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 十月に入ると全学年一斉の三者面談が三日間にわたって行われる。

 本来テストの結果はここで初めてわかる。褒められるか雷を落とされるか、みんなドキドキしながら三十分ほどの面談に臨む。


 私の両親は最終日に学校に来て、「今回のテストはすごく頑張って成績が急上昇して」とブラウン先生に褒められて鼻高々だった。

 優秀な兄たちの存在があるのに、結果よりも頑張りを評価してくれる両親で本当に良かった。


 馬車で先に帰る両親を見送った後、ご機嫌で令嬢科校舎に戻ろうとしたら、どこかから名前を呼ばれた。


「アナベル!」


 聞き間違えるはずのない大好きな声。少しきょろきょろして、騎士科校舎の二階の窓から顔を出している先輩の姿を捉える。


「先ぱーい!」


 笑顔で両手を大きく振った。先輩は背後を少し振り返った後、また私に向かって声を出した。誰かと一緒にいるのかもしれない。


「ちょっとそこにいてくれるか?」

「わかりました!」


 先輩が顔をしまったのが見えて、多分階段を下りてこっちまで来てくれるのだろう。

 私はブレザーのポケットに入れている折り畳みブラシで髪をとかし、制服の乱れを確認した。


「アナベル、悪いな」

「先ぱ――」


 振り返った私の目が点になる。先輩はやっぱり一人ではなくて、ルーカスさんとか騎士科の人かなと思っていたのだけれど、予想が外れた。


 先輩の後ろには、スーツを着た男性と、深い緑色の落ち着いたワンピ―スを着た女性が立っていた。


「アナベル、俺の両親だ。二人とも、アナベルだ」


 私たちの間に立った先輩が簡潔に説明した瞬間、ひゅ、と喉が鳴る。


 目の前にいるのは先輩の生みの親、つまり、お義父様とお義母様だ!


「は、初めまして! 先ぱ――ヴァ、ヴァーンさんにはいつもお世話になっております、アアアアナベル・トゥロックと申します」

「落ち着け、『アアアアナベル』」


 顔をりんごのように赤くしてぺこぺこと挨拶する私の噛みっぷりに、先輩が少し笑みを漏らした。


 お義母様が「まあまあまあ!」と声を上げ、令嬢科の同級生たちを思い出して僅かに安心する。お義母様は150cmくらいだろうか。優しそうで可愛らしい。


 お義父様はお義母様と一度顔を見合わせて、私に微笑んでくれた。お髭がダンディなおじさまだ。


「お会いできて光栄です、アナベルさん」

「ここっ、こちらこそとてもっ、嬉しいです」


 私がまたたくさん噛みながら伝えると、先輩はすっと俯いた。多分笑いを堪えている。震える手でご両親と握手を交わした。


 そのとき「おーい!」と声がして、見上げたらさっき先輩が顔を出していたのと同じ窓から、筋骨隆々の男性がこちらに手を振っていた。


「ランデール、もうすぐ時間だぞー!」

「カーチェス先生、すみません!」


 顔を上げた先輩が大声で返事をし、私に向き直る。確かカーチェス先生は騎士科A組の担任だ。


「悪い、俺たち今から面談なんだ。お前を見かけてつい来ちまったから、ろくに話す時間がなくて悪いな」

「い、いえ!」


『お前を見つけてつい』ってどういうことだろう。『私を見つけてつい両親を紹介してしまった』ということだろうか。つまり結婚するってことだろうか。


「二人とも先に戻っててくれ」


 先輩がご両親に向かって言う。二人は頷いたけれど、お義母様のほうは最後に私のそばに来て、小さな声でこう言った。


「ヴァーンに女の子を紹介されたのは初めてなの。仲良くしましょうね」


 いたずらっぽく微笑むお義母様に首をブンブン縦に振ってから、私はご両親と別れた。次はぜひ結婚式でお会いしたい。


「ランウェイテストぐらい緊張した……」

「そんなにか?」


 ほっと息を吐く私に首を傾げてから、先輩は手短に話を切り出した。早くしないと面談の時間になってしまう。


「明日から委員会ないのは知ってるか?」

「はい……」


 肩を落とし、一気にテンションを下げながら肯定する。


 三者面談が終わると文化祭準備期間に入り、文化祭で発表がある団体以外は部活も委員会もお休みになる。

 飼育委員会は十一月中旬までお休みになるようだ。


「先に伝えておこうと思ってな。服飾研究部のファッションショー、騎士科はほぼ全員チケット取ったぞ」


 掛けられた言葉に顔を上げる。ほぼ全員ということは、先輩もとってくれたのだろう。


「準備、頑張れよ。体は壊さないようにな」

「はい、先輩も」


 最後に彼は私に手を伸ばして、きっといつも通り頭を撫でられると思って待った。

 けれどその手は私の顔の前で止まった。


 先輩の親指の腹が、触れるか触れないかという優しさで私の頬をそっと撫でる。


「じゃあまたな、アナベル」


 彼は何事もなかったかのように私に笑いかけると、状況を把握しきれずぽかんとする私を置いて、行ってしまった。


 触れられたところを指でなぞる。先輩が行ってしまってしばらくしてから、やっと呟いた。


「ほっぺに触ってもいいっていう許可、出したっけ……?」


 気づいた途端、体温が上がって体がじわじわ熱くなる。触られたところは特別熱い気がする。


 体に触るときはいつも先に許可を取っていたのに。不意打ちで触れるのは一体どういう心境の変化なんだろう。


 頬を押さえたままその場にしゃがみ込んだ。熱くなったほっべたは、しばらく元に戻りそうになかった。

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