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その瞬間の先輩の動きはまるで稲妻だった。
相手の三年生の右からの一撃を体を捻ってよけ、そのまま後ろに回り込んで引き倒し、背後からその体を抑え込んで首に剣を当てた。
審判が三年生の負けを宣言し、先輩が相手を解放して立ち上がる。その試合はわずか十秒足らずの決着で、他の三つの試合はまだ始まったばかりだ。
「す、すごい……」
ロハリーが呟き、私は感動で胸が詰まってしまったので声をださずにうんうん頷いた。
直に他の試合も終わり、第二試合が始まる。
先輩の次の相手は例の一年生の侯爵令息さんだった。先ほどの試合で二年生を下して勝ち上がってきた彼は、令息科にもかかわらず相当の実力者らしい。
彼も先輩に何か話しかけていて、先輩が若干嫌そうな顔をして返事をしていた。
ちらりとこちらに視線を投げた気がしたけれど、気のせいかもしれない。
試合開始の合図が鳴った。先輩は今度は速攻を仕掛けなかった。むしろ侯爵令息さんが来るのを待つ姿勢らしい。
侯爵令息さんが走り出し、先輩に猛攻を仕掛ける。先輩はそれを正面からは受けずに受け流していなしているように見えた。
笑顔になる余裕さえあり、侯爵令息さんに何か言ったのが見える。
侯爵令息さんが長い脚で蹴りを繰り出したとき、先輩は太腿で受けてからその足を片手で掴み、ぐいっと持ち上げた。
バランスを崩して地面に背中をつけた侯爵令息さんの首に先輩が剣をつきつける。
審判が侯爵令息さんの負けを宣言した。先輩は手を貸して彼を起き上がらせ、何か伝えている。
侯爵令息さんのほうも清々しい顔をしていて、二人は握手をして別れた。
ロハリーが私に顔を寄せた。
「今の二人、何の話だったんだろうね」
「剣術のアドバイスだった気がする……筋はいいからもう少し筋肉をつけろって。細かい内容まではわかんない! もう、読唇術を勉強しておくべきだった」
「いや逆になんでそこまでならわかるの?」
第二試合で負けた生徒たちが退場し、次が決勝戦だ。シード枠のムキムキ三年生も合わせて三つ巴の試合となる。
残ったのは先輩と、騎士科の端正な顔立ちの三年だった。ムキムキ三年生はムキムキすぎて、木の剣がなんだか小さく見える。
三人が正三角形を描くように相対し、試合の開始が宣言される。
最初は様子見かと思われたけれど、まず動いたのは端正な三年生だ。ムキムキ三年生はすぐには動かないと踏んだのか、先輩に向かって剣を振り下ろす。
先輩はわざとすれすれのところをよけて体制を低くし、相手に足払いをかけた。相手はあおむけにバランスを崩したけれど、先輩はとどめを刺さず後ろに飛びのいた。
さっきまで二人がいた場所に、ムキムキ三年生が剣を振り下ろしていた。力が強すぎて剣が地面に突き刺さっている。
端正な三年生も寸でのところでかわしている。ムキムキ三年生は剣を軽く引き抜くと、二人に対して何かを言った。
「アナベルさん、ノートン先輩は何をおっしゃっているの!?」
「ごめんね私も耳じゃなく心で聞いてるだけだから、先輩の言ってることじゃないと――」
「あっ、危ない!」
ロハリーが叫んだ。
端正な三年生がムキムキ三年生に対して剣を横凪に振るい、それをムキムキ三年生がかわしたせいで、突然大きな体の影から現れた剣に先輩が襲われる形になった。
先輩はのけぞってギリギリでかわすと、その勢いのまま端正な三年生の顎を蹴り上げた。相手がふらついたところにムキムキ三年生の剣が入り、端正な三年が倒れる。
先輩は蹴りを放った後、後ろ手をついて宙返りするみたいに起き上がった。これで残るは先輩とムキムキ三年生の二人だ。
「いけーっ、先輩、頑張れーっ!」
夢中で応援する。先輩は相手から目を離さないままこめかみの汗をTシャツで拭うと、ふっと一つ息を吐いてからムキムキ三年生に向かっていった。
ムキムキ三年生はパワーがあるだけでなく速さもある。
先輩は剣を振るい、隙を作って回りこもうとしているけどムキムキ三年生はなかなかそれを許さない。
ムキムキ三年生が力いっぱい振るった剣で、先輩の右手から剣が弾き飛ばされる。
観客が息を呑むけれど、先輩の反射神経が勝った。
先輩は宙を飛んだ剣を左手で捕まえると、それをそのまま至近距離から力いっぱい投擲した。
ムキムキ三年生がそれを避ければ動作は大ぶりになる。その隙をつこうとしているのだ。
しかしムキムキ三年生は――ごく最低限の動きでしかその剣を避けなかった。剣がムキムキ三年生の頬をかすり、そこに赤い線ができる。
それを意に介さず、ムキムキ三年生はそのまま先輩の首めがけてブンと音を立てて剣を振るって――ピタッと直前で停止した。
審判がムキムキ三年生の勝利を宣言した。
息もつけない攻防に茫然としていた全校生徒が、にわかに歓声を上げる。
先輩は乱れた息を二、三回の深呼吸で整えると、ムキムキ三年生と端正な三年生に握手を求めた。
端正な三年生は途中から近くにあぐらをかいて二人の試合を見物しており、全員笑顔で言葉をかわしている。
私は手の平がじんじんするほどめいいっぱいの拍手を送りながら、先輩の口元を凝視していた。
「ムキムキ三年生は先輩の尊敬する上級生で憧れだったみたい……! 『あなた方と戦えて光栄です』的なことを言ってる気がする!」
「アナベルさん! ノートン先輩はなんて!?」
「うーんごめんね、ムキムキ先輩が何を言ってるかは一言もわからないや」
ムキムキ三年生に賞状が贈られ、私は彼に拍手を送る先輩に拍手を送っていた。
「私の好きな人がかっこよすぎる……」
見ている間は先輩が痛い思いや怪我をしないかが不安で仕方なかったけれど、終わってみると「あーかっこよかった」が勝つ。
あとは得点の発表と閉会の言葉的なものが校長先生からあって、体育祭が終了する。
たくさんの思い出ができた体育祭。
しかし、一番の大事件はこの直後に待っていた。