刀音だけが響いた。
目にもとまらぬ抜刀。距離を無視した斬撃。
それはエリンが抱えていたぬいぐるみを引き裂かんと襲い掛かり、寸前で俺の掌に激突し、血しぶきを上げた。
「……えっ!?」
「ほお?」
さすがはソードエックス家だ。三男でこのレベルとは恐れ入る。
目を白黒させるエリンと、面白そうに笑みを浮かべるザンバ。
「おい」
背後で気配が膨れ上がる。
王城内での抜刀──よりにもよってカデンタの前で、だ。
「いやいい」
彼女が何か言う前に手で制した。
多分ザンバも、俺が騒ぎを大きくしないと見込んで仕掛けてきた。
「しかし……!」
「せ、センセ、大丈夫……!?」
手のひらから落ちる血が、王城の絨毯にポタポタと落ちる。
「伝えていませんでしたね。エリンさんは授業態度も真面目で、よくやってくれています。ご心配することは何もないかと」
「……ソードエックス家とは気風が違うようですね」
「生徒の自由を守りつつ、真に有効な教育を施すのが教師の仕事ですから」
笑いながら言えば、興がそがれたかのようにザンバの表情が色をなくした。
「……次はそちらにお伺いします」
「学校に?」
「ええ、またお会いしましょう。その時に改めて、お話しできればと」
それだけ言って彼は部屋から立ち去っていった。
発動しているパッシブスキルのおかげで、血はもう止まっている。
俺は真っ赤になってしまった手をひらひらと振りながら、カデンタに振り向いた。
「絨毯って俺が賠償しなくてもいいよね?」
そういう問題じゃない! と二つの怒号が重なり、俺は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
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