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 次の日、私は先輩と偶然出会えるのを待ちながら一日を過ごした。

 探しに行くと保健室の女の子みたいになりそうで怖かったので、どうしたらいいかわからず、タイミングを運に任せることにしたのだ。


「あれ……?」


 しかし待てど暮らせどその日は結局会えず、次の日も同じ。

 部活の休憩中、水を飲みながら思う。


 偶然会うって結構難しいな、と。


 令嬢科の一年と騎士科の二年では行動範囲が違い過ぎる。

 そう考えると、そもそも先輩と出会えて知り合いになれたのがもう奇跡のごとく素敵な出会いだったと感謝の気持ちが芽生えた。私の人生に降った流れ星のような出来事である。


 次の日は週一回の委員会の日で、先輩に会えるのはわかっていたので気持ちには余裕がある。


 来週の一週間はテストの直前ということで部活動も委員会もなくなるので、最後のチャンスだ。もちろんブタ美さんの餌やりにはちゃんと行く。


 授業が全ておわった放課後、いつも通り中庭に集まった。

 青空教室スタイルの委員会は、春は気持ちよかったけれど、夏になってさすがにじわじわと暑さを感じる。


 先輩は前の授業が長引いたのか、定刻ギリギリに走ってきた。


 委員長が二、三連絡を伝え、それぞれが持ち場に散る。

 私は毎週ブタ美さんの小屋のお掃除をしていて、先輩は「厩舎の人手は十分だから」といって毎週それを手伝ってくれていた。


 長袖のワイシャツの袖を肘の上までめくり、すっかり夏仕様になった先輩が私に駆け寄ってくる。


「先ぱ――」

「アナベル、悪い。今日厩舎で夏季休暇前の大掃除をするらしくて、そっち行ってくるけど大丈夫か?」


 私はぱちぱち瞬いた後、慌てて首をブンブン縦に振った。


「もちろんです! 大丈夫です! 頑張ってください!」


 子豚小屋の掃除はもともと一人でもできることであって、先輩が善意で手伝ってくれていただけだ。


 ぐっと両の拳を握り、応援の気持ちを表せば、先輩は「悪い、またな」と言って颯爽と駆けていった。


 一人で子豚小屋まで向かう。子豚小屋周辺は木々が重なり鬱蒼としているので涼しい。

 箒をかけたり餌箱を水洗いしたり、一通りの掃除を黙々と済ませた。仕上げにブタ美さんハウスをブラシでこすりながらブタ美さんに話しかける。


「偶然会うって難しいんだね、ブタ美さん」

「ブヒ」


 片想いに胸を焦がす世の中の人は全員、日々こんな気持ちを味わっているのだろうか。


 思えば以前も毎日先輩に会えていたわけではなかった。

 体育祭を通して先輩との距離が縮まったような気がしていた分、先輩に会えないのがひどく気になるようになっているのだ。


「どんどんわがままになるね、ブタ美さん」

「ブヒ」


 綺麗になった地面に転がっているブタ美さんは私のよき理解者だ。差し入れのおやつをあげた後、校舎までの細い道をてくてく歩いた。


 どうしたら先輩に会えるのかなと考える。

 このままテストが終わるまで会えずじまいで、夏季休暇に入ってしまうと非常にまずい。九月に学校が再開するまでニケ月近く会えないかもしれない。


「絶対無理……」


 独り言を言いつつ、校舎に着いて中庭まで戻ってきた。厩舎の大掃除はまだ終わってないんだろうかと考えたとき、良いアイデアが頭に浮かんだ。


「そうだ! いつも手伝ってもらってるんだし、私も厩舎を手伝いに行こう」


 そうすれば先輩にも会えて一石二鳥だ。

 騎士科が主に使うグラウンドに向かうと、厩舎の周りに人がいるのが見えた。近づいたら飼育委員会の人だったので話しかける。


「飼育委員一年のトゥロックです。お手伝いすることってありますか?」


 ブレザーに先輩と同じ緑色のラインが入っている二年生の女子生徒は、私を見て「ああ」と申し訳なさそうな表情になった。


「厩舎の大掃除はちょうど終わったの。ありがとうね。ランデールならさっき、あなたとは別の一年生の女の子が押し掛けてきたのを見て逃げていったよ」


 先輩を目的の一つとして来たのが看破されていて恥ずかしい。私は「ありがとうございます」とぺこぺこ頭を下げ、今日のところは帰ることにした。


 またあの保健室の女子が来たのかもしれない。あんまり追いかけて同じになってしまうとまずい。


「まあきっと近いうちに会えるよね」


 馬車乗り場に向かいながら呟いた、私の楽観的な希望的観測は大いに外れることになる。



 なんと私はその日から、テストの最終日になっても、先輩と偶然会えることはなかったのだから。

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