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ステージライトが肌を焼き、観客の拍手が聞こえる。
座席に座ったまま身を乗り出したり、人の頭と頭の間から顔を出したりするその様子が今度はちゃんと見えた。
一回目よりも周りがよく見えている。音も聞こえる。
さっきはまるで無音の世界だった。私は思ったより緊張していたようだ。
二着目はロハリーがデザインした衣装だ。
上品に光を反射するシルバーのパンツスーツ。第一印象はかっちりして見えるけれどよくよく見れば遊びが効いている。
襟の形は変則的で、袖はタイトな上に手の甲を覆うほど長いし、ズボンは左右両方とも外側にスリットが入っている。
黒いピンヒールを合わせて、気分はモードな大人の女性だ。キュッとぴっちり結んだ低い位置のポニーテールを、文字通り馬の尻尾みたいに揺らしながら歩く。
メイクはグレーとラメがふんだんに使われていて、都会の夜がテーマのようだ。
ルック名は『都会的で超カッコいいアナベル三十歳』。考えたのはもちろんロハリーだ。
ランウェイの最果てでポーズを決めれば、歓声が一段と大きくなるのがわかった。
自信たっぷりに歩きながら、うっすら微笑んで観客に手を振り、歓声に応えた。
今度は『ミステリアスな深海魚』ではないから微笑んだり手を振ったりするのもアリなのだ。
ヒールを鳴らして折り返しを歩いていく時、胸を満たしたのは寂しさだった。
もっとここにいたい。
まだもう一回ある。もう一回しかない。まだこの時間が終わらないことに安心して、同時にドキドキもした。
舞台袖に戻ると複数人が私を待っていて、ほとんど連行されるみたいに着替えに向かった。
三着目は自分一人では着ることができないドレスだ。四人の手を借りる。
ヘアメイクも変えてもらって、今度は靴もバッチリだ。
幅を取るドレスを抱え、みんなに場所を開けてもらって舞台袖に向かう。
袖に着くと、既に私を待っている女性がいた。もう待機しているモデルは私と彼女だけだ。
二着目は私より後だったのに、どうして私より着替えるのが早いんだろう。
三人のヘアメイクさんに囲まれ、最後の微調整をされながら、メリッサ部長が振り返った。
「おいで、アナベル」
今日一段と美しいメリッサ部長は、海外で出演していたショーの関係で、一週間前にやっと帰国した。
反感を持っていた部員は多かった。なのに部活再開初日、仮設ランウェイで披露したウォーキングで全員を黙らせた。
上には上がいるのだと、私を含めたモデル全員が痛感したあの日。
そのメリッサ部長に呼ばれるがまま、隣に並んだ。
最後は彼女と一緒にランウェイを歩くのだ。
「さあ、トリを飾ろうか」
背後で合図が聞こえ、部長と呼吸を合わせて一歩踏み出す。
二人でステージに躍り出た瞬間、鼓膜を激しく揺さぶるような歓声が私たちを包んだ。
国内だけでなく国外にも数多のファンを抱える部長の人気には舌を巻いてしまう。
三着目はウェディングドレスだ。
今度は弾けるような笑顔で、手を伸ばして積極的に周りに手を振りながら歩いた。ウエディングドレスには笑顔が似合う。
最後はウエディングドレスで締めるのが服飾研究部ファッションショーの伝統。
しかし今年の選考会では、どちらかを選べないくらい素晴らしいウェディングドレスのデザインが二着提出されてみんな困った。
そこで、トリのモデルを二人にして、両方作ってしまえという決定になったのである。
一番苦労するのはお針子組だけれど、彼女たちが一番「どっちも作りたい」と気合十分だったのだから仕方ない。
私のドレスのテーマは『超幸せな春のアナベル二十歳』。製作者はもちろんロハリー。
幾重にもレースが重なったふわふわのスカートは、パニエでフワッと広がって足元も覆い隠す。
上半身はオフショルのように肩やデコルテは見えていて、二の腕にレースの袖が回っているけれど、正直袖の役目は果たしていない。
胸元は立体的なお花で埋め尽くされていて、これは実は本物のお花だ。
薄ピンクやアイスブルーやレモンイエローの花弁を特注して、ロハリーが今日の午後に貼りつけた。
『一日限りの春のドレス』だそうだ。
仕上げに本物のお花と金属の細工のお花が混じったティアラをつけ、肘上までの手袋を身につけ、髪の毛を巻いてもらって完成だ。
私の可愛さ目白押しなドレスに対して、メリッサ部長のドレスは美しさと色気目白押し。
エンパイアラインのスカートは、後ろが1.5mは引きずるほど長くて、部長はそれを垂らしたまま歩く。
モデルにウォーキングの技術がないと、ランウェイの先端でうまく折り返せないだろう。
上半身は肌に吸い付くようなレースで、長袖かつハイネック。肌が透けるけれど、もちろん胸はインナーで隠している。
そして背中は丸っと露出していて、腰はもちろんお尻の上の方も見えるか見えないかという攻めたデザインだ。
私と同じ純白でもこうも印象が変わるのだから、デザインってすごい。
二人で一番向こうまで歩いて、そして引き返す。
夢見たいな時間が終わってしまう名残惜しさは胸に隠して、私は変わらずとびきりの笑顔を振りまいた。
ウエディングドレスが二着に決まった時、一着を担当するのは最初からメリッサ部長に決まっていた。部長が最後を飾るのも伝統だ。
もう一人が私になった理由はいくつかあって、ロハリーが私のためにデザインしたウエディングドレスだったことも理由の一つ。
でも、一番の決定打はこの笑顔だったらしい。
私はこの会場のどこかに先輩がいると信じることで、先輩にいつも向ける満面の笑みをランウェイでも自然に浮かべることができるのだ。
それはロハリーに言わせれば、「この世で最も可愛いものである『恋する乙女の笑顔』」らしい。
ランウェイテストのときの笑顔もあって、私は表情を作る実力を買われ、この大役を任されたというわけだ。
メリッサ部長と二人、舞台袖に帰るのではなくステージの中央に立って、最後はカーテンコールだ。
モデル全員が三着目の衣装のままステージに出てきて、横一列に並んで観客に頭を下げる。
割れるような拍手が私たちを包んだ。
端のモデルが舞台袖にいるデザイナーたちを呼んで、お針子組やヘアメイク組、演出組も呼んで何度も礼をする。
鳴り止まない拍手とスタンディングオベーションの中、私たちはステージを後にした。