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 校庭を抜けて中庭に着く。木陰にちょうどいいスペースを見つけ、腰を下ろしてお弁当を広げる。


「アナベル、あんまり気にしてないんだね。意外」

「先輩はあんなにかっこいいんだから、ライバルくらい想定内なの」


 ライバルとの熱いバトルは恋につきものだと聞いている。参考文献は恋愛小説だ。


 彼女たちに負けないよう、ちゃんと食べて力をつけなければならない。服飾研究部のモデルになってからというもの、家の料理人が栄養バランスを考えて作ってくれているお弁当をもぐもぐ食べ始めた。


「午後は女子選抜競技の『剣舞』からだっけ?」

「うん、確か。その次が一年生男子の『射撃』で、その後私たちが出る『狩り』だよね」


 ロハリーはプログラム表を取り出そうとした拍子に、パンについていたソースをTシャツにこぼしてしまった。


「ヤバ、洗ってくる」

「いってらっしゃい」


 小走りで水道に向かう姿を見送り、目を閉じてお日様を感じながらロハリーを待った。


 私に影が落ちたのはその直後だった。近くに人が立ったのだ。


「君。いきなりごめん、ちょっといい?」


 涼やかな女性の声。今日は初めて会う人によく話しかけられる日だ。


 そう思いながら顔を上げるが早いか、私は言葉を失ってしまった。


 絵画から抜け出してきたかと見紛う女性が、私の前に立っていた。


 腰までありそうな長い金髪は輝かんばかりの美しさ。大輪の花のようなカールを描いていて彼女の顔を縁どっている。


 肌は均質で真っ白だ。どこまで丁寧に手入れしたらこんなに美しくなるんだと問いただしたくなるほどだった。

 瞳と唇は咲き誇る薔薇の色で、ミリ単位で計算しつくされたような完璧な「微笑み」をより魅力的に見せている。


 何よりその一挙手一投足に目が惹きつけられる。無駄な動きが一つもない。つむじからつま先まで常に洗練されている。


 度肝を抜かれる私のすぐ前に、彼女が膝をついた。


「午前中の『舞踏』を見たよ。ねぇ、君は『もっと小さかったらよかった』って思ってる? 君にとって大きいのは恥ずかしいこと?」


 白魚の手が私の頬にそっと触れる。ふわりと良い香りがして、「実在の人間なのか」と意外にすら思った。


 突然すぎる問いかけだし、初対面の人にパーソナルスペースを侵されているのに、心に踏み込まれるような不快感は不思議とない。

 その声がどこまでも優しく感じられたからかもしれない。


 彼女から目が離せないまま、口が勝手に動いた。

 するんと本音をこぼしてしまう。


「『小さかったらよかった』っていうより」


 ミッチェル先生のような、小柄で可愛らしい女性が羨ましくないといえば嘘になる。


 でも小柄な人には小柄な人なりの、悩みや想いが当たり前にあるはずなのだ。無責任に羨むことはしたくない。


「『普通が良かった』って、思うことはあります」


 見た目で色眼鏡をかけられることがないような。喋る前からイメージを持たれて、敬遠されたり嫌がられたりしないような。


 私の本音を聞き、女性は哀愁を浮かべて悲しそうに微笑んだ。


「君の身長はギフトだ。というか僕は、人と違うことは全部ギフトだって思ってる」


 ギフト――神様からの贈り物。私を諭すようにゆっくり言葉を紡ぐその様子は、私の先生か、もしくは保護者のように見えた。


「いつか君が、その身長を誇れる日が来ることを心から願ってるよ。またね」


 私の手を握り、本当に神様に祈るようにした後、彼女は立ち上がって歩いて行った。


 彼女が去って姿が見えなくなると、今の出来事が現実だったか怪しくなってきた。白昼夢を見ていたと言われるほうがしっくりくる。


 私は帰ってきたロハリーに「どうかした?」と尋ねられてもどう説明すればいいかわからなくて、狐につままれたような気分のままお昼ご飯を食べ、校庭に戻った。


 彼女が幻覚でも白昼夢でもないことは、午後の競技が始まってすぐにわかった。


 午後の幕開けを飾るのは女子選抜競技の『剣舞』だ。


 三つの学年から三人ずつ女子生徒が選ばれ、九人が同時に、それぞれ音楽に合わせて自由に舞う。


 この競技の勝者は誰の目から見ても火を見るより明らかだった。


 校庭のすべての人の視線が、たった一人、紅組三年の女子生徒に注がれている。

 他の八人はまるで彼女の引き立て役だ。


 剣を体の一部のように操り、その女性は自分に突き刺さる視線に微塵の怯えも見せず、心底楽しそうに舞っている。


 先程私に話しかけてきたあの女性。


 ――校庭が彼女のランウェイになってしまった。


 そんな言葉が心に浮かんできて、隣のロハリーに尋ねる。


「ロハリー、あの人、知ってる?」

「メリッサ・ディトーロ部長」


 同じように彼女に目を奪われながら、ロハリーが震える声で呟く。


「服飾研究部の部長で、モデルのエースだよ。私も初めて見た。この春から夏季休暇まで留学に行ってるって聞いてたのに……お祭りごとが大好きらしいから、体育祭のためだけに帰って来たんだ」


「エース」という言葉を私の唇が繰り返したとき、近くにいたレイチェルが会話に入ってきた。令嬢科C組のクラスメイトだ。


「あの先輩、さっきの三年生女子競技もすごく目立ってたのよ! まるで彼女が主役のショーを見てるみたいだった!」


 その言葉を聞いて、間近で見た彼女の肌や手や髪を思い出す。

 荒れているところなんて一つもない体と所作。あれは彼女の努力の結晶、プロ意識の表れだったのだ。


 慌てて日傘を取り出して差した私を、隣のレイチェルが不思議そうに見た。


『モデルの完成形』であり目指すべきゴールとして、メリッサ部長の姿は私の心に深く刻まれた。

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