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「180.4cmね」


 養護教諭が容赦なく告げた言葉にため息が出る。


 貴族学校に入学して三日目、今日は定期健康診断の日だ。令嬢科、令息科、騎士科等、学科ごとにいくつかの検診を受けて回る。


 私はまず体重と身長を測り、180.4cmと記入された紙を周りに見られないように隠しつつ、次の視力検査へ向かった。目の良さには自信がある。


 順番待ちの間、周りの令嬢たちはほとんどが近くの人と会話を楽しんでいた。きゃっきゃと話し声がする中一人でいるのはなお辛い。


 そろりと、前の女子生徒を見遣る。ベリーショートの赤毛がよく似合っている彼女は、今誰とも喋っていなくて、何よりふと見えた手のひらに擦り傷が見えたのだ。


 もしかしたら剣術の授業を取る令嬢で――それなら、ランデール先輩のアドバイスによれば、友達になってくれるかもしれない。


 私は勇気をかき集めて、「あの」とか細い声を出した。


 彼女が振り返る。シャンプーか何かの、個性的だけれどいい香りがした。

 振り返った先は私の顔ではなく胸あたりで、彼女は少し瞠目して私を見上げた。


「あの……」


 しまった。何の話をするか全く考えてなかった! 私は焦って「えと」とも「その」ともつかない声を上げたけれど、


「……あんた、部活動はもう決めた?」


 彼女の方から会話を始めてくれたことで、パッと顔を輝かせた。しかも二人称が「あんた」だ。平民の私には親しみやすい。


「ううん、まだなの……! 何かしら入ってみようとは思ってるんだけど」

「そうなの。なら服飾研究部に入らない?」

「え?」


 首を傾げると、彼女は「自己紹介が先ね」と呟き、私に右手を差し出した。


「あたし、ロハリー・メドレー。メドレー子爵家の長女」

「よろしく、ロハリー!」


 握手に応え、私も名乗る。ロハリーは頷くと、少し進んだ順番待ちの列を前に詰めながら、説明をしてくれた。


「服飾研究部は洋服やドレスをデザインしたり製作したり披露したりする部活。あたしは絶対そこに入るって入学前から決めてた」

「そうなんだ! 素敵だね」


 生徒はみんな三年間部活動と委員会に入る必要があり、ここ一週間は体験入部や体験入会が開かれている。


 生徒の興味関心に合わせてかなりの数があるので、私は服飾研究部の存在を知らなかった。

 可愛いお洋服は身長のせいで着れないけれど大好きだ。デザインや裁縫の経験はないけれど、やってみたら案外できるかもしれない。


「服飾研究部、私も興味あるかも」

「あたしはもう入部してるから、今日一緒に体験入部に行こう。良かった、あんたを見た瞬間ビビッと来たんだよね」

「びび?」

「これからよろしく」

「うん、よろしくね!」


 その後もロハリーと一緒に検診を回り、ついに友達第一号ができた。それもこれもランデール先輩のおかげだ。

 迷っていた部活動の候補ができたことにも安心し、私はほくほく顔で放課後を待った。



「え……モデル? 待ってロハリー、聞いてない!」

「うん、言ってない。言ったらなんか逃げそうだなって」


 しかし放課後の体験入部にて、私は真っ青になって首をブンブン振る羽目になっていた。


 服飾研究部は本校舎の三階にあって、とても広い部屋を割り当てられていた。そこにいる多くの生徒が「なんだなんだ」と私たちのやり取りを遠目に見ている。


 私は知らなかったけれど、「貴族学校の服飾研究部」と言えば業界では有名らしい。

 王都の流行を牽引する有名デザイナーや、引っ張りだこのお針子を数多く輩出しているんだとか。


 特に、毎年十一月に行われる「貴族学校文化祭」で行われるファッションショーは、一年の総決算。


 総勢三十人ほどの生徒たちがモデルとして選りすぐりの衣装を身に纏ってランウェイを歩く。

 チケットは争奪戦、モデルによってはファンクラブもできるくらいで、メディアも取材にくる一大行事なんだそうだ。


 その『服飾研究部のモデル』になれと、ロハリーは私にそう言っているのだ。


「無理! ごめんね、無理!」


 大勢の人に見られながら服を着こなし堂々と歩くなんて、一番不得手なジャンルといってもいい。私にはランデール先輩の1パーセントも「堂々」の要素が無い。


 騙し打ちのように服飾研究部の教室に連れてこられた私は、早く出ようと扉に向かっているけれど、ロハリーが私の腰にしがみついていて一歩も進めない。彼女はどう見ても160cmくらいなのに、なぜか力負けしている。


「聞いて、アナベル! あたしはデザイナー兼お針子だけど、デザイナーとモデルは一蓮托生。一目見たときから、あたしの作った服を一番綺麗に見せられるのはあんただって――」


 ロハリーはすごい力で私にしがみついたまま、自分で自分の言葉に首を振った。


「……ううんそれどころか、あんたのための衣装をあたしが作るんだって確信したの! あんたはあたしのミューズ、インスピレーションの源泉なの!」


 私は逃げようとするのをやめ、ロハリーに放してもらって彼女を振り返った。

 表情をあまり変えることのないロハリーは、どことなくクールな第一印象だったけれど、今は洋服への情熱が伝わってくる。それだけ真剣になって打ち込めるものがあることを尊敬する。


 ――ただ。


「『ミューズ』……? それって、友達じゃないってこと……?」


 せっかくできたと思っていた友達は実は友達ではなく、ビジネスめいた関係だったのだろうか。

 肩を落としてしょんぼり問いかけると、ロハリーは「は?」と声を上げた。


「何言ってんの、アナベル。ミューズなんだからもう、親友ってこと」

「そうなの……?」

「うん。当たり前」


 それはロハリー限定の当たり前のような気がしたが、私は少し考えて、「良かった!」と笑った。


「でもモデルをやるかは話が別!」

「ちょっ、アナベル!」


 隙をついて扉を開け、教室から出る。駆け出そうとしたその瞬間だった。


「うおっ!」

「きゃ!?」


 すぐ近くにいた人にぶつかりそうになって、無理矢理よけたら体勢を崩した。一人で床に倒れ込む。


「ちょっとアナベル、大丈夫!?」


 ロハリーの声がして、ギュッと瞑っていた目を開く。でも予想に反してどこも痛くなかった。


「おい、大丈夫か?」

「ラ、ランデール先輩!」


 私の腰と背中を支えて転ばないよう助けてくれていたのは、あろうことか、今日一日中たびたび思い出しては「今何してるかな」などと考えていたランデール先輩その人だった。


「ごめんなさい! すみません! 大丈夫ですか!」


 思わぬ事態に慌てて立ち上がろうとする。先輩は私に手を貸して、ぐいっと助け起こしてくれた。


「大丈夫だ。次から廊下を走るときは安全を確認してからにしろよ」

「はい! ありがとうございました!」


 ぺこぺこ頭を下げて、それからつい前髪を直す。先輩は初めて見る制服姿だった。

 貴族学校は制服がブレザーで、学年ごとにラインの色が違う。今の二年生は緑のラインで、私たち一年は水色だ。


 先輩は制服姿も最高にかっこいいと、思わず見惚れていると、横からロハリーが覗き込んできて私にさっと目を走らせた。

 赤くなっている頬とか、緩んだ表情とか、妙に前髪やチェックのスカートの乱れを気にする仕草だとか、そういうものを一瞬で看破された気がした。


「先輩!」


 ロハリーはくるっと振り返ると、先輩に正面から向かい合った。


「なんだ?」

「初めまして。突然ですが、服飾研究部のランウェイについてどう思われますか?」

「は?」


 先輩は訝し気に「本当に突然だな」と口にしたけれど、ロハリーが至って真剣であることを見て取ると、言葉を選びながら口を開いた。


「あー、騎士科の奴らは毎年こぞって見に行くぞ。チケットもいつも高値で取引されてるし、すげぇ人気だよな」

「ではモデルについてはどう思われますか?」

「服着て歩くのって、かなり練習するんだろ? 鍛える必要もあるらしいし、ストイックで尊敬する」

「なら!」


 ロハリーはひと際大きい声を出すと、二人のやり取りを見守っていた私の肩を背後から押し、先輩の正面に押し出した。


「アナベルがそのモデルをやるとしたら、どう思われますか!?」

「ロ、ロハリー!」


 なんて恐ろしい子だろう! 私は戦慄した。

 ロハリーは私の恋心に瞬時に気づき、先輩を利用して退路を断つつもりなのだ。


 先輩は私たちの間で行われている高度な心理戦などつゆ知らず、


「おお、いいじゃねぇか。やってみろよ。チケット取って見に行くぜ」


 太陽みたいな笑顔でそう言った。

 ロハリーが意味ありげにこちらに視線をやる。私は顔を両手で覆って項垂れた。


「が、頑張ります……」

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