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瞬間、がばっと顔を上げて出入り口の方を確認して、私はじわじわと頬を赤く染め、ぱーっと顔を輝かせた。
「はい!」
元気よく手を挙げれば、会場から「おおっ!」と声が上がって拍手が起こる。先程までとは違う、健全な盛り上がりだ。
一歩前に出て、親友が作ったドレスが一番美しく見えるよう、つむじを糸で吊られているみたいに真っ直ぐ立つ。
「アナベルさん、告白したい方のお名前をどうぞ!」
笑顔のノートンさんが私の口元にマイクを向けた。
大好きな人と目が合ったまま、私はいつも通りの満面の笑みを浮かべた。
「ヴァーン・ランデール先輩っ!」
名前を呼びながら大きく手を振れば、みんなが私の視線を追って出入り口の方を振り返る。
約一ヶ月ぶりに会う先輩はタキシードの上着をどこかで脱いでしまったようだ。
シャツは袖をまくり、ネクタイもしていなくて、スラックスのポケットに手を入れている。先輩らしくて今日も最高に素敵だ。
ダンスホールに入った直後突然名前を呼ばれ、全校生徒プラスその家族たちから一身に注目されている状況なのに、先輩は大して驚いた様子もなかった。
ただ私を見つめるその目が、「アナベルお前今度は何やってんだ」と言っている。以心伝心というやつだ。
「公開告白だランデール、ステージに来い!」
私の隣でノートンさんが豪快に笑う。それを聞いた先輩は呆れたような顔になった。何が起きているのか理解したのだろう。
人だかりが自然に割れ、先輩の前にステージまでの一本道ができる。会場の照明係も気を利かせて先輩にライトを当てた。まるで劇か何かのようだ。
先輩がその道を真っ直ぐ進んで、ステージに上がる階段を上ってきた。ノートンさんが私にマイクを渡し、自分は何歩か後ろに下がる。
先輩が私の正面に立つ。いきなりステージに上がらされたことを気負っている様子は少しもない。
「アナベル、ショー良かったぞ」
「本当ですか!」
「ああ」
しっかりと頷く彼に、その場で飛び跳ねたいくらいくらい嬉しくなる。ロハリーの大切なドレスなので自重した。
本当はもっと感想を聞きたいけれど、それは後でじっくり聞けばいい。早く告白をしないといけない。
でもその前に確かめたいことがある。
「先輩、えっと、フォーサイス侯爵家に何か言われましたか……?」
「ああ、侯爵家の使いに『金を払うから今後はアナベル嬢に関わるな』って言われて、断ったら騎士が二人殴りかかってきた」
「大丈夫だったんですか!?」
「おう。時間はかかったけどな」
先輩は涼しい顔で言うけれど、つまり侯爵家に仕えている騎士を二対一で倒してきたようだ。すごい。
きっと上着はそのとき脱いだんだろう。
「多分なんかあったんだろ? 大丈夫だったか?」
「はい! 色んな人が助けてくれたおかげで、大丈夫でした!」
「そうか」
助けてくれたみんなへの感謝を思い出しながら頷くと、先輩が目を細めて微笑むのでドギマギしてしまう。
会場の参加者たちは思ったより固唾を呑んで私たちを見つめていた。それぞれ歓談とかしてくれていても良いのだけれど、これがイベントである以上、いい加減本題に入らないといけない。
「あ、あの――」
私の顔がさらに赤く染まっていく。衆人環視の状況で大好きな人に告白することに今更怖気付きそうになりながら、もごもごと口を開く。
「あ、待て」
息を吸い込んだそのとき、私を制止したのは先輩だった。
「それ貸せ」
「え?」
吸い込んだ息が無駄になってぱちりと瞬く。
手を差し出され、私は両手でぎゅっと握りしめていたマイクを促されるまま先輩に手渡した。
先輩がとんとんとマイクを叩いて確かめる。それを口元に構え、私をまっすぐ見据える。
心臓がうるさいくらいに激しく脈打ち始めた。先輩が口を開くその瞬間まで、時間が妙に長く感じられて色んなことを考える。
――この状況って、あれ?
まさか。
「好きだぞ、アナベル」
その瞬間、私の時間と呼吸が止まった。
一瞬の静寂の後、爆発のような叫び声が会場を包む。
「え!?」
「えっ!?」
「えーっ!」
叫んだのは私ではなく、誰だかわからないけれどたくさんの生徒たちだ。ノートン先輩にロハリー、レイチェルにルーカスさんなど、多分生徒のほとんどが驚愕の声を上げていた。
私は周囲の騒がしい状況などまるで頭に入ってこないまま先輩を見つめていた。
口をぽかんと開け、こてんと首を傾げる。
「先輩が?」
「おー」
「私のこと?」
「おう」
「好き……?」
「好きだ」
先輩が事もなげに頷き、私の頭がやっと動き始めて理解が追いついた瞬間。
「ええっ!?」
私は多分会場中で誰よりも大きい声を上げた。
両手で頬を包む。沸騰したんじゃないかってくらい体が熱い。居ても立っても居られなくて、一旦しゃがみ込んで、慌ててまた立ち上がる。奇跡が起きた!
会場のどよめきは今や歓声と拍手に変わっていた。その半分くらいが「うおおおお」みたいな野太い歓声で、騎士科のみんなだと、混乱する頭でもそれはわかった。
突然の夢見たいな状況を受け止めきれず挙動不審に陥っていたら、先輩が徐に距離を詰めてきた。
それでまた歓声と野次が激しさを増して、先輩が至近距離で口を開く。
「アナベル――」
「え? なんですか!?」
「この後――」
「先輩、聞こえないです!」
「あいつらうるせぇな!」
青筋を立てた先輩が会場の方をぐるんと振り向いた。
けれど生徒の家族たちもいる中、さすがにいつもみたいに「お前らうるせぇ!」と一喝するわけにはいかないと思ったらしい。
先輩はマイクを床に置くと、突然私の背中と膝の裏に手を回し、がばっとお姫様抱っこで持ち上げた。体が軽々浮いて慌てて彼にしがみつく。
「え!? え!?」
混乱する私をよそに、先輩はそのままさっさとステージを降りる階段を駆け降りた。人混みを縫って歩いていく。
会場がまた一段階盛り上がった。色んな人が笑顔で拍手したり手を振ってきたりしてくる。
先輩も肩を叩かれたり声をかけられたりしていて、視界の端でロハリーがガッツポーズをとり、ルーカスさんが息もできないほど大笑いしているのを見た。
「先輩、どこ行くんですか!?」
その首にしがみついたまま、周りの音に負けないよう声を張り上げる。
人混みをかき分けてダンスホールの出入り口に足を進めながら、先輩が私の片耳に口を寄せた。
「どっか静かで二人になれるとこ」
思わず顔を真っ赤にして耳を手で覆い、ぱくぱく声にならない声で抗議すると、先輩はその顔が面白かったのか声を出して笑った。
耳まで赤く染めて震えているうちにダンスホールの出入り口に到着した。
また二人のドアマンが扉を開いてくれて、先輩は私をお姫様抱っこしたままダンスホールを後にした。