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 その後先輩と別れて服飾研究部に入部届を提出し、ロハリーは快哉を叫び、私は今後を心配して呻いた。


 ただ、良かったこともあった。ロハリーがランデール先輩と知り合いになったことで、先輩が所属する委員会を聞き出してくれたのだ。


 健康診断の翌日、一年生の授業が始まった日、朝ロハリーが教室で「あの先輩、委員会は飼育委員会だって」と耳打ちしてくれて、私は感激してロハリーに抱き着いてしまったくらいだった。


 授業の合間の休み時間に早速入会届けを出しておく。初めての委員会は一週間後で、楽しみで眠れないくらいだけれどお肌のために寝なくてはならない。


「ありがとうね、ロハリー」


 昼休みになり、教室で二人で机をくっつけ、お弁当を食べながら私は言った。


 私は実家の料理人が作ってくれたお弁当を持参しており、好物だらけでとても美味しい。ロハリーは購買で昼食を買っていて、総菜パンのいい匂いがしていた。

 一緒にお弁当を食べるような友達ができて本当に良かった。


 私が幸せな気持ちに浸っていると、ロハリーが爆弾を投下した。


「別に。ランウェイテストの練習を頑張るには、そのくらいの楽しみがないとあんた挫折しそうだし」

「え? 何テスト?」

「ランウェイテスト」


 サッと顔色を悪くする私に、ロハリーは総菜パンを齧ったまま、こてんと首を傾げた。


「……言ってなかったっけ?」

「聞いてない、聞いてない!」


 ロハリーは「忘れてた」と呟きながら、鞄から紙を一枚ぺらっと取り出した。

 差し出されたそれを食い入るように見つめる。


「『服飾研究部ランウェイテスト』、『四月二十三日の十五時』、『新入生の中から新たに十人のモデルを選抜する』、『指定された衣装を着てランウェイを一往復』……あと十日しかない!」

「大丈夫大丈夫、今日から放課後に服飾研究部でテスト受験者向けのウォーキングレッスンが始まるから。みんな条件は同じ」

「そ、そうなの」

「モデル経験者なんてほんの一部だから。全体で十位以内に入ればいいわけだし」

「うん……!」


 ロハリーは私が落ちるとは全く思っていないらしく、飄々としたその態度に何だか安心してきた。

 使っていたスプーンを置き、拳をグッと握って闘志をみなぎらせる。


「私、頑張るね……! きっと十位に入れるよう頑張る!」

「うん。応援してる」


 その日の放課後、ロハリーと共に服飾研究部の「練習室」に向かった。


 鏡張りで明るい広い部屋で、少なく見積もっても七十人ほどの新入生が集まっていた。

 新しく人が入ってくる度、みんなそれとなくお互いを確認していて、既に緊張感がある。


 講師は三年生の先輩たちが務めるようだ。新入生はみんな腕と脚の動きが見えやすいシンプルなTシャツとショートパンツを履くよう指示される。


 最初に採寸があり、特にウエストやヒップ、脚周りなどは身長ごとに上限があるらしく、十人ほどが脱落した。

 私は測る前から「あなたは大丈夫そうね」と言われ、採寸後も太鼓判を押されたので安心した。


 そこまではよかった。

 私にとって大きな障害となったのは、「ランウェイテストでも同じものを履くから大切にしてね」と渡された、クリア素材のパンプスだった。


「た、高い……!」


 そう、そのパンプスはピンヒールで、高さは実に7cm。これでも低い方だそうだ。

 履いてみたが視界がいつもよりさらに高く、歩いたら足首がグキッと逝く自信がある。


「どうしようロハリー……。私、ヒールなんて初めて履いた」

「そうなの? なんで?」

「これ以上デカくなりたくないから……」

「ふーん?」


 ロハリーが納得できていない様子で相槌を打った時、三年生の女性が「みんな集まって」と指示を出した。

 練習室に散らばっていた一年生が歩き出す。もちろんみんなヒールを履いている。


 ロハリーは私の付き添いなので壁際に残り、私は小鹿のような足取りでみんなの後を追った。

 さっきから他の一年生がちらちら私を見ていて、あ、今の子は絶対「あの子には勝てるな」って思ったな。


 不安の中始まったウォーキングレッスンだったけれど、案の定難航した。

 次の日も、休日を挟んで次の日も、私はまごうことなき落ちこぼれだった。


「腕はもっと自然に振って! 姿勢を崩さない!」

「体に一本の軸があるのを意識して!」

「目線! ふらついてるよ!」


 私がぎこちなく歩いて見せると、先輩たちから様々な指示が飛び交う。実は私は頭が悪い。そして運動神経も同じくらい悪い。

 同時にいくつかのことをやろうとすると動きが連動しなくなってぎくしゃくするタイプだ。


 周りは私よりずっと上手く歩く人がほとんどだけれど、参加者は少しずつ減っていた。参加は任意だし、噂では諦めた人も一定数いるらしい。


 毎日色んなアドバイスをもらってはノートに書きこみ、家でも練習する。

「膝を曲げない」「一本の線を歩く」とブツブツ呟きながらひたすら廊下を行ったり来たりする私を、家族や侍女、使用人のみんなが恐々見ている。


 ランウェイテストが三日後に迫った放課後、私は飼育委員会の第一回に参加するためにウォーキングレッスンを休んだ。


 レッスンを休むのは不安だったけれど、ロハリーには「一旦体を休ませろ」と言われた。確かに筋肉痛がひどい。


 飼育委員会は教室に集まるのではなく、校舎群の中心にある中庭が集合場所のようだ。

 化粧室で髪に櫛を通してから向かった。日差しも風も温かくて気持ちいいけれど、せっかく綺麗にした髪が乱れないよう、なるべく押さえながら歩いていく。


 中庭には既に数人の姿があり、私はずっと会いたかった人の姿を見つけて、思わず駆け寄った。


「ランデール先輩!」

「おーアナベル、飼育委員会にしたのか」


 満面の笑みで頷く。名前をちゃんと覚えていてくれて嬉しい。


 久しぶりの先輩はさっきの授業が剣術だったのか、練習用の防具を外しては袋にしまいながら私に話しかけていた。

 飼育委員会にしてよかった! ありがとうロハリー!


「今日は顔合わせと役職決めだけだからすぐ終わると思うぞ。担当したい動物はもう決まってんのか?」

「先輩はどの担当なんですか?」

「俺は馬。つーか騎士科は大体馬担当だ」

「そうなんですか」


 飼育委員会はその名の通り、学校で飼育されている動物の世話をする委員会だ。餌やりやお掃除をするらしい。


 できれば先輩と同じ動物を担当したいと思っていたけれど、乗馬など馬の扱い方も勉強する騎士科に任せたほうが、素人の私に世話されるより馬も幸せだろう。


 どうしようかなと考え始めたとき、パラパラ人が集まってきて委員会が始まった。

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