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「はいっ!」


 ダンスホールの中心、参加者たちのちょうど真ん中で、まっすぐに手を挙げた一人の男子生徒がいた。


 私とフォーサイスを含めて会場中の視線が集まる。無数の人間からの注目を受け、少したじろいだ彼は、それでも踏ん張って息を吸い込んだ。


「我がピアース伯爵家は、全面的にトゥロック商会を支援します!」


 震えた声で宣言した彼を見て息を呑む。


「ピアース伯爵令息……」


 そう、初対面の『舞踏』では私から逃げた彼だ。


 その後連絡を取り合うようになって、「アナベルさんがこんなに気楽に話せる相手だと知ってたら『舞踏』で逃げたりしなかったな」と笑っていたのが記憶に新しい。


 この状況で声を上げるのがどんなに勇気が必要なことだったかわからない。真っ青な顔で震えながらもしゃんと立ち続ける姿に涙が出そうになる。


 フォーサイスは唇を噛んだけれど、すぐに切り替えたようだ。


「アナベル、彼は所詮伯爵家だ。悪いがうちの侯爵家は――」

「僕もトゥロック商会につこう」


 また一人手を挙げた人がいた。

 叫ばなくてもよく通るその声の持ち主は、会場の左側からすっと姿を現した。

 長めの金髪を揺らし、貴族らしさに溢れた長身の青年。


「イングルス次期侯爵だ。アナベル嬢には借りがあるのでね」


 そう言って私にウインクを送る。体育祭の練習で踊った侯爵令息さんだとすぐにわかった。


「レイチェル・ローズです! 我が侯爵家と令嬢科C組は、アナベルさんの味方ですよ!」


 続いて会場前方でレイチェルが手を挙げ、ロハリーを含め、会場のあちこちから口々にそれを肯定する声が聞こえてきた。


「そうよそうよ!」

「お父様、アナベルさんは私の友人なの!」

「アナベルさんの恋路は邪魔させないわ!」


 フォーサイスが言葉に詰まる。この数分で、すぐにわかるだけでも侯爵家が二つ、伯爵家が一つトゥロック商会の側についてくれた。


 そしてこの形成逆転を確かにした人がいた。


 すっと手を挙げる動作だけで周りをシンと静かにさせたその人物を見て、息を呑む。


 いつもへらへら笑っているルーカスさんが最前列にいて、静かな表情と上品な動作で口を開いた。


「ルーカス・フリーマン次期公爵だ。フリーマン公爵家は我が友の味方。トゥロック商会の後ろ盾に加わろう」

「公爵……!?」


 フォーサイスが思わずといった風に声を漏らし、顔色を悪くする。


 私は胸がじんと熱くなって、涙が込み上がるのを感じた。


 今、私の目の前で、会場のいたるところから応援の声が上がっている。この一年で縁を結んだ人たちが私の力になってくれている。


 貴族学校に入ってすぐ、知らない人に『デカ女』と呼ばれて一人で涙ぐんだ時のことを思い出した。

 あの時の私がこのことを知ったらなんて言うだろうか。


『約半年後、あなたは色んな人に助けられて、この学校に入って本当に良かったって思ってるよ』と言われたら。


 浮かんだ涙をぐいっと拭い、私はステージの上からみんなに向かって頭を下げた。


「ありがとう……!」


 会場全体が静かになっていき、私は今度はフォーサイスに向かい合う。勢いよく頭を下ろしてはっきり言った。


「ごめんなさい!」


 その体勢のまま数秒待った。フォーサイスがうんともすんとも言わないので、そろそろと顔を上げる。


 彼は半分諦めたような、ひどく穏やかな表情をしていた。


「……『公開求婚を断るのはマナー違反だ』と言っても?」

「私は今もこれからも平民です。貴族のルールに縛られる必要はないと思います。ごめんなさい」

「『侯爵令息である僕に恥をかかせるなんて許されない』と言っても?」

「ここは学校ですから。みんな恥をかいて、卒業後も昔の恥ずかしい思い出がふとしたときに蘇ってきて悶えたりして、そうして大人になっていくんです!」


 長兄の受け売りで答えたら、フォーサイスは声を出して笑った。マイクのスイッチを切り、それに気づいたノートンさんが慌てて司会進行を奪い返す。


「では、思わぬハプニングもありましたが、今から予定通り公開告白に移りたいと思います! この企画は――」


 ノートンさんが再び『公開告白』の概要を説明し始めた。後夜祭がプログラムの流れに戻っていく。


 私はその場で安堵のため息をつき、フォーサイスは階段を使ってステージを降り始めた。


「君は味方がたくさんいるんだな」


 途中で彼が私を振り返る。魂が抜けたようでありながらも、どこか晴れ晴れしているようにも見えた。


 どうも気になって、また背を向けようとするフォーサイスに声をかける。


「あの、うちに圧力をかけようと思えば、もっと他にいくらでもやり方があったんじゃないですか?」


 もっと根回しをして先に商会をにっちもさっちも行かない状況にしてしまうとか。具体的にはわからないけれど、他に賢いやり方がいくらでも。


「君たちは婚約者でもないし、付け入る隙はあったよ。でも」


 言葉を選ぶようにそう口にしてから、彼は私に微笑んだ。


「そんなことしたら、君が笑顔じゃなくなってしまうのがわかってたから。結局こんな馬鹿なことしかできなかったよ」


「幸せに」と、微かな声で囁いてから、フォーサイスはステージを降りて参加者たちの中に姿を消した。


 それを見届けてから顔を上げる。

 公開告白についてのノートンさんの説明が終わり、公開告白に応募した他の三人がステージに上がってきたところだった。


 男子生徒が二人と女子生徒が一人、いずれも緊張した様子で私の横に一列に並んでいく。


「告白の順番は挙手制です! 心の準備ができた方から、一歩前に出て想い人の名前を教えてください!」


 気を取り直したらしいノートンさんはノリノリだった。多分彼は誰かの恋愛を応援するのが好きなのだろう。


 私を含めた四人の生徒がお互いに顔を見合わせる。なんとも気まずくてみんな少し笑ってしまった。


 フォーサイスによれば、先輩は今この会場にいないので、彼が来るまで待ちたい。


 他の三人にそう伝えようとした私の耳に、ある音が入ってきた。

 扉が開いて、また閉まる音。

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