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 忙しい十月は飛ぶように過ぎていき、ついに文化祭の日が来た。


 貴族学校文化祭は二日間にわたって行われ、貴族の子弟も多く訪れる一大行事だ。

 クラスごと、団体ごとに出し物や企画をやるから、発表だけでなく食べ物など楽しめるものが多いのがいいところである。


 服飾研究部のファッションショーは二日目の夕方から。

 なので一日目はクラスの出し物の仕事や他のクラスの冷やかしに費やすことができる。


 一日目の朝、私はロハリーと校内を回っていた。ブレザーの制服に斜めがけバッグという気楽な格好だ。


「すごい!」


 見物しながら校舎を回っていけば、執事喫茶に動物カフェ、貴族カルタ大会なるものを開催しているクラスもある。貴族あるあるを書いたオリジナルカルタを作ったようだ。


 目移りしながら一通り見ていたら、ロハリーが私の袖を引っ張った。


「アナベル、中庭にも行ってみよ」

「うん!」


 中庭には大きな仮設テントが立っている。「行事実行委員会」の生徒が何人も常駐していた。

 道案内や落とし物の管理など、運営関連はここが本部となっているようだ。


 ロハリーはテントに向かってまっすぐ歩いて行き、ホワイトボードをじっと眺めた。


「どうかしたの?」

「アナベル、これ」


 隣に立って顔を覗き込む。するとロハリーは一枚のチラシを指差した。

 薄ピンク色の背景に「参加者募集! 公開告白!」という手書きの文字が踊っている。


「何これ?」

「生徒から有志の参加者を集って、二日目の後夜祭のとき全校生徒の前で好きな人に告白してもらうっていうイベントをするみたいだよ」

「へえ! 盛り上がりそう」


 チラシには既に知らない人の名前が書かれている。勇気ある男子生徒が早速応募したようだ。


 お祭りっぽくて素敵だなと考えていたら、ふと視線を感じた。ロハリーが私をじっと見上げている。


「アナベル、よくヴァーン・ランデールに告白してるけど、こういう機会を利用するのも刺激になっていいんじゃない?」

「そうかな? でも全校生徒の前って、ちょっと恥ずかしいような――」

「大丈夫。アナベルの気持ちはもう全校生徒知ってるから」

「それはそれで恥ずかしいけど」


 私はチラシの説明書きに目をやったけれど、ロハリーは私から視線を外さない。

 なぜか私を公開告白に参加させたいようだ。


「うーん、やっぱり恥ずかしいかな」

「きっと公開告白なら、ヴァーン・ランデールも『なんて度胸がある奴だ』ってイチコロだよ。すぐに婚約、ゴールイン。来年の夏休みにはハネムーンに行けるんじゃない?」

「……そうかな! じゃあやってみようかな」


 親友に公開告白の効果を力説され、浮かれたお祭り気分も手伝って、私は近くに置いてあったペンでチラシに自分の名前を書いた。

 告白する側の名前だけ書いて、される側はその場で司会者に呼び出される形のようだ。


「よし!」


 ロハリーはガッツポーズを作り、私の視線を受けてすぐに「何でもない」と取り繕った。何でもなくはなさそうだけれど、無理に聞く必要もないだろう。


「次はどこ行く?」

「ここからだと、剣術部が近いんじゃないの?」


 私はバッグからパンフレットを取り出して地図を確認した。


「本当だ! 行ってみよう!」


 すぐ近くの体育館で、剣術部が『来たれ、挑戦者! 〜剣術部部員を倒して賞金をゲットしよう〜』という企画をやっているようだ。

 約一ヶ月ぶりに先輩に会えるかもしれない。


 二人で体育館に向かって中を覗いてみる。体育館は剣術部だけでなく、体育委員会や射撃部も使っているようで、多くの生徒や来場者で賑わっていた。


 中でも異色を放っているのが、やいやい歓声を上げる人だかりに囲まれるようにしてできたリングだ。


 中心では木製の剣を持った二人の人物が戦っていた。片方はすっかり顔見知りになったムキムキ三年生こと、ノートンさんだ。


 人の隙間から顔を出して様子を見ていると、なかなか良い試合になっているようで、ノートンさんが押されるような場面もあった。

 最終的には彼が勝ったけれど『辛勝』という印象だ。ロハリーと顔を見合わせる。


「相手の人もすごい実力者だったのかな?」

「さあ、あんまりそうは見えなかったけど」


 二人で首を捻った。するとすぐ後ろから声をかけられた。


「わざとギリギリの試合をして見せてるんだよ。パフォーマンスだね」


 驚いて振り返れば、そこにいたのは先輩のお友達であり私の先生だった。ひらひらと手を振ってくれている彼にお辞儀をする。


「ルーカスさん! お久しぶりです!」

「久しぶり、アナベルちゃん。そちらは初めましてかな?」

「はい! 私の親友のロハリーです」


 ロハリーにもルーカスさんを紹介してから、試合について尋ねた。


「どうしてわざとギリギリの試合にするんですか?」

「俺たちのこの企画は、客が挑戦料を払って剣術部員と一対一で戦うんだ。剣術部に勝てたら賞金をもらえる。剣術部の圧勝じゃ挑戦してくれる人が減っちゃうだろ?」

「なるほど!」


 ロハリーと二人で納得し、私はそろそろと周りを見回した。顔見知りの騎士科の生徒はちらほら見るけれど、一番会いたい人の姿がない。


「あの、先輩は……」

「ヴァーンならついさっきシフトが終わって、今は多分クラスの出し物のシフトだな」

「ありがとうございます、行ってきますね!」

「あっ待って!」


 意気揚々と騎士科校舎に向かおうとした私にルーカスさんからストップが入る。


 何とも言いづらい神妙な顔をしたルーカスさんが、言葉を選びながら慎重に口を開いた。


「えーと、アナベルちゃんはヴァーンの格好によっては鼻血を出すことがあるんだよね?」

「はい!」

「明日は大事なショーの本番なんだよね?」

「はい!」


 元気に肯定すれば、ルーカスさんが途方に暮れたような顔でこちらを見る。


「アナベルちゃん、悪いことは言わないから、騎士科の出し物を見に行くのはやめときな」

「な、なんでですか?」


 ショックを受けて固まる私に、ルーカスさんは「パンフレット持ってる?」と尋ねた。

 差し出すとページをめくって、クラスごとの出し物の紹介ページをトントン、と指差した。


「『騎士科二年合同・筋肉執事喫茶』……」


 その言葉を読み上げた私は頭を抱えた。隣でロハリーが「これはまずい」と呟いた。


『筋肉執事』が何なのかはさっぱりわからないけれど、先輩の『筋肉執事』姿は猛烈に見たい。

 でも万が一鼻血が出やすくなって、明日ショーで歩いている時にやらかしたら目も当てられない。


 断腸の思いで決断した。血涙が流れている気がする。


「諦めます……」

「それがいいね」

「偉いよ、アナベル」

「大人しくロナルドさんを呼びます……」


 先輩の『筋肉執事』姿を最も信頼する絵師さんに任せ、私とロハリーはその後も文化祭を満喫した。


 騎士科校舎に近づかないように気をつけたせいか先輩には会えなかった。万が一流れ弾的に『筋肉執事』姿を見たらまずいので、仕方ないと我慢する。


 少なくとも明日後夜祭の公開告白では会えるとわかっているから頑張れる。それだけでも公開告白に応募して良かった。


 そうしてついに、文化祭二日目がやってきた。

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