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「ああ、最高の気分!」

「アドレナリンドバドバ!」

「アナベル、おつかれ!」


 舞台裏ではみんなが余韻に酔いしれていて、特に三年生は目に涙を浮かべていた。こんなに楽しい行事がこれで最後なんだから、どんなに寂しいだろう。


 色んな人と抱きしめ合ってお互いを称えた。三年生はこれで引退だから一、二年が花束を渡す。


 予定ではこの後すぐ、全校生徒が参加する後夜祭が始まる。モデルたちは着替える時間がないから、みんな三着目のまま参加するのが通例だ。


 それもあって三着目には華やかなドレスが選ばれる。

 後夜祭とはつまり、貴族流のダンスパーティのことなのだ。


 生徒の家族も参加OKで規模は相当大きい。踊ったり、立食形式のグルメに舌鼓を打ったり、歓談したり、とても楽しいパーティだと聞いている。


「アナベル!」

「ロハリー!」


 ドレスアップしている親友が駆け寄ってきたので力いっぱい抱きしめようとしたけれど、ロハリーはそれを避けた。


 代わりに私の手を取って駆け出した。


「ロハリー!? どこ行くの?」

「後夜祭よ! あんた、ショーが三十分押してたのわかってる!?」

「えっ?」


 控え室を出て大体育館の横を走っていく。

 観客はもうほとんど会場を出ていたけれど、残っていたわずかな人たちが驚いて道を開けた。その間を駆け抜ける。


「後夜祭はもう始まってる! ショーを見にきてた人たちももう合流してるはず!」


 爆走する私たちを、というか私を周りの人がぎょっとして見ていた。

 豪奢なウエディングドレス姿で、しかもヒールで身長は190cmだから無理もない。


「あんたは今日絶対ヴァーン・ランデールに告白しなきゃいけないんだから、走って!」

「な、なんで?」


 前を走るロハリーに息を切らして尋ねながら、私は不思議な気持ちになっていた。


 私はいつから10cmヒールでこんなふうに走ることができるようになっていたのだろう?


 いつから周りの視線が集まっても、背筋を正したまま堂々としていられるようになったのだろう?


「なんであんたの三着目をそれにしたか、わかる? 『トリはウエディングドレス』が服飾研究部の伝統じゃなくても、あたしは絶対あんたにそれを作ってた」


 速度を落とさないまま、ロハリーが振り返った。

 中庭を抜け本校舎に着いて、後夜祭の会場であるダンスホールはもうすぐそこだ。


「あたしは親友としても、デザイナーとしてもあんたが大好き。あたしが作った最高のドレスを最高のあんたが着れば、どんな男もイチコロだって思ったの」


 ダンスホールの入り口に着いて、やっとロハリーが速度を緩めた。

 目の前の両開きの扉を開ければ、中はパーティ会場。後夜祭が行われているはずだ。


 ロハリーがくるりと私を振り返って、肩で息をしながら私の髪やドレスを整えてくれた。

 全身に素早く目を走らせた後、私の背後に回って背中を押す。


 二人のドアマンによって両開きの扉が開かれる。

 中に入る直前の小さな声を、私は聞き逃さなかった。


「証明してきて。これはそのためのドレスなんだから」


 会場に一歩足を踏み出すと、周りからの視線が集中した。参加者は生徒もその家族もみんなタキシードやドレスに着替えているようだ。


 私とロハリーは急いできたので、服飾研究部の他のモデルはまだ大体育館にいるはずだ。だから私の着ているドレスがやけに注目を集めているのだろう。


 突き刺さる視線を受け止める。ランウェイに似ている気がして緊張はなかった。

 真っ直ぐ前を見つめたまま、ロハリーと一緒に中に入る。


 周りの人から口々に「やあ!」「ショーを見てたよ」「すごく綺麗だね」と声をかけられる。


 誇らしい気持ちで「ありがとう」とか「ロハリーのデザインだよ」だとか返しながら、私は前方のステージに目をやった。公開告白はもう終わってしまっただろうか。


 後夜祭は堅苦しい校長先生の挨拶もないから、来た人から勝手に始まっていく。先生たちもグラスを片手に楽しむ無礼講なのでさもありなんという感じだ。


 司会や運営をしているのは生徒会らしい。

 私と目が合った途端、現生徒会長であるムキムキ三年生ことノートンさんが、ステージの上でほっとしたような顔をした。


 彼がマイクを口元に構える。


「ご来場の皆様! 生徒会主催、『公開告白』イベントの時間です。このイベントは今年から新たに企画されたもので――」


 流れるようなアナウンスが始まり、私が到着するまで公開告白を始めないでいてくれたのだと気がつく。ほっと胸を撫で下ろした。


 しかし。


「ちょっと待った!」


 ノートンさんの声は途中で何者かに遮られた。


 声を上げたのは一人の男子生徒で、会場中の視線が彼に集中する。


「失礼!」


 その男は二本目のマイクを持っており、勝手にステージに上がった。遠すぎてわからないけれど、見覚えがある気もする。

 私の隣でロハリーが「嘘でしょ」と声を漏らした。


「今日この記念すべき日に、私事を持ち込むことを許していただきたい……僕はフォーサイス侯爵家が長男、レイトンと申します」

「あれ? フォーサイスだ」


 小声でロハリーに話しかける。

 私と同じように会場の至る所でざわめきが起こっていた。みんな何が起きているのだろうとステージに注目している。


 フォーサイスも生徒会の一員だから、これは余興かもしれない。呑気にそんなことを考えていた私だったけれど、


「アナベル・トゥロック嬢! こちらへ!」


 次の瞬間マイクを通して会場中に叫ばれたのが私の名前だったから、思わず飛び上がってしまった。


「えっ何? 私?」


 会場のざわめきが激しさを増した。一部の生徒たちが私を振り返っていて、それに釣られて生徒の家族たちもこちらを見る。


 四方から数人の知らない生徒たちが私に近寄ってきて、「どうぞどうぞ」と私をステージに追いやる。ロハリーから引き離されてしまった。


「別に乱暴する訳ではありませんから」

「レイトン様があなたにお話があるようで」

「お話を聞くだけで構いませんので」


 彼らはきっとフォーサイスの取り巻きだ。生徒会選挙演説のときもフォーサイスの周りで彼をサポートしていたの見た。

 逃げ場をなくされてステージに上らされてしまう。遅ればせながら嫌な予感がしてきた。


 居た堪れない気持ちでステージの端っこに立つ。

 タキシードを着込んだフォーサイスが近寄ってきて、「今日は一段と美しい」といらない前置きをした。そういうフォーサイスは今日は私よりも小さい。


 そして彼は徐に私の前に跪いた。わざわざマイクを使って会場中に聞こえるよう宣言する。


「アナベル嬢! 君に婚約を申し込みたい!」

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