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 私たちはオギルビーの名物をご飯ものを中心にいくつか買い、ここのルールに則って歩きながら食べた。

 目移りしすぎて食べきれないほど買ってしまったけれど、残った分は先輩があっさり完食した。


 先輩がご飯を食べているのを私は初めて見た。大きく口を開けてはがぶっと噛んでもぐもぐ食べ、ごくっと呑みこんでまた次へ。

 できればこの様子を絵師に描き残してもらって後世に残したい。


「先輩ってたくさん食べるんですね……全然関係ない話なんですが、もし知り合いに『ご飯を食べる様子を絵師に描いてもらってもいいか』って頼まれたら、どのくらい仲が良い知り合いなら許可しますか?」

「どんな知り合いでも断る」

「そうですか……」


 その後はおみやげ物屋さんを回った。ロハリーや家族へのお土産を買った後、特に私の目を惹いたのは伝統工芸品のガラス細工だ。

 コップや髪留め、ボールペン、小物入れなど、色とりどりの透けるガラスで作られた雑貨たち。


「綺麗! 何か買おうかな」


 棚の前にしゃがんで近くで見ていたら、先輩が「あ」と声を上げたので見上げる。先輩を見上げることはあまりないので新鮮だ。どの角度からでもカッコいい。


「お前、ランウェイテスト頑張ったんだったな。何か欲しいの買ってやる」

「えっ! わーい!」


 遠慮するべきだったのかもしれないけど、『先輩からの初めてのプレゼント』という言葉の魅力の前に、そういう殊勝な気持ちは溶けて消えた。


 再びガラス細工に視線を戻す。自分で買うものを探すのではなく、先輩に買ってもらうものを探すなら話が変わってくる。かんざしとかロマンティックで素敵だ。


「でもかんざしってどうやって使うんだろう」


 透明な器に何本か立ててあるもののうち、ひと際綺麗だと思った淡いグリーンのものを手に取ってしげしげと眺める。

 先端についた丸い飾りがキラキラしていてとても可愛い。


 すると先輩が私の手からそのかんざしを抜き取った。


「髪、触っても大丈夫か」

「え? はい……え!?」


 先輩は奥にいた店主に一声かけると、しゃがんでいる私の後ろに回って、私の髪の毛を一つに集め始めた。

 手櫛を入れ、自然な手つきで後れ毛も拾っていく。


「ま、待ってください……一旦ストップで……」

「どうかしたか?」

「状況についていけないといいますか……心臓がどうにかなりそうなので、一旦休憩させてください……」

「なんだそりゃ」


 息も絶え絶えの私の懇願を一笑に付した先輩は、結局手を止めなかった。たまに「確かこうで」とか「よし合ってんな」とか独り言が聞こえてくる。


 一つに集められた髪がくるくる回されたり、ぐいっと持ち上げられたり、かんざしが差し込まれたりしたけれど、その手つきはずっと丁寧で、少しも痛くなかった。


「よし! こんなもんだろ」


 しばらくすると先輩が満足げに言って私から離れた。店主に鏡を借りに行ったらしく、私がそっと後ろ髪に触れている間に手鏡を持って戻ってくる。


 先輩から受け取った手鏡を覗き込んでひとしきり眺め倒した後、私はずび、と鼻を啜った。

 目の前が滲んできて、唇をぎゅっと引き結ぶ。それでも我慢しきれなかった涙が一粒落ちていった。


「我ながらいい出来」みたいなことを言って私の頭を眺めていた先輩が、ぎょっとして私の正面に戻ってきた。


「なんだ!? どうした!?」

「うぅ……」

「気に入らなかったか!? あ、髪の毛痛かったか!?」

「先輩すごいです、髪の毛綺麗です……」

「じゃあなんで泣いてんだ!?」

「感激しちゃって……」

「そんなことで!?」


 先輩は本格的に動揺しているらしく、全部の語尾に「!?」がついている。こんなに焦っているところは初めて見た。今日は初めての先輩ばかりだ。


「兄ちゃん、罪な男だなぁ。こんな別嬪泣かせるとは」

「全くだ、ハハハ!」


 店主が知り合いらしき別のおじさんと野次を飛ばしている。先輩は苦虫を嚙み潰したような顔で「うるせぇ」と返し、それでも少し落ち着いたようだ。


 私は呼吸を落ち着けつつ、音を立てて息を吸った。


「私、このかんざし一生大切にします……。今日のこと忘れないです」

「そうか、俺も忘れないわ。お前は喜ばせすぎると泣くんだな」


 先輩がかんざしの代金を払う間、店主にもらったティッシュで鼻をかんだ。


 プレゼント用のラッピングもできるがどうするかと尋ねられ、「このままつけて帰るので」と断る。

 真っすぐな棒一本でできている髪型なのに意外にもしっかりしていた。怖々触るけれど、簡単には崩れなさそうで嬉しい。


「じゃあな」

「仲良くやれよ」


 店主となぜかその知り合いのおじさんにも見送られ、私は鼻が赤いまま笑顔で手を振った。


 授業の二時間は悪夢みたいに長いけど、先輩といればあっという間だ。もう良い頃合いのようだった。


 横を歩く先輩は周りを見回していて、ラミの姿を探しているようだ。私を侍女に預けてから自分の班に合流するつもりなんだろう。優しい。


「先輩、ありがとうございます。すっごく楽しかったです。かんざしずっと大切にします」

「おー。俺も楽しかったけど、次から泣くときはもうちょっと前兆をくれ。心の準備すっから」


 先輩は嬉し泣きでも女の人を泣かせたことが相当堪えたようで、申し訳ないのと同時に、少し嬉しかった。ここで「泣くのはやめろ」などと言わないから私は先輩のことが大好きなのだ。


「あれでも、なんでこんなにかんざし上手なんですか?」

「妹いるからな、俺」

「なるほど」


 小さな女の子の髪を結んであげる先輩を想像して温かい気持ちになっていると、何かに気づいたらしい先輩が会釈をしたので、視線を追う。

 道の真ん中にラミがいた。ぺこりと頭を下げている。


「じゃ、また学校でな」

「はい! あっ先輩!」

「ん?」


 背中を向けようとした先輩をつい引き止めた。


 私の中で日に日に大きくなっていくこの感情は既に抱えきれないくらいで、口から自然にこぼれ落ちるみたいに、満面の笑みでこう伝えた。


「大好きです!」


 一瞬目を見開いたあと、先輩が仕方なさそうに笑う。

 私の顔の横に垂れた一筋の後れ毛に目を留めると、自然な動作でそれを掬って耳の後ろにかけた。そして軽く手を振って行ってしまった。


 その後ろ姿が完全に見えなくなったころ、石像のごとく硬直していた私は我に返った。斜め後ろに立つラミをぐりんと振り返る。


「ラミ!」

「はい、お嬢様」

「今の見た!?」

「見ましたよ」


 ラミは穏やかに笑って、私と今日泊まるホテルへの道を歩き始めた。先輩とどんなことを話したか、先輩がどんなことをしたか、家でいつも話しているようにハイライトを話し出す。


「そしたら――あっラミ、用事は無事に済ませられた?」

「用事――ええ、もちろんです。無理を言っておそばを離れて申し訳ありませんでした」

「ううん、大丈夫だよ」


 先輩の話を再開した私の耳には、「お嬢様とあの方を二人きりにするための方便に気づいてらっしゃらない……純粋で尊い」というラミの呟きは入っていなかった。

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