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番外編2 ルーカス・フリーマン前編

「先ぱーいっ!」


 昼休みの騎士科A組教室にて。その元気な声がどこかから聞こえた途端、ヴァーンは傍らの窓から顔を出して外を確認した。


 俺――ルーカス・フリーマンも真似してヴァーンの肩越しに下を覗けば、思った通り銀髪のとんでもない美人・アナベルちゃんが中庭に立っていた。


 ブレザーをしっかり着た制服姿で、両手を大きく振り、満面の笑みでこちらを見上げている。


「アナベル、そこで待ってろ」


 デカい声でそう伝えるが早いか、ヴァーンは俺を置いてさっさと廊下を走り、階段を降りていった。


「はーい!」と返事をしたアナベルちゃんが「ルーカスさんもこんにちは!」と笑顔を向けてくれるので、微笑んで手を振り返す。


 文化祭の公開告白で見事婚約を果たした二人は今や学校中の有名人で、中庭にちらほら見える人影も、少しアナベルちゃんを気にしているように見える。


 あっという間に下に到着したヴァーンが彼女のもとに駆け寄るのを眺めながら、俺は口の端を上げた。


「変わったなぁ、アイツ」


 思い出すのは九年前だ。ヴァーンと初めて会ったときの衝撃を俺は生涯忘れないだろう。


 信じられないことに、アイツは王城の庭で年上の貴族令息たちを投げ飛ばしていたのだから。


 俺たちは祖父同士が貴族学校時代の悪友で、家の付き合いはあったものの、九歳になっても互いに会ったことはなかった。


 なんでもランデール男爵家の次男は「相当な問題児」で「手のつけられない乱暴者」であり、「ルーカスに悪影響がある」かもしれなかったからだ。

 全て俺の両親であるフリーマン公爵と公爵夫人の言葉である。


 だがある日、俺たちは偶然二人とも王城で開かれるお茶会に出席していた。


 豪華絢爛な装飾がなされた庭園にて、退屈をこらえてそつなく社交をこなしていたとき、人の呻き声が耳に入ったから変だと思った。

「ドスン」「バタン」という、およそ王城のお茶会には似合わない物音も。


 気になった俺は会場を離れ、一人で庭園の奥へ入っていった。


 そこで目にしたのだ。栗色の髪の小柄な少年が、年上の令息四人を相手に一歩も引かず対峙しているのを。


「『たかが男爵家』に四人がかりでも勝てない気分はどうだよ!」


 少年が鼻で笑いながら、また一人貴族令息を投げ飛ばす。彼らはおそらく十歳くらいだ。

 対する少年は俺と同じ七、八歳だろう。なのに投げ飛ばす、転がす、蹴り飛ばすの大立ち回り。


「なんだコイツ……」


 その腕っ節の強さにあんぐり口を開ける。少年は貴族令息らしい衣装を着ていたが、見たところ完全にガキ大将だ。


 ぽかんと傍観していた俺だったが、貴族令息の一人がどしんと背中から地面に落ちた衝撃で我に返った。


「お前ら、一体何をしている」


 取り繕って冷静な声を出す。全員が一斉に振り返って俺を見た。

 だいぶボロボロの貴族令息が、それでも心はまだ折れていないらしく、キッと俺を睨む。


「何だよお前、関係ねぇだろ!」

「口の利き方には気をつけろ」

「なんだと!」


 令息が走り込んできた。ひょいとかわして足を引っ掛けて転ばせる。

「おお」と感心したような声を上げたのは栗色の少年で、少し気分が良い。


「俺はルーカス・フリーマン。お前は?」


 栗色の少年に尋ねたが、反応したのは周りだった。「ヒッ」と情けない声がそこかしこから聞こえる。


「フリーマン公爵家の長男だ……!」

「逃げろっ」


 顔色を悪くした令息たちが、転んだ令息を助け起こしてから全員ですたこらさっさと逃げていく。その後ろ姿を見送った。


 栗色の少年が隣に立つ。鼻血を乱暴に拭った後、右手を差し出してきた。


「俺はヴァーン・ランデールだ」

「お前が?」


 話には聞いていたランデール家の問題児の名前。驚くと同時に納得した。社交界にこんな問題児が二人もいたらたまらない。


「今の奴らは誰だ?」

「さあ。聞こえよがしに『たかが男爵家ふぜいがこんなところに』とか抜かしてたからどついたんだ」

「ふうん」


 話しながら、お茶会の会場に戻る道を二人で歩き始めた。


「一度王城ってのに来てみたかったんだよ」


 ヴァーンが身なりを整えつつ言う。鼻血が出ていた他は大した怪我もなく、鼻血を拭き取ってしまえばお茶会に戻れる格好だった。


「へえ、感想は?」

「一度で十分だな」


 きっぱりした物言いに思わず笑ってしまう。


「でもよく許してもらえたな」


 何度か顔を合わせたことがあるランデール男爵夫妻や、その長男のことを思い出しながら言った。

 常識的で穏やかな彼らとしては、問題大アリの次男を王城に行かせるのは不安だろうに。


「ああ。許可を出さなきゃ後悔するぞって父親を脅したんだ」

「何でそんなに王城に来たかったんだよ?」

「俺は将来平民になるだろうからな。俺が捨てる世界がどんなもんか見ておきたかったんだよ」


 ヴァーンが言い、俺は立ち止まった。もうお茶会の会場は目と鼻の先で、もう少し進んだら俺はまた猫をかぶって『フリーマン公爵令息』を上手に務めなければならない。


 素で話せるのは今だけだ。


「お前、なんで普段は馬鹿を装ってんだ?」

「喧嘩売ってんのか?」


 言葉は剣呑だが、ヴァーンの表情は笑っている。


「さっき、わざわざ場所を移して喧嘩したんだろ」


 四人の貴族令息に馬鹿にされて喧嘩をふっかけたらしいヴァーンだが、場所は庭園の奥で、お茶会の参加者たちは何も気がついていない。家名に泥を塗らない喧嘩のしかただ。


「あいつらにも本気で怒ってなかった。お前は感情で動く馬鹿じゃない。冷静に後先考えてる」


 その証拠に、令息たちに大した怪我はなかった。全員元気に走って逃げたのだから。

 話してみた印象でもヴァーンは評判とまるで違う。手がつけられない乱暴者なんかじゃなく、ごく理知的で話が通じる人間だ。


 ヴァーンは少しの間俺の視線を受けながら黙っていたが、静かに口を開いた。


「次男はちゃらんぽらんのほうが、兄貴もいらねぇ心配せずに済むだろ」


 その言葉で思い出したのは、ランデール家の長男の少しだけ青白い顔つきだ。

 穏やかで優しいが少し病弱な長男。健康優良児の弟が頭もキレて優秀だったら、周りも思うところがあるかもしれない。


 兄に余計な心労を与えないよう考えた予防策が、問題児の姿だったわけだ。


「なるほどな」


 納得しつつ、少し考えてから口を開く。

 俺は公爵家の一人息子で姉妹もいない。


「『他の兄弟は頼りにならない、自分しかいない』って状況もそれはそれで心配かもしれないぞ」


 そう呟くと、ヴァーンは少しだけ息を呑んだ。視線をやれば、真っ直ぐに前方を見つめる横顔。


 ヴァーンはそれきり何かを考え込むように黙ってしまったので、俺たちはお茶会の会場に戻ることにした。

続きます。


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