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『剣舞』の後は一年生男子競技の『射撃』が始まる。その間に私たち一年生女子は校庭の端で『狩り』のルール説明を聞いた。


「この競技は校庭を広く使う。本当の狩りのように銃などの武器を使うことはない。危なくて仕方ないからな。三十匹の動物が校庭に放たれるから、一匹捕まえるか大人しくさせて、指定の場所に連れて行くんだ」


 令嬢たちは体操座りで芝生に腰を下ろしている。背の順なので私は一番後ろにいた。


 前方をざっと見渡すけど、三十匹は令嬢の数に対してかなり少ない。勝ち抜け式なんだろうけど、説明を聞いている限りかなりの大混乱になりそうだ。


 一年男子競技が終わったらしく、立ち上がって移動するよう指示が出た。女子たちが校庭に散らばったタイミングでアナウンスが入る。


「プログラム番号六番、一年生女子競技『狩り』」


 その言葉を合図に、傍らに設置してあった柵が開き、動物たちが入ってきた。

 馬が数頭、ヤギに羊、猿、鶏、犬も何匹かいるようだ。猪は流石にいない。俊敏で小さいのがいると思ったらネコだった。


 令嬢は二分していた。一部の令嬢は果敢に近づいたけれど、それ以外の大多数はおろおろしている。

 近くにいた令嬢が悲鳴にも似た声をあげた。


「ど、動物だわ! 馬以外初めて見た!」


 それは多くの令嬢にとって共感できる意見だったらしく、そこかしこで「私も!」「大きいわね!」「不思議な匂い!」という感想が聞こえた。


 私は恐る恐る動物たちに近寄ったけれど、馬は初心者が近づくと危ないと事前に注意されている。

 何人かの令嬢が手慣れた様子で馬を落ち着かせ、指定の場所に誘導し始めているのを見た。数少ない騎士科の女子だ。


 近くにいた犬に狙いを定めてみる。この状況に興奮しているのかすごく元気だ。「遊んで!」と言わんばかりに私の周りをぐるぐる回る。


「これは無理……!」


 私が犬を諦め、先頭の女性が馬に乗ってゴールしたとき、私の目が薄ピンク色の俊敏な動物を捉えた。


 自分を捕まえようとする令嬢たちの間を目にも止まらぬ速さで走り抜ける、その小さな姿。

 思わず叫ぶ。


「ブタ美さんっ!」


 周りの女子が「え?」「何?」「ブタ美……?」と次々に振り返る中、ブタ美さんはピタッと足を止めてこちらを振り返った。


 つぶらな瞳が私を捉え、次の瞬間彼女は私に向かって一目散に駆けてくると、私の腕に飛び込んできた。


「ブタ美さん! ちょっと休んでてね」

「ブヒ」


 駆り出されているのは学校が飼っている動物のようだったから、もしかしたらと思っていたけれど、まさか子豚であるブタ美さんがこれほど動けるとは。


 私はブタ美さんを抱えたまま動物エリアを走り抜け、指定の場所まで全速力で走った。


「ゴール! 四着は純白組、動物は子豚を捕まえたようです!」


 実況のアナウンスが入り、私は肩で息をしながらゴールの列に並んだ。三位以内は全員騎士科の女性で、馬に乗ってゴールしたようだ。

「ナイスラン」と爽やかな笑顔で声をかけられ、息を切らしながら笑顔を返す。


 抱きかかえたブタ美さんの顎下をくすぐりながら純白組の待機スペースに目を走らせたら、先輩と目が合った。


 笑顔で大きく片手を振った。先輩も軽く手を振ってくれて、「おめでとう」と口の動きだけで言ってくれたのがわかった。私は目が良いのだ。


 その後続々と令嬢がゴールしたけれど、二十人ほどで時間制限が来て、結果は純白組の勝ちだった。


 私は運動神経が悪いので、体育で活躍できたのは初めての経験だ。嬉しさと感謝を込めてブタ美さんをいっぱい撫でる。ブタ美さんにはもう頭が上がらない。


 私たちが校庭からはけると、三年男子競技の『乗馬』が始まった。ロハリーの姿を見つけて合流し、早めに純白組待機スペースの最前列を確保する。


 そして(私とっては)待ちに待った時間がやってきた。


「プログラム番号八番、二年生男子競技『騎馬戦』」


 紅組、純白組それぞれの男子生徒たちが四人一組になって騎馬を作り、上に乗った生徒が額につけているはちまきを取り合う競技だ。


 体育祭もそろそろ終盤で、後は男子選抜競技の『剣術』があって終了だから、みんな応援に精を出していた。熱気と歓声が校庭を包んでいる。


 二年生の男子学生たちが既に騎馬をつくって入場し、向かい合うように一列に並んでいく。


 私の目はすぐに先輩を発見した。純白組の騎馬の一つとして上に乗っている。白いはちまきを身に着けた凛々しく精悍な姿に惚れ惚れしてため息が出た。


「ロナルドさん、上手く描いてくれてるかな」

「大丈夫でしょ。始まるよ」


 ロハニーに言われ、競技に向き直る。乾いた音が競技の開始を知らせ、全ての騎馬が一斉に走り出した。


 校庭の真ん中近くで多くの騎馬がぶつかり、上に乗った男子生徒たちが取っ組み合っている。互いに額に手を伸ばしてもみくちゃになる。すごい迫力だ。

 私の周りもみんな喉が枯れそうなほど叫んで応援していて、私も負けじと声を張り上げた。


 先輩の騎馬は開始と同時に走り出すと、まず目の前の敵の騎馬に向かい合った。

 先輩は相手の男子生徒が伸ばした腕を左手でいなして軽く引っ張り、態勢を崩した相手から一瞬ではちまきを奪い取った。

 そしてすぐに真ん中の大乱戦ゾーンに突っ込んでいく。


 先輩は奪った赤いはちまきを手首にぐるぐる巻いて固定して、味方の騎馬と揉み合っている赤組の生徒からまた一本はちまきを奪い取った。

 そこで手に入れたはちまきは揉み合っていた味方の騎馬に渡し、また別の騎馬と向かい合う。


 騎馬戦は意外にも短時間で決着がつくものなのだと初めて知った。

 開始五分足らずで純白組の勝利が知らされると、先輩は赤いはちまき三本を戦果として握りしめ、騎馬から降りて仲間と肩をたたき合った。


 先輩は実際五本はちまきを手に入れる大活躍だったけど、そのうち二本はその敵と主に戦っていた味方に渡すというスポーツマンシップだ。


「か、かっこいい……」


 応援のし過ぎで酸欠気味になりながら、息も絶え絶えにやっとの思いでそう呟いた。


 こころなしか先輩がはちまきを奪うと女子の黄色い声援が一段階大きくなっていた気がする。先輩のかっこよさについて私と語り合ってくれる女の子はいないだろうか。男の子でも可だ。


 騎馬戦の次が最後の『剣術』だから、先輩を含めた一部の生徒は競技に二回連続出場する。

 二年生の男子三人がそのまま校庭に残り、一年生と三年生の男子生徒が三人ずつ入場した。


「あ、あの人」


 ロハニーが隣で思わずといった風に声を上げ、一年生の一人を指す。

 それは金髪の侯爵令息さんだった。彼も選抜されていたようだ。一年生は他の二人もダンスで見たことがあるような人だった。


『選抜競技』はルールが特殊で、九人のうち一人だけ勝者が決まり、その人が所属する組に点が入る形だ。

 午後一番のプログラムだった女子選抜競技はやはりというかメリッサ部長が勝利し、紅組に点が入っている。


『剣術』はトーナメント式で試合をするようだ。

 一人一振り木製の剣を支給され、簡単な防具も身に着けて、くじ引きで決まった相手と戦っていく。蹴ったり殴ったりもありだそうだ。


 選手たちがくじを引いていき、校庭を四分割して同時に一回戦を行うようだ。


「あれ? あの人は戦わないのかな」


 ひと際筋肉ムキムキで体格のいい男子学生が一人、一回戦に参加せず近くで待機している。腕を組んで試合を見守るその構えすら貫禄が滲み出ていた。


「あの人は騎士科三年の首席のノートン先輩よ。九人いるから、一人はシード枠で参加するんだわ!」


 教えてくれたのはロハニーではなくレイチェルだった。ハーフアップのロングヘアに黒くて長いリボンをつけた髪型がトレードマークの、令嬢科のクラスメイトだ。


「ノートン先輩は生徒会長で、しかも来年騎士団への入団が内定しているらしいわ。相当実力者なのね」

「へー!」


 レイチェルは一通り解説すると、「筋肉って素敵ね」と目をハートにしている。

 騎士団と言えば先輩が卒業後の進路として考えている場所だ。


 先輩が一回戦の相手と向かい合う。

 開始の合図まで剣を軽く振って確かめたり、腕の筋肉を伸ばしたりしているのをドキドキしながら眺めた。


 先輩はごく淡々とした様子だけれど、選抜選手の中では一番小柄で、一回戦の相手は身長が190cmはありそうな上、運動着のラインからして三年生だ。


 先輩と三年生が距離をとったまま何か言葉を交わしている。ぎゅっと胸に手を当てて見守った。


 願いはただ一つ、「先輩が怪我だけはしませんように」だ。


 乾いた音が校庭に響き、第一試合がスタートした。

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― 新着の感想 ―
[一言] やーブタ美さんがおって良かったねぇ…(笑)
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