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番外編2 ルーカス・フリーマン後編

 華やかなお茶会の会場に戻ってくると、ちょうど主催者側が準備した見せ物が始まるところのようだった。


 会場の真ん中を広く開けてスペースが作られる。

 令嬢や令息が注目する中、現れたのは体格のいい二人の騎士だ。

 鎧の装飾で王族の専属護衛騎士だとわかる。騎士団の中でも実力者が任される名誉ある仕事だ。


 二人の騎士がスペースの中で向かい合い、始まったのは模擬戦だった。

 本物の剣で打ち合い始め、その迫力に周りの人々が歓声を上げる。騎士二人はわざと大ぶりで見応えのある動きをしているようだ。


 俺はその一連の戦いを目に焼き付けるようにして眺めていた。

 片方の騎士が相手の剣を奪ってその首に剣先を突きつけ、模擬戦は五分ほどで終了した。周りに丁寧に頭を下げてから、二人が出て行く。


 周りに倣って拍手を送りつつ、ふと隣のヴァーンに目をやった。


 するとヴァーンは、口をぽかんと開けていた。騎士たちが出て行った方を茫然と見ているようだ。不思議になって声をかける。


「ヴァーン、どうした?」

「今の奴、なんだ?」


 心ここにあらずという様子だ。首を捻る。


「騎士たちのことか?」

「騎士?」


 やっと俺を見上げた、その反応で気がつく。騎士団は選ばれた人間のみで構成される少数精鋭であり、王城や高位貴族を守ることが多い。

 ヴァーンは騎士を初めて見たのだ。


「騎士団に所属する剣士たちだ。強いだけじゃなく騎士道も待ち合わせた奴じゃないと選ばれない。特に今の模擬戦で勝った方は、名のある騎士をしょっちゅう輩出することで有名なノートン子爵家の長男だ」


 俺の説明にじっと耳を傾けるヴァーンに、「俺たちの一つ上の学年に三男もいるはずだ」と説明を付け足す。


「騎士……」


 口の中で転がすように呟いてから、ヴァーンは俺の方を向いた。


「騎士、かっけーな?」

「……おう」


 少し照れくさくなりながら頷いた。騎士がかっけーというのは、俺も実はずっと思っていて、でも誰にも口にできなかったことだった。


 するとヴァーンは拳をグッと握り、騎士たちが去っていった方向を見据えた。


「よし、決めた。俺は騎士になる」

「……は!?」


 思わず間の抜けた声を上げる。

 信じられない。この短時間で進路を決めてしまったのだろうか。


「騎士なら兄貴の心労にならずに立派な男になれる気がする」

「『気がする』って、お前」


 こんなちょっとした出来事でそんな重大なことを決めていいものか。


 だがヴァーンは有言実行だった。騎士との出会いは彼の中で相当大きな出来事だったらしい。


 お茶会の後も家の付き合いのとき会うようになった彼は、見かけるたびに騎士らしくなっていった。


 エネルギーをすべて悪さにつぎ込んでいた悪ガキが、それをそっくりそのまま騎士になるための鍛錬と勉強に回したのだから、さもありなんという感じだ。


「お前は良いよなぁ」


 ヴァーンに初めて会ってから一年。男爵家の庭で剣を振るヴァーンを眺めながら羨む。

 俺が公爵になるための勉強を進めていく間、ヴァーンは騎士になるため一直線だった。


「本当は俺も騎士になりたかった」というのは、ヴァーンにもまだ言えていない秘密だった。


 額に汗を浮かべ、素振りを繰り返すヴァーンは、目線もこちらにやらないままこう言った。


「お前も早く鍛錬始めろよ」

「何の鍛錬だ?」

「騎士になる鍛錬に決まってんだろ」


 少し間が空き、ヴァーンの木製の剣が空気を裂く音だけが聞こえる。


「俺は公爵家を継がなきゃいけねぇ。騎士にはなれねぇんだよ」

「は? なんで」

「騎士と公爵、両方にはなれな――」

「両方やれよ」


 俺は口を閉じた。正しく剣を振るよりよっぽど簡単そうに、ヴァーンは言い切った。


「ルーカス、お前騎士にもなりたいけど公爵にもなりたいんだろ。公爵家を牛耳れるもんな」


 図星だったから押し黙る。公爵夫妻の考えや言動に不満を感じ、公爵の座が欲しいと思っているのは確かだ。


「お前は頭が良い。騎士の才能も多分俺よりある。なら両方やりゃいいんだって」


 ブン、ブンという素振りの規則的な音を聞きながら、俺は空を見上げた。

 初夏の青く高い空に雲が流れている。ヴァーンがあんまり簡単そうにとんでもないことを言うから、なんだか力が抜けた。


「じゃあ両方やるかぁ」

「おう」


 頷いたヴァーンがやっと素振りを止めて、傍に置いていた別の剣を俺に放り投げた。

 放物線を描いたそれを片手で掴み、ヴァーンの指示に従って剣を握った。


 その日から俺は必死に体を鍛え始め、ランデール男爵家でヴァーンの剣の先生に教わり始めた。俺が「騎士にもなる」と言ったことに公爵夫妻が憤慨したためだ。


 公爵になる勉強も手を抜かず、両方で結果が出始めたのはそれから一年半後のことだった。

「やっぱ才能あると思ってたんだよな」とヴァーンは笑っていた。


 鍛錬と勉強と少しの悪さを繰り返しながら俺たちは成長していった。

 貴族学校に入学する年になり、令息科で習うような勉強は家庭教師を雇ってほぼ全て収めたので、俺は騎士科を選んだ。強いやつはここにいる。


 入学式で校長の話を無視して令嬢科の方をキョロキョロと伺っていたところ、隣のヴァーンに肘鉄を喰らわせられた。


「在学中に可愛い女の子と婚約してぇんだよ。お前だってそうだろ?」

「俺はそういうのはいい。面倒だ」

「はぁ?」


 小声で喋ると、ヴァーンも小声を返す。理解に苦しむ発言だ。


「時間が取られる。卒業してすぐに騎士団に入るなら、多分そんな時間はねぇ」


 俺は「そうかね」と首を傾げた。

 ヴァーンは人一倍鍛錬に熱心で、現時点でも十分騎士科で指折りの実力者に当たるはずだ。俺はヴァーンが卒業後すぐ騎士団に入るのも可能だと踏んでいる。


 それでもコイツが慢心しないのは、自分の体格を不利だと自覚しているからなんだろう。


「お前も、好きな子でもできたら変わるんじゃねぇの」

「好きな子?」


 ヴァーンが怪訝な顔でこちらを見遣る。


「多分俺はそういうタイプじゃねぇよ」

「言ったな。じゃあ賭けようぜ。お前がいつか女の子に夢中になってバカみたいなツラするようになるか」

「好きにしろ」


 ヴァーンは呆れたように言って、翌日から授業が始まり、毎日努力を重ねて一年が過ぎて――俺たちの前に、あの子が現れた。


 そして現在。


 騎士科校舎二階の教室の窓から、向かい合って何かを話しているヴァーンとアナベルちゃんを眺める。


 ヴァーンが何か言った。瞬間、アナベルちゃんの顔がボンっと赤くなり、ヴァーンはそれを見て目を細めた。

 婚約に頷かせるためアナベルちゃんに約束した、「今日の分の『好きだ』」を伝えたのだろう。


「何が『変わったりしない』だ。別人じゃねぇか。賭けは俺の勝ちだな」


 赤い顔を押さえようとするアナベルちゃんの手をヴァーンがそっと取って、二人はそのまま中庭の方へ歩いていく。


 少しだけ冷たい秋の風を感じながら、窓枠に肘をついてその後ろ姿を見送った。


「賭けに勝ったんだから、ヴァーンに何か命令できんのか。どうするかな」


 腐れ縁の友人の幸せそうな表情と、その最愛の女の子の満面の笑みを目に収めて、瞼を下ろした。


「賭けのことは忘れてやるかぁ」


 だって、これ以上望むことなど特にない。


 俺はニンマリ笑いながら、ただ窓から入る風を全身に感じることにした。

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