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 うちのお屋敷では常に侍女か執事が一人は壁際に待機していて、先輩と宿題をしていた間も二人いてくれた。


 けれどそれが四人に増えていたから、思わず二度見してしまった。


 それも、すごく見覚えのある亜麻色の髪と銀髪の長身執事二人である。


「えっな、何してんの!?」


 自分の目を疑う。

 けれど壁際に楚々として待機していたのは、間違いなく私の長兄と次兄だった。


 二人とも執事服に身を包み、『なんか執事っぽい片眼鏡』までしている手の込みようである。


「あれ、もうバレてしまったか」

「お前な、兄たちに隠し事なんて水臭いってもんだぞ」


 私が話しかけた瞬間、二人は執事らしい直立不動から普通の佇まいになった。


 長兄が片眼鏡をくいっと押し上げる。


「アナベルの馬車が帰ってきたとき、僕はたまたま窓から見てたから『先輩』が来たのは知ってたんだよね」

「俺はそれを教えてもらった。お前の性格を考えれば俺と兄貴を『先輩』に会わせようとしないのは明白だ」

「ならもうこっそり会うしかないよね」

「暇なの?」


 両側にいる本物の執事と侍女が困ってしまっているではないか。


「意味わかんないし、先輩と話してるところ見られるの嫌だから出てって。あと『先輩』って呼ぶのもやめて」

「そうはいかねぇ。せっかくコスプレしたのに馬鹿みたいだろ」

「知らないよそんなこと」

「アナベル、片眼鏡って目がいい人が使うと大分視界が気持ち悪いって知ってた?」

「だから知らないって」


 そのとき足音がして、私は食堂の入り口を振り返った。

 兄たちが抜け目なく壁際に戻る。追い出す暇もなく、新たに入ってきたのは先輩だった。


「アナベル、悪い、待たせたよな」

「いえ、大丈夫です!」

「ブフォ」


 私は自動的に『対先輩』にモードが切り替わってしまい、にこっと笑って答えたのだけれど、突如吹き出した使用人が一人いた。

 次兄である。


 先輩は一瞬そちらに目をやったけれど、特に表情も変えないまま私に視線を戻した。


 私はそのとき兄どころではなかった。

 先輩は先程までの制服姿ではなく、着替えていたのである!


 のりの効いた長袖のシャツに、細身のズボンを履いた先輩は、私服とも違って新鮮にかっこいい。

 執事たちが気を利かせて服を貸してくれたんだろう。有能だ。ボーナスを弾まないといけない。


 二人で席に着いた。先輩が入口に近い位置に座ったので、私はその隣にした。


「お前、こんなに広いのに隣に座るのか?」

「はい! 先輩の近くがいいので」

「ブフォ」


 次兄が再び吹き出し、私はどうにかして兄たちを追い出さなければと考え始めた。

 でもここで「お兄ちゃん出てって」とか言うと、兄弟ぐるみで先輩をだまそうとしたように見えないか不安だ。


 一品目のサラダはすぐに運ばれてきた。私も大好きな、『スミスの極秘ソース』をかけた夏野菜のサラダだ。


「いただきま――」

「お茶をお持ちしました」


 早速食べようとしたところで、先ほどから何やらこちらに背を向けてお茶と格闘していたらしい長兄が、ワゴンを押しながら近寄ってきた。タイミングが確実に間違っている。


「お熱いうちにお召し上がりください」


 そう言って私と先輩の前にティーカップを置く。先輩は「ありがとうございます」と言って受け取り、私は無言で受け取った。


 試しに一口のんで、危うくむせかける。ほぼお湯だった。長兄はお茶を淹れたことなどないので当然である。

 同時に飲んだ先輩も変な顔をしている。


「ランデール様」


 今度は次兄が何か本を持って現れて、頭を抱える。

 こんなに主張が激しい執事など見たことがない。もういい加減にして、早くご飯を食べさせてくれないだろうか。


「こちらは『アナベルのやらかし事件簿』となっております」

「何それ!?」

「概要のみ記してありますが、気になるものがあれば私が詳細を覚えておりますので」


 そう言って先輩に革張りの本を渡した。

 先輩は受け取ったその本を、なぜか間髪を入れず開いた。


「『鈴虫ノイローゼ事件』というのは?」

「当時四歳のアナベルお嬢様が鈴虫の鳴き声をいたく気に入り、片っ端から捕まえて家の中で飼いはじめ、家族と使用人がノイローゼになった事件でございます。ちなみに放し飼いでしたので捕獲に二日かかりました」

「あっはっはっは」


 続いて『いちごギャン泣き事件』の詳細を聞いて爆笑している。先輩が楽しそうなので口を出しづらく、私より先輩を楽しませている次兄に嫉妬心も芽生える。


 先輩は目尻に浮かんだ涙を拭いながら本のページをめくった。


「自慢の妹さんでしょう」

「はい――んあ」


 先輩の自然な言葉に次兄が自然に頷き、続いて長兄と顔を見合わせた。

 そして雑な動作で片眼鏡を取ると、先輩の向かいの椅子にどかっと腰掛けた。


「なんだよ、もうちょっと引っ張れると思ったぜ」

「どうしてわかったんですか?」


 長兄も片眼鏡を取って次兄の隣に座る。


 私は先輩の慧眼と鮮やかな解決に胸を震わせると同時に、「二人ともそんなに早く片眼鏡を外したかったなら早く外せばよかったのに」と思った。


「いやなんか変なので鎌かけたんですけど、本当にお兄さんでしたか」


 先輩はむしろ意外そうにしている。謙虚で素敵だ。


「先輩すみません、私の兄たちが暇にかこつけて悪ふざけして……」


 私がしゅんとして兄の代わりに謝り、改めて兄たちを先輩に紹介した。


「私の兄の、アンドリュー・トゥロックとアラン・トゥロックです」

「アンドリューです。アナベル、僕たち結構忙しいんだよ?」

「アランです。忙しい合間を縫って悪ふざけしてんだよ」

「余計たち悪いよ」


 兄たちは先輩に会釈した後、それぞれ「心外だ」みたいな顔で私を見遣った。

 先輩は「ヴァーン・ランデールです」と挨拶した後、手にしている次兄に渡された本を興味深そうに眺めた。


「アランさん、『アナベルのやらかし事件簿』は貸し出し可能ですか?」

「え!?」

「もちろんですとも」

「ではお借りします」


 狼狽える私に構わず、次兄はしっかりと頷いた。


『やらかし事件簿』はノート一冊分はありそうだ。

 他に一体何が書いてあるのか、私は戦慄したけれど、先輩が見たいと言うならば止めることなどできない。


 そこからは先輩と二人、次々運ばれてくる料理に舌鼓を打った。

 兄二人は私たちの向かいに座ったまま先輩に質問したり、私たちの話に口を出してきたりして、やっぱり暇なんだと思う。

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