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 後からロハリーに聞いた話では、体育祭の結果は私たち純白組の勝ちだったらしい。


 体育祭は本来休日だった日に行われたので、二日後は代休になった。


 その日、私は実家のお屋敷で厨房に立ち、料理人のスミスに教えを請いながら料理に精を出していた。


 今作っているのは生姜焼きだ。二ヶ月くらい前までは包丁も持ったことがない状況だったので、大分進歩している。


「お嬢様、いい感じですよ! これでランデールのお坊ちゃんの胃袋も鷲掴みです!」

「胃袋を鷲掴み! 良い言葉!」


 スミスはいつも私のお弁当を作ってくれている我が家の筆頭料理人である。溌剌とした性格の好青年だ。


 先輩に会うことができない休日、私がただ先輩を想って罪のないお花の花びらを引き抜いたり、消しゴムに名前を書いておまじないを試したり、星座占いで相性を確かめたりしていると思ったら大間違いだ。


 恋を叶えるには行動あるのみ。

 先輩から「将来は騎士団に入って平民になる」と聞いたその日から、私は料理を勉強しているのである。結婚後の障害を取り除いているわけだ。


「行動が斜め上! これこそお嬢様だよなぁ」


 スミスが何か言ったけれど、熱々のご飯のうえに生姜焼きを乗せるのに忙しかったので聞いていなかった。お腹が鳴ってよだれが出そうないい匂いだ。


 休日には他にもウォーキングの自主練やポーズの練習、筋トレに肌や髪の手入れもしている。

 授業の予習復習はしていない。宿題はやっているので許してほしい。


 体育祭でメリッサ部長の努力に感銘を受けてからは、より肌と髪の手入れが念入りになり、日焼けや姿勢にも気を配るようになった。

 モデルとして格が違うけれど、私も服飾研究部のモデルの一員である以上、彼女に近づく努力をする義務があると思うのだ。


 スミスと二人で生姜焼きに舌鼓を打ちつつフィードバックをもらっていたら、足音がして母が顔を覗かせた。


「アナベルちゃん、贈り物が届いてるわよ」


 そしてまたスキップに近い足取りで去っていく。いつもご機嫌な母だ。


「贈り物……?」


 私はしっかり生姜焼きを完食してスミスにお礼を言ってから玄関ホールに向かった。


「わあ」


 贈り物はすぐに目に飛び込んできた。人の腰までありそうな巨大なバスケット。

 不思議になりながら送り主を確認する。


 先輩だったらもちろん嬉しいけれど、先輩にお礼を言われる心当たりは全くない。むしろ私が「いつもお世話になっております」と菓子折りを差し出すべき相手だ。


 パステルカラーのデザインとぷっくりした文字が可愛らしいカードを開いて、私は呟く。


「クリストファー・ピアース……ああ! ピアース伯爵令息!」


 贈り物に心底得心した私は、カードとは別に分厚い手紙が同封されているのを確認した。

 便箋四枚にわたって本人の手書きで綴られているらしいそれは、真摯な謝罪文だ。


「気にしなくていいのに」


 口ではそう言いながら、わくわくして贈り物を開けた。


 バスケットの中身は王都でも人気の高級お菓子の詰め合わせと、ぴかぴかの果物が複数種類、ぬいぐるみ、その間を埋めるみたいなお花と、バラエティに富んでいた。私の好みがわからなかったのだろう。


 手紙は回収し、あとは執事のジョンにお願いして、ご機嫌でリビングに移動する。


 お昼ご飯の時間だったので家族全員がテーブルに集まっていた。食べているのは私が作った生姜焼きと卵スープである。


「アナベル、あの贈り物は誰からだったんだ?」


 自分の席に座った私に、長兄が問いかけた。


 長兄は188cmで優美な物腰の美男子で、亜麻色の髪を後ろで一つに結んでいる。


 幼い頃から商売に興味を示して父の後をついて回り、二十二歳になった今は商会の跡を継ぐことが内定している。女性に大変な人気を誇る、トゥロック商会の次代の顔である。


 私が長兄の質問に答える前に口を挟んだのは次兄だった。


「ちゃんと中身は改めたかよ? 気をつけろよ、もらったぬいぐるみとか部屋に置いたら悲惨だぞ」


 そう言って自嘲気味に笑った彼は、身長185cmで私と同じ銀髪だ。

 私の兄なのに何故か頭が良く、高等教育機関で研究をしている二十歳だ。何の研究をしているのかは、前に聞いたけれど一つも理解できなくて忘れてしまった。


「大丈夫だと思う。ピアース伯爵令息からごめんなさいの贈り物だったの。お菓子とか果物が入ってたからみんなで食べよ」

「ピアース伯爵令息、おのれあいつか!」


 怒り立ったのは私の父だ。私と次兄の銀髪は父譲りである。商人の貫禄の溢れる四十二歳で、身長は190cmだ。


「アナベルを置いて逃げた男だろう! 絶対許さんぞ、私は!」

「まあまあ、彼のことはもういいじゃない。だって――」


 父を宥めたのはその隣にいる母だ。今年四十歳、亜麻色のロングヘアの楚々とした美女で、身長は170cmである。


 母は興味津々のその瞳を隠しきれないまま、私に水を向けた。


「あのときはどなたか殿方が、アナベルちゃんのことを助けてくれたんですもの。ねえ?」


 食卓が沈黙に包まれた。全員が生姜焼きを頬張る手を止めて、揃って私を見つめている。


 家族は全員体育祭に来ていた。

 私を颯爽と救い、世にも幸せそうな笑顔にしてみせた先輩について、説明を求めているのだ。


 私は「うう」とも「ああ」ともつかない言葉を口の中でかき混ぜた。

 体温が上がり、顔がじわじわと赤く染まり始める。


「えっと……」


 普通にご飯を食べ続けてくれればいいのに、私の遅い初恋について全員が全力で耳を傾けているので、ものすごく喋りづらい。


 助けを求めて左の後ろを振り返った。壁のそばに私の侍女のラミが控えている。ラミは私にしっかり頷いただけで、「ちゃんとお話しくださいませ」という声が聞こえるようだった。


 実は私、家族には先輩の話をしていないのだ。


 侍女のラミだの執事のジョンだの料理人のスミスだの、使用人のみんなには話しまくっているのに。

 みんな「秘密ね」と言うと黙っていてくれるし、過剰反応しないので話しやすい。


「あの人は、騎士科の……二年生で」


 ついに家族にも話す時が来たようだ。私は両手の人差し指同士を意味もなく合わせながらもごもごと言った。


「私の好きな人」


 ほぼ喋っていないレベルの声量だったけど、家族全員ちゃんと聞き取ったようだ。


 場の空気がほぐれ、反応が気になるので顔を上げたら、家族が謎の目配せをしあっていた。


「あー」


 彼らの間で何が決まったのか知らないが、父が口火を切る。


「一度うちに連れてきなさい」

「えっ!? 嫌だよ!」


 即答した。父は話を聞いていたんだろうか。「恋人」でも「将来を誓い合ってる人」でもなく、「好きな人」と言ったのだ。家族に紹介する間柄ではない。


「どうしてだい? どんな人なのか、一度顔合わせを――」

「だからただの好きな人なんだってば!」


 長兄がわがままを言う妹を宥めるテンションで話しかけてきて腹立たしい。

 私たちの間に何らかの認識のズレがある気がする。


「ていうかそいつ、小さくなかった? お前『自分よりデカい男がタイプ』って言ってなかったっけ?」


 次兄が同意を求めて周りを見回した。覚えがなくて首を捻る。次兄以外全員「そうだっけ?」みたいな顔をしていた。


「それいつの話?」

「お前が九歳のとき」

「よく覚えてたねそんなこと」


 全く覚えていないが、次兄が言うなら本当だ。彼は記憶力もよく、すごくどうでもいい私関連のことによくその容量を無駄使いしている。


「お前が変なことばっかする妹だったから、心配でよく見てやってたらこうなったんだよ」


 しかも読心術も使える。私限定らしいけれど。


「おうちに招待するのが嫌なら、もう少しその子のお話を聞かせてほしいわ。そうね……」


 母は少し考えてから、「まずは小手調べ」というような調子でこう言った。


「その子とは何回くらいデートに行ったの?」


 私はぴしりと固まった。これまでの先輩との思い出(メモリー)を全て洗い出す。


 そして一秒後、自分でもすごくびっくりしていた。


「い……行ってない!」

「えっ!?」

「一度も、行ってない!」

「あんなに良い雰囲気だったのに!? 初デートもまだなの?」


 母が口元に手を当てて「付き合う寸前かと思った」と呟いた。

 次兄が「あんな『二人の世界』を作っといてまさかデートもしてないなんて思わないって」と慰め、父が「婚約の手続きとかどうやるか調べたんだが、あれいらないのか」と頭を掻いた。


 私はそのやり取りを聞いていなかった。一度気づいてしまうとすごく先輩とデートに行きたくなってくる。

 ちょうど明日からは『テスト週間』が始まり、二週間後に一週間テストが続いて、それが終われば夏季休暇だ。


「よし、テスト週間のうちに先輩と放課後デートに繰り出して見せる……!」

「アナベル、テスト週間はテスト勉強をする期間だから『テスト週間』というんだよ?」


 決意をこめてこぶしをぎゅっと握り、闘志をメラメラと燃やしていると、長兄が心配そうに言った。

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― 新着の感想 ―
[一言] えー。修学旅行はノーカン? あれはデートだろ〜?(笑)
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