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「もしもし、ロハリー?」

「アナベル。今何してる?」

「あのね、私今オ、オギルビー? って街にいるの」


 晴れてランウェイテストに合格した後、五月のある日のこと。私は街中の公衆電話を使って、親友であるロハリーに電話をかけていた。


 観光都市であるオキルピー? はグレーの石造りと黒い石の装飾がお洒落な街で、空も青く雲ひとつない。食べ歩きが盛んだから辺りには食欲を誘う匂いが漂っていて、観光にはもってこいだった。


「オギルビーって誰と? あ、旅行?」

「侍女のラミと! うん、旅行!」


 ロハリーと喋りながら、隣で待ってくれている侍女のラミを見遣る。にこっと笑ってくれた彼女はトゥロック家の使用人の中でも古株で、気が置けない仲だ。


 私は今度は周りに視線をやりながら、ロハリーに話しかけた。前髪の乱れを指先で直す。


「今日一年生は学校お休みだけど、二年生は修学旅行でしょ? ランデール先輩がここに来てるはずだから、もしかしたら会えるかもって思って」

「えっ……」

「それで、ロハリーはお土産何がいいかなって」


 ロハリーがその短い呟きを最後に黙ってしまったので、私は目を瞬いた。


「おーい?」


 故障かもしれないと思って、受話器を少し振ったりしてみる。

 しかし声は聴こえているようだ。二の句が告げなくなっているようなロハリーの様子が電話越しに伝わってくる。


「ロハリー?」

「アナベル、あんたそれ……ストーカーじゃない?」

「えっ......」


 今度は私が絶句する番だった。


「いやいやいや……」


 頭を振る。私がやったことといえば、先輩の修学旅行に合わせて同じ場所を訪れ、街に繰り出し、彼の姿を探していることだけ――。


「嘘でしょ!」


 ストーカー以外の何者でもなかった!


「ロハリー、恋って怖いね! 今そっちに帰るから――」

「本当にいた。アナベル、お前こんなところで何してんだ?」


 私は飛び上がるほど驚いて、反射的に電話を切ってしまった。ぎぎぎ、と音がしそうな動作でゆっくり振り返る。


「ランデール先輩……」


 彼はリュックを背に、不思議そうな顔で私を見ていた。オミルピー? の街並みをバックに見る彼はまた新鮮にかっこいい。

 暑かったのかブレザーを脱いでワイシャツの袖とズボンの裾を捲っていて、腕や足首が見えている。ストーカーと化しても会いに来て良かったと一瞬思ってしまった。


「お久しぶりです……」

「おとといも一緒にブタ美の餌やりした気がすっけど……お前何で制服なの?」


 まずい、爽やかな装いの先輩に見惚れていたせいで全然久しぶりじゃないのに変な挨拶をしてしまった。


 しかも今朝「制服なら二年生に紛れ込めるかもしれない」というアホの思考で服を決めたせいで、この状況を誤魔化しきれない。


 私は意を決して罪を告白することにした。ぎゅっと拳を握り締め、目も瞑って罵られる覚悟を固める。


「先輩、私、ストーカーだったんです……!」

「は?」


 少し間があった。ちらっと目を開けて見遣ると、先輩は私を罵るでもなく気味悪がるでもなく、ただ首を捻った。


「誰のストーカーなんだ?」

「先輩のです」

「俺の?」


 再び目を瞑り、こくんと頷く。先輩は「状況が全く掴めねぇけど」と前置きしてから口を開いた。


「それは俺が決めることじゃねぇか? 俺はお前を『やたら懐いた犬みたいな後輩』だと思ってるから、お前はストーカーじゃねえ。以上! それよりせっかく来たなら観光しようぜ」


 思わず目を開き、信じられない想いで先輩を見下ろす。ストーカー行為があっさり許されてしまったけれど――先輩が「いい」って言うならいいか。器が大きくて助かった!


「あっでも自由行動って、グループとかあるんじゃ」


 冷静になるとそこに思い当たる。先輩には先輩の予定があるだろうに。

 昨日の夜思いついて衝動的に実行した計画なので、我ながら穴だらけだ。


「あるけど、どうせいつもの奴らだから、俺一人抜けたって問題ねぇよ。お前がいるって教えてくれたのは他の班の奴だけど、俺の班の奴らにも普通に送り出されたしな」

「そうなんですね、じゃあ行きましょう! 先輩、こっちは私の家の侍女のラミで――」

「お嬢様」


 私が先輩にラミを紹介しようとすると、彼女はすっと頭を下げた。


「わたくしは用事を思い出しました。すぐに済ませますので、その間はランデール様といてくださいませ」

「用事って、オミルジー? で?」

「オギルビーな」


 ラミが肯定するので、私は眉を下げて「ならしょうがないね」と頷いた。ラミとも一緒に観光したかった。

 ぺこりとお辞儀をしてから歩いていく彼女を送り出す。


「ラミはもう七年も前から私の侍女なんですよ」

「そうか。ここら辺は治安が良いから、一人でも大丈夫だろ」

「はい。それにラミは護衛も兼ねてて、あのスカートの下に結構な数の武器を忍ばせてるので、大丈夫だと思います」

「マジかすげぇな」


 先輩は感心すると、遠くの広場にある時計を確認した。


「自由行動はあと二時間だ。さすがに騎士科のクラスにお前がいたらバレるから、ラミさんと合流しろよ」

「はーい」

「なんか食ったか? 腹は?」

「お腹すかせてきました! ぺこぺこです!」

「よし、うまいもん食いに行くぞ」

「はーい!」

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