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到着した動物園は、子供や家族連れ、カップルなどで賑わっていた。
開いたばかりで評判も上々だから混んでいるとは聞いていたけれど、チケットを購入して入場したら結構な人混みに巻き込まれてびっくりする。
入口が少し狭いのと、入ってすぐの場所にいるライオンが人気らしく、それを見ようと人が集まっているらしい。
「すごい人ですね」
「一旦抜けるか」
一度ライオンは無視して順路を進んで、帰りに見に来た方が空いていそうだ。先輩の言葉に頷く。
しかし。
「せ、先輩!」
私は見事に人混みの流れに捕まり、押し流されていた。バスケットが引っかかっているのが原因かもしれない。
「は!? お前どこ行くんだ」
「わからないです!」
振り返った先輩は私の距離の遠さに驚くと、人混みを縫って近づいてきた。
そして私の手を掴んだ。
手を握ったままズンズン歩き、あっという間に人混みから抜け出る。
立ち止まった先輩があっさり私の手を放して、温度が離れていく。解放された左手に寂しさを覚えた。
「いきなり触って悪かった」
いつも通り人の体にいきなり触ったら謝る先輩に、口をへの字に曲げてしまう。
どうにか手を繋いで動物園デートをしたい気持ちがむくむくと大きくなってしまった。
「先輩、私動物園の中で迷子になるかもしれません」
「じゃああれつけるか」
大真面目な顔で言ってみたら、先輩が何かを見つめた。視線の先を追う。
そこには小さな子供とそのお母さんがいた。子供はリュックを背負っており、そこから出た長い紐の先をお母さんが握っている。
ゾウの鼻デザインなのでこの動物で売っている物なのだろう。
「すみませんでした何でもないです」
迷子防止リュックスタイルだけは勘弁してほしい。本当に飼い犬とその飼い主みたいになってしまう。
けれどデートに漕ぎつけたからと言って、いきなり手も繋ごうとするのは調子に乗りすぎの気もしてきた。反省して手を後ろにしまう。
「なんでそんな顔して――ああ」
先輩は何かに気が付いたような声を上げると、私に右手を差し出した。握手とは違い、手のひらが上に向いている。
「え……」
「手繋ぎたいなら普通にそう言え」
……繋いでもいいのだろうか? 自分から言い出したものの、信じられない想いでその手を見つめる。
何だかいつもの先輩と違う気がした。
今までだったら、もし私が「手とか繋ぎませんか?」と言ったら先輩は「なんでだ?」と首を捻るような気がするのだ。
「……繋いでくれるんですか?」
やっぱり信じられなくて確認してしまった。先輩は何も言わないけれど、手を引っ込めもしない。
そっと手を伸ばして、ぎゅっと握った。
私の左手を先輩の右手が握って、順路に乗ってやっと進み始める。
普段の私なら顔を輝かせ、上機嫌でスキップしそうになって先輩に「落ち着け」とか注意されていたんじゃないだろうか。
今日は先輩がどこか少し違うから、私もどうしたらいいかわからなくなってしまった。
というわけでただひたすら顔を赤く染め、無言になってしまう。
だって、これはかなり恋人っぽい。
「迷子センターに『十七歳アナベルちゃん』の捜索を頼むのは嫌だしな」
先輩が冗談を言って、これはかなりいつもの先輩っぽいと思った。
「先輩、アナベルちゃんってもう一回言ってください」
「アナベルちゃん、次はトラがいるみたいだぞ」
「ふふ、私のお母さんみたい」
このいつもの楽しい雰囲気も好きだし、さっきまでのほんの少しだけ気まずい雰囲気も、なんだか好きな気がした。
一時間半も動物を見て回ると順路を半分ほど制覇したようだ。キリンに象に、ゴリラも前半にいた。
私はキリンのスペースで餌を買って餌やり体験を試し、間近に迫ったキリンの顔に歓声を上げた。
先輩はどんな動物も楽しそうに見ていたけれど、一番好きなのはやっぱり犬なんだそうだ。それを聞いた私が照れていたら変なものを見る目で見られた。
「腹減ったな。昼食うか」
先輩は繋いでる手のことをもうほとんど気にしていなさそうで、慣れるのが早いというか、適応が早いのは先輩の無数の長所の一つである。
私を連れて通路の端に設置してある案内図に向かった先輩は、きっとレストランを探しているのだろう。その横顔をじっと見た。
ずっと腕にかけているバスケットについて先輩に伝えないといけないことがある。